夜を駆ける悪魔3
最初にその火蓋を切ったのは、黒馬の魔物だった。
黒馬は大きく嘶くと、剣を両手で握り、ツァイに向かって駆け出した。
速度は人のそれよりも、一回り速い。
だが――
黒馬の剣の構えから、最初の剣の振りは容易に予測できた。
ツァイの大きな剣の刃と、馬の剣が鋭い音を立て響くと、赤毛の馬もその剣をツルハに目がけて振るった。
「きゃっ!」
馬の魔物の振るった剣は、運良くツルハの剣に思い切りに当たった。
その声に、ツァイは奥歯を噛んだ。
そうか。こいつはまだ、勇者の力の出し方を理解していないのか――!
ツァイはツルハを大きな片腕で庇うように自身の背に追いやると、もう一つの腕で握っている漆黒の剣の刃を大きく横に振るった。
2体の魔物達を大きな三日月の斬撃でひとまとめに退けると、ツルハを自身の後ろに押した。
「こいつらは素の力で敵うような相手じゃねェ、お前はさがってろ!」
「でも――!」
「良いから、さがってろ!」
ツァイの声は本気の声だった。
鬼のような形相をした、その声は、ツルハにその相手の強さを物語らせていた。
その声に何も言い返せず、ツルハが黙ると、ツァイはすぐに2体の剣士たちに向き直る。
2体の剣士達もその視線をツァイ一人に絞っていた。
≪ヒヒィィィンッ!!≫
赤毛の馬が斬りかかると、ツァイはその縦に振られた剣を避ける。
ロッソは、横に避けた男に、その勢いのまま剣を横に斬ると、男の影はその刃の上に飛んだ。
ロッソは後頭部を踏みつぶされると、体勢を崩す。
ロッソに続き、駆けて来たシュヴァルツに、ツァイの月色の目がギラリと光ると、ツァイはその黒馬がその剣戟を繰り出すよりも前に、一撃を仕掛けた。
ギンッ!
シュヴァルツは片腕を刃に添え、剣を横にしてその攻撃を防御する。
ツァイは宙を1回転し、後退すると、ロッソとシュヴァルツの連撃が始まる。
激しい舞いのように、しなやかに、素早く繰り出される無数の弧に、ツァイは防御の態勢を強いられる。
後退しながら見事にそれらを防ぐも、その剣がいつツァイに触れるものかと思うと、ツルハは凍り付いたような視線でその行方を見つめていた。
黒馬が大きくその声を天高らかに響かせた時、ツルハは震えた指の手で思わず口元を覆った。
刃の嵐の中、太い幹のようなそれが、勢いよくツァイの剣に弾丸のように当たると、ツァイは大きく弾き飛ばされる。
ツァイも何が起こったのか分からないような表情をしていた。
だが、盾のようにして、それを防いだ、刃の平らからは、その攻撃が即死級のものであったことははっきりと伝わった。
黒い馬が突き出した片足を戻すのを見た時、それが蹴りであったことを理解した。
恐ろしい蹴りだ。
あれを受ければ一溜りもないだろう。
しかし、この短時間で剣を交わすことで伝わって来たものは、あの時の紅蓮の戦士と同じものだった。
魔物であることには、間違いないだろう。しかし、それとはどこか異なる人間臭い感覚。
魔物と人間が入り混じっているような、気色悪い雰囲気だ。
「ハハッ! 良いぞ!
そのまま倒してしまえ!」
セバはまるで、闘技場で闘士達を観戦しているような悦の声を上げていた。
セバのその表情が止まったのは、ふと、その少女の姿が目に入った時だった。
剣を向けた、桃色髪の少女を見ると、セバは肩を竦めた。
「どうして、どうしてこんなことができるんですか!?」
「どうして? フン。それは勿論、私欲のためさ」
「それだけのために……」
想像もできなかった。
そんなもののために、この男は多くの人を殺め、そして、その罪をあの心優しいケンタウロス達に着せたのか。
虚の感覚が貫くと、激情の溶岩が沸騰してきた。
「グラディワンドの姫様には分からないことだろう。
生まれつき裕福なものにとって、私達のような中産階級の者達の気持ちなど理解できないものだ」
「なぜ、それを……!」
その言葉に、ツルハは水をかけられたような顔になると、セバは笑んだ。
「あの少女から聞いたのさ。まあ、聞くまでは姫君がもう一人いただなんて、知らなかったのですがね。
いずれにせよ、そんなことはどうでも良いことです。
私は貴方達が倒れて下されば、それで良い。
そうすれば、莫大な資金を得、私は思いのままの人生を歩むことができる!」
「そうは上手くいきませんよ」
その声にハッとしたのは、男だけではなかった。
ツルハも、同じような顔をする。
ツァイと魔物達もその気配に気づいたのだろう。
その剣を止めると、横目で、その影に向いた。
「……アル!!」
ツルハはその名前を思わず叫んだ。
セバは振り返ると、そこには、長い木の杖を地につけた、爽々とした賢者の男が立ちはだかっていた。




