212話「イダァル平原の戦い_01」
「なんとも気の早い連中だったな」
ヴォルト・クラウスはティアント領の地理的中心にあるイダァル平原の向こうを眺めながら、領主スラック・ティアントへ軽口を叩いた。
件の書状というか挑発状というかが届いた三日後にはランサム子爵家の使者がティアント城へ訪れ、追加の文と宣戦布告を告げた。
要するに「互いに致命的にならない程度の兵を出してぶつけ合い、どちらが正しいか決めようぜ」という話であり、これを拒否すればそのまま領都を攻めるという脅し文句まで加えられてしまえば、応じないわけにはいかなかった。
さらに傍迷惑なことに、使者が告げた『戦闘開始』の日付けは、その日からたったの十日後。これはつまり、今回の戦に向けて特別な準備をせず、常備軍で遣り合おうという意味合いだ。表向きは。
当然ながら宣戦布告をする側のランサム子爵家はある程度の準備を整えてから行動に移っただろうし、こちらとしても向こうが近いうちに攻めて来るであろうことは予測していたので、全く準備をしていなかったわけではない。
「気も早ければ気も短いのだから、こちらとしては気が滅入る」
言葉通りのうんざり顔で、スラックは平原の向こうへ視線を向け、肩を竦めた。イダァル平原はティアント領内でもっとも大きな平原であり、その向こう側にランサム子爵家の軍が滞在しているということは、つまりティアント領内にランサム騎士団が足を踏み入れているということだ。
事前の取り決めで、領内の村や町を襲わない、ということになっているが――だらだらと戦を長引かせてしまえば、そんな取り決めなど破られるだろうとヴォルトは考えている。これはスラックも同様だ。
報告によれば、ランサム子爵家が用意した戦力は、騎馬隊が五百に、歩兵が百。ざっくりした勘定になるが、そこまでずれていないはずだ。
そもそも「正面からぶつかり合おう」というのがランサムの言い分であり、この言を自分から裏切ってくるとも思えない。それをやってしまうと、戦に勝ってもロイスの貴族社会から見下されることになる。
ただでさえ、子爵家が男爵家に喧嘩を売り、自らが得意とする平原での正面決戦を挑んでおいて、さらにその約定すら違えて得られる勝利になんの誉れがあるというのか――なんと卑しい家だ、ということになる。
ちなみに不利な条件での戦を受けねばならないティアント家に対しては「まあ、あいつらは調子に乗ってるからな」くらいの温度感ではないか。ヴォルトはスラックのつき添いで王都の学院に通っていたが、貴族なんてそんなものだ、ということを学んだものだ。特に都貴族と呼ばれる連中がそうだった。
「我がティアント領軍の戦力は、歩兵が三百に、騎馬が五十……」
「グロリアスから獣人が三十だ」
涼しげな顔をして呟くスラックに、ヴォルトはつけ加えてやる。
こんなふうに肩を並べて戦場に立つだなんて、二年前は考えてもいなかった。隣に立ち、同じ方向を――同じ敵を、見ている。不謹慎ではあるが、胸の内からじわじわと喜びのような感慨が滲むのは、どうしようもなかった。
「実に頼もしい数字だ」
「頼もしいのは数字ではないだろう。それに、自軍を軽く見るな」
「もちろんだ。それに、というのなら――私にとって最も頼もしいのは、今、隣におまえがいることだ」
衒いのないスラックの言葉に、ヴォルトは小さく肩を竦めておく。それから、配置が完了した部隊長らが待機している地点まで移動し、現在のティアント領騎士団長に声をかける。
「布陣はどうだ。ランサム騎士団の動きは?」
「はっ! 現状、敵方の動きはありません。おそらくは儀礼に倣い、先遣の騎士が開戦の合図をすると思われます」
「この手の小競り合いは、ロイス王国の歴史上では何度か起きているのだったか。男爵家と子爵家なら、小規模といったところか」
「ですが剣を交えて死ぬのは兵です」
あまりにも当然の意見だった。もちろんヴォルトとしても同感だ。
こんなくだらないことに兵を投じ、戦うなど――頭のどこかがおかしくなければ決断できるわけがない。幸いというべきか、反撃せざるを得ないティアント領騎士団の士気は高い。ランサム側がどうかは……未知数だが。
これ幸いにと図に乗ったティアントを叩きたがっているのかも知れないし、横暴で向こう見ずな領主に呆れ果てているかも知れない。
いずれにせよ、こちらのやることは変わらないのだが。
「……今更だが、指揮権を俺にしたままで構わないのか?」
敬礼を崩さない騎士団長に問うてみるも、その態度が既にヴォルトを肯定しているので、本当に今更の問いだった。
「ヴォルト殿に対する隔意は、我々にはありません。それに……『グロリアス』の獣人たちには感謝と親しみを感じております。例の『警備隊』の活動も、楽しんでいる連中がほとんですから」
「ゾンダ殿との稽古も人気と聞いた」
「あれほどの強者と訓練ができるなど、ロイス王国全土を探しても我々だけの特権でありますよ。獅子姫との訓練も、非常に人気があります」
「ラプス殿は、あの強さに、あの性格だ。兵たちの受けが悪いわけもない。俺としてもグロリアスの人材には驚かされるばかりだ」
単純に強者を挙げるだけでも、ユーノス・グロリアスを筆頭にグロリアスの魔人種たちのほとんどが候補になるだろう。妖狐セレナに、妖狐カイラインも言わずもがな。ゾンダ・パウガを代表とする猪獣人たち、アストラ・イーグニアたち蜥蜴獣人。森では狒々獣人たちの機動性は人族にとって脅威でしかないし、スパーキ・リンターを見ていると忘れそうになるが、牛獣人たちは力が強い。獅子姫ラプス・クルーガは言うまでもないだろう。
人材の宝庫だ。
これに加えて生産者たちが粒ぞろいも粒ぞろい。ロイス王国を騒がせているグロリアス製品を生み出しているのがコボルトや土竜獣人だなんて、誰が想像するだろう。さらに、今となってはティアント領の孤児たちを引き取って学舎に通わせ、オークたちの農業を手伝わせ、魔法を覚えた者までいるという。
知らないだろう――ランサム子爵家は、そんなことを。
知っているはずもない。知る由もない。知っていたなら、こんな小競り合いで済ませようとは思わないはずだ。
「勝つぞ、我々は。気を抜くことだけはするな」
と、ヴォルトは言った。
騎士団長は、やはり敬礼を崩さないまま「はっ!」と返答した。
◇◇◇
ランサム騎士団は三角型の、突撃に特化した陣形を組んでいる。
その陣の戦闘から、一騎と一人がこちらへ進んで来る。
ティアント領騎士団が陣を敷いている場所との中間まで、それなりに時間が必要な距離だ。向こうの主戦力が騎馬である以上、距離はむしろランサム騎士団にとって有利に働くのが定石だ。
全体の号令は騎士団長に任せ、ヴォルトは陣の前列からわずかに後ろ、ゾンダ・パウガが待機している地点に赴き、その場の奇妙さに笑みをこぼしてしまった。
わけの判らないモノが、いくつも並んでいるのだ。
鉄の棒、車輪、鉄板、金具……一見してなんのための部品なのか、理解できる第三者がいるとすれば、そいつはたぶん頭がおかしい。
猪獣人ゾンダ・パウガを取り囲んでいるのは、数人の牛獣人とコボルトが二人、それから、その場の珍妙さにげらげらと笑っている獅子姫ラプス・クルーガ。そして彼らを取り囲む――というよりは、その姿を隠すために――ティアント領騎士団が壁になって陣を築いている。
「まだ準備は済んでいないようだが、間に合うのか、ゾンダ殿?」
地面に並んでいる部品を眺めながら、念のために訊いてみる。
部品たちの真ん中に腰を下ろしたゾンダは、ちらりとヴォルトを振り返り、大仰な溜息を吐いた。彼らしくない、なんとも半端な溜息だった。
「俺に訊かれてもな。敵の宣誓だかなんだか知らんが、おめぇがやったみたいに、でかい声で口上を述べてから戦を始めるんだろう? 人族の様式ってぇのはよく判らんが、まあ間に合うだろうよ」
と、気乗りしないような口調でゾンダが言っている間に、コボルトの指示で牛獣人が部品を組み上げていく。
それは――簡潔に言ってしまえば、手押し車だ。
車輪が四本あり、前輪を繋ぐ軸の部分に『桿』が取りつけられており、進行方向を操作できるようになっている。グロリアスで使っている猪獣人用の荷車と、基本設計は同じだ。大きさと、見た目と、機能が違うというだけ。
組み立てられたそれにゾンダが配置され、前半分と後半分がゾンダを挟んで結合される。後半分には台が設置されており、台にはやや小さい弩が取りつけられている。クラリスがこれを差して「移動砲台だ」と言ってげらげら笑っていたが、敵からすれば悪夢のような兵器だろう。
単純に、猪獣人が突進してくるだけで人族にとっては脅威なのだ。
騎馬で相手取るのであれば、機動力をいかして敵を掠めるように攻撃する、という戦法が考えられる。あるいは馬上弓術を使えるのであれば、追わせて逃げながら射るのが理屈の上では最も安全かも知れない。
「これは――なるほど、悪夢のような兵器だ」
言いながら、ヴォルトはくつくつと笑ってしまうのを堪えられなかった。
「だろうよ。こんな見た目で戦に臨むとは……いや、ランドール様がこれを見ても笑うだろうぜ。お嬢と同じにな」
「ふはははは! すごい見た目だぞ、ゾンダ! こりゃあひどい! ウチはおまえの後ろに乗って射ちまくればいいわけだ。弓なんかつまらんと思っていたが、これなら楽しめそうだ!」
遠慮の欠片もない笑い方をする獅子姫。それを尻目に、コボルトと牛獣人の男たちが組み上げた部品を点検し、ゾンダにあれこれ指示を飛ばしている。
見た目以上に、それは奇妙な光景だ。
力こそが立場であるはずの獣人が――コボルトの指示に大人しく従う猪獣人、なんて状況を受け入れているのは、獣人でないヴォルトには実感が湧かないが、きっと奇跡のような光景なのだろう。
胸の内から誇らしさが満ちてくる。
かつての自分が望もうとも思わなかった、きらきら光るモノが――ここには全てある。それをもたらしたクラリス・グローリアはここにはいないが、彼女に感謝を伝えたい。きっと様々な者たちから伝えられているせいで、腹一杯のような顔をするだろうが、それでも。
「おっと。そろそろ宣告だか宣誓だかが始まるみたいだぞ」
台の上に飛び乗ったラプスが、平原の真ん中を眺めて言った。
ランサム騎士団の先遣が、両陣のちょうど中央に辿り着き、声を張る。どう考えても届かないはずの声が明朗に響いたのは、おそらく随伴歩兵が『拡声』の魔術を使っているからだろう。
となると――おそらく歩兵の中に魔術師が混ざっている。
その程度のことは、予想済みなので構わない。
「愚かなるティアント領軍よ――!」
と、戦を始めるための演説が始まる。
しかしさほど聞く価値のある言葉とも思えなかったので、ヴォルトはわざわざ耳を傾けることはせず、もはや姿を視認できなくなったゾンダへ、声をかけておく。
「それでは、作戦通り頼む。ティアント領騎士団の友軍、グロリアスの猛将ゾンダ・パウガの初陣だ。派手にぶちかましてやれ」
「応よ、任せとけ。ダチの嫁さんがガキを産むってんだろ。おめぇもいろいろあった。俺にもあった。こうして共に戦って、産まれてくるガキを祝福する――ランドール様にはなかった楽しみ方だが、悪くねぇ」
苦笑と、ほんのわずかな後悔と、後は前向きなナニカ。
――戦という名の、茶番の始まり。
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