夜を駆ける悪魔4
グラディワンドの賢者。
空のように淡い青髪と雲のような魔法衣。
その男の姿が眼に映ると、セバは思わず一歩怯んだ。
「グラディワンドの賢者、なぜここに!?」
セバが怒鳴るように叫ぶと、アルフィーは対照的に落ち着いた声で答えた。
「私は姫の護衛を拝命された身。姫の一大事に駆けつけることは、不思議なことではないはずですが」
アルフィーの大人しい声調は、ピリピリとした憤怒が滲んでいた。
「アル、この人が町の人達やケンタウロスさん達を!」
ツルハが叫ぶと、ツァイも叫ぶ。
「全部その男が元凶だ! ついでに、例の女とも繋がってやがる!
この魔物達もフェムルの所にいた紅蓮男と同じ類の奴らだ!」
ツァイが言うと、アルフィーは驚いたように眉をピクリと上げたが、すぐに元の表情に戻り、目の前の男に鋭い眼差しを向けた。
「……くっ!」
バンッ!
執事の男が思い立ったように、右腰に手を回した瞬間、金属が破裂したような音が響き渡る。
セバは何が起こったのか分からない顔で、血まみれになった右手を抑えながら、その激痛に悲鳴をあげた。
バラバラに砕け散った、小銃の黒い残骸が目に映ると、セバは汗まみれの顔でギロリとアルフィーを睨んだ。
「何をした……!?」
「火炎系統の魔法で貴方の小銃の弾を自壊させたまでです」
「火炎系統の魔法だと……!?
バカな、詠唱やモーションすらなしに……」
「生憎、魔法においては一日の長がありましてね。これ程の実力がなければ、グラディワンドの賢者は務まらないのですよ。
さて、貴方には色々と聞かないといけないことがありますが、その前に、姫への無礼をこの場で詫びて頂きましょうか……?」
アルフィーの顔が鬼神のようになると、セバは震えあがった。
そして、地面を掻くように立ち上がり、その場を逃げようとする。
セバが足を止めたのは、そこに現れた3体の影の姿がその目に映った時だった。
ケンタウロス。
森の番人たちの姿が目に入ると、セバは再び腰を抜かす。
「け、ケンタウロス……!」
森の番人たちは弓をセバに向けて構えると、セバは慌てて命乞いをした。
「まっ! 待て待て待て――!」
その瞬間、光の蔓がセバの四方の地面から伸びると、セバの体に巻き付き、セバはつるし上げられた。
賢者の杖が光っているのが見えると、それがあの男の魔法によるものだと、すぐに分かった。
「ロッソ!!!」
声にならない声の後、セバがその名前を喉が裂けんばかりに叫ぶと、赤毛の馬がアルフィーに向かって一気に駆け出す。
ツルハの声に、アルフィーはそれに気が付くと、「チィッ!」と術を解き、その突撃を回避した。
疾風の如く過ぎ去る馬に、ケンタウロス達は弓を構え矢を放った。
3つの矢がそれぞれ放たれると、そのうちの2つが馬の体に命中した。
しかし、その矢が鎧に当たったように弾かれるのが見えると、ケンタウロス達は思わず口を開いた。
ロッソがケンタウロス達に狙いを定め、向かって来ると、アルフィーはすぐ様に杖をロッソに向け呪文を詠唱する。
詠唱の後、巨大な火球が現われると、ケンタウロス達の放った矢のように、それは勢いよく宙を駆け、赤毛の馬の面に衝突し爆発した。
昼間のように辺りが一瞬眩しくなると、赤い炎と共に黒い煙が地へ垂れた。
その煙の中から黒い影が浮き出てくると、アルフィー達はそれを間一髪で避ける。
多少は効いたのだろう。
ロッソの動きは若干遅くなっていた。
しかし、ロッソの真の狙いが明らかになったのは、ケンタウロスやアルフィーの横を過ぎ去った時だった。
アルフィー達には目もくれず、セバを頭で掬い上げ、その背に乗せると、ロッソはシュバルツの下に向かって駆けた。
「しまった!」
ツァイと剣を交えていた、シュヴァルツもその手を止め、大きく宙を飛び後退すると、ロッソと並んだ。
「フ、ハハハ……!
ロッソ! シュヴァルツ!
お前達の真の力を見せてやれ! こいつらを一人残さず殺してしまえ!」
ロッソの背から降りたセバがそう叫ぶと、ロッソは再び2足歩行の態勢になり、シュヴァルツもその剣を腰の鞘に納めた。
2体は、これまでにないような声で大きく嘶くと、人の手のようになった拳と拳を胸の前で強く合わせる。
赤黒い、邪悪な光が2体の体から溢れるように現われると、2体の体はメキメキとその筋肉を膨れ上がらせた。
ロッソの額からは一角獣のような角が生え、シュヴァルツの頭部には悪魔のような双角が現われる。
鋼鉄の鎧のような厚い筋肉を重ね合わせた体。その腕も、殴れば頭蓋骨を容易く粉々に砕きそうな程に、凶悪なものになっていた。
「肉体強化か……!?」
肉体強化。
それは、ツァイがこれまで戦って来た魔物達の中で、何度か目にしたことがあった体技だった。
それを使うものは、中位種から上位種の魔物がほとんどだが、その能力値を極限にまで引き上げ、中には強化前と全く別次元の強さにまで変化をするものもいる。
最悪なことに、こいつらは、その部類だ。
その変化した魔物達の姿に、アルフィーもツァイの隣に並び、応戦の構えを見せる。
2体は唾をまき散らし、咆哮すると、勢いよく2人に向かって地を蹴り飛ばし駆け出した。




