211話「火種_04」
「なんだかみんな忙しくしてるみたいだども、クラリス様はこんなとこでのんびりしてていいんだべか? おでらは嬉しんだけどもよ」
スーティン村の村長みたいな感じになっている豚獣人、モンテゴの肩に尻を乗せて、肌触りのいい頭を意味なくぺちぺち叩きながら村を練り歩く。
田畑の周囲を徘徊していると、村のオークたちやオークの手伝いをしている孤児院の少年少女なんかが私たちに気づいて手を振ってきた。私は作業中の彼ら彼女らに手を振り返し、雑なクラリスマイルを振りまいておくが、わざわざ笑顔をつくらなくたって私の表情はゆるかったはずだ。
お日様の下で、まともに働いて、日々の糧を得る。
今では農作業はグロリアスの公共事業になっていて、きちんと給金が出る。その金の使い道は、もっぱら菓子や加工肉、あるいは手伝いの子供たちに服を買ってやったり、みんなで金を出し合って酒を買ったりしているようだ。
実に健全だ。
なにより、別に金なんかなくても生きていく分にはなにも困らないという点がいい。とてもいい、と言ってしまえるくらいには。
「知らんのか、モンテゴ。私はおまえの肩に乗って村を回りながら、おまえの頭をぺちぺち叩いている時間が、かなり好きだぞ」
「んへへ……嬉しいなぁ」
こういうときは素直に喜ぶモンテゴである。気づけば周囲に捻くれ者ばかり集まってしまったので、こいつのこういう反応はとても貴重だ。
「そもそも、私は別に、血で血を洗う戦いなんか好きでもなんでもないんだぞ。やれ『反獅子連』だ、やれ獣王だ、その頭脳だ、人族の軍隊だ……まったく、どうしてどいつもこいつも私たちを放って置いてくれないんだろうな?」
頭をぺちぺち叩き、妙に硬い耳をもにもに揉みながら愚痴ってみるが、モンテゴは一切嫌がることなく笑うだけ。どうやらオークにダメージを与えるには、私の腕力が足りなすぎるようだ。もちろん力一杯叩いているわけじゃないが。
「簡単だべ。クラリス様がきらきら光ってるから、みぃんなクラリス様から目ぇ離せねんだ。気にならないわけがねぇど」
にこにこ笑いながら言うモンテゴ。
確かにクラリス・キューテスト・グローリアなので一理はあるのだろうが、もちろん私の魅力一本で誰もが『グロリアス』に注目しているわけではない。当然だ、そこまで魅力的だったら『無才のクラリス』であろうが火刑に処されるなんてことにはならなかっただろう。
結局は、成り行きが大半だ。場当たり的にあれこれ対処していたら、いつの間にやらこうなってしまった。普通のやつなら引くところで引かなかった自覚はあるが、それでも――こうなって欲しかったわけじゃない。
田んぼの脇をモンテゴの肩に乗ってぶらぶら歩きながら、私たちに気づいた誰かが笑顔で手を振ってきて、それに手を振り返す。収穫を喜び、日々の食事を楽しみ、たまには上手く行かないこともあって、隣の誰かと笑い合う……望んでいるのは本当にそれだけなのだが、それだけのことをさせてくれない。
いや、まあ、私になんの責任もないかと言われれば口笛を吹いて横を向くしかないのが気まずいところではあるのだけれど。
「だどもよ、おでらもたまにはこうしてクラリス様の顔を見られるのは、嬉しいことだべ。前よりずっと忙しくなっちまって、人族とも関わりができて、もうすっかりおでらのことなんか放って置いてもいいじゃねぇべかって、村の連中がこぼしてただよ。おではそんなことねぇって言ったけども」
全く含みのない言葉に、私はモンテゴからは見えもしないというのに首を傾げてしまう。
「どうしてそう思う? おまえたちのことを、もうどうでもいいやって私が思わないと、モンテゴはそう考えたんだろ。その根拠はなんだ?」
「だって、クラリス様もおでらのことが好きだと思うべよ」
普通に――ごくごく普通に、モンテゴは言う。
私は思わずにっこりして、肌触りのいいオークの頭をぺちぺち叩いた。
◇◇◇
村の集会場に戻ってみると、獅子姫ラプス・クルーガが地面に大の字になって転がっていた。衣服は土埃で汚れており、自慢の金髪がいつも以上にぼさぼさになっているのは、何度も地面を転がったせいだろう。
「楽しそうだな、ラプス。今日もいい天気だろ」
モンテゴの肩から下ろしてもらいつつ、天を仰ぐ獅子姫に皮肉を言ってみるが、ラプスには皮肉が通じないのであまり意味はなかった。
「クラリスか。確かに、今日もいい天気だな。ユーノスには全く敵わなかったが、悪くはない気分だぞ。強いやつがいるというのは、いいもんだ」
はっはっは、と地面に寝転がったまま笑う。
少し離れた位置で木剣を持ったまま突っ立っているユーノス・グロリアスは、そんなラプスに小さな苦笑を見せ、さらに少し離れた位置で転がっているロメオに視線を向けた。ユーノスにしてはやわらかな視線だ。カルローザが相手なら間違ってもここまでやわらかくならない。
「獅子姫に関して言うことはそれほどない。そのままやっていれば順当にそのまま強くなるだろう。精度を上げるだとか、集中するだとか、おまえはそういう方向で訓練するべきじゃないな。大雑把に、もっと強くなれ。おまえはそれでいい」
ラプスを見ずに言って、そのままユーノスは続ける。
「ロメオ。おまえはラプスの逆だ。といっても、おまえ自身はもう理解しているようだから、端的に言うぞ。無駄に魔力を使うな。使うべきところで必要最小限だけ、無駄なく魔力を使え。呼吸ひとつから気をつけて訓練しろ。さもなくば獅子姫の隣で無駄死にすることになる」
「……ういっす」
頷くロメオの口調は軽かったが、表情は軽くなかった。おそらくだが、自分でも判っていることを改めて言われた、という感じなのだろう。
どうでもいいが、ロメオの着流しっぽい服装は結構似合っていて、ラプスとセットで行動するのも見慣れてきたので、あんまり人族という感じがしない。まぎれもなく、ただの人族なのに。朱に交われば赤くなる、といったところか。
「ユーノス。ロメオのやつはウチが拾ったんだから、ウチが面倒を見るぞ。ウチがこいつを死なせない。……ん、まあ……できる限りな」
むくりと起き上がり、しかし一瞬前まで転がっていたのを思い出してか、ラプスは言葉の語気を弱めた。現実問題、ユーノスみたいな強者を前にしてしまえば有言実行は難しいと理解したのだろう。
たぶん、そういうことを理解できるようになったのがラプスの成長だ。そしてこれはランドールにはなかった知性であり、理性である。
なにしろあの獅子獣人ときたら、ほとんど無敵のまま生きて死んだのだから。
「うーむ……またシロちゃんに魔力を喰わせてみるか。カルローザのやつは魔力が増えてドヤ顔してたからな。ロメオもまた喰わせてみろ」
「あれ、オレはあんま伸びる気しねぇんすけど」
「そのあたりはシロちゃんの感覚で判るんじゃないか? 伸び代がありそうか、なさそうか、カルローザの魔力を喰いまくってなんとなく判るようになってきたとかいう話だったぞ。ちなみにカルローザはまだ伸びるそうだ」
「羨ましいことだな。あっ、そういえばマイアのやつも、たまに喰わせに行ってると聞いたぞ。あれはあれで負けず嫌いだよな。ウチはあいつのこと、好きだな」
はっはっは、とまた笑うラプス。ユーノスは特に回答せずに肩を竦めてから、私たちが来たのとは反対側へ視線を向けた。
そちらから徒歩でやって来るのは、噂をすればなんとやら――マイアとカタリナだった。軽く息が上がっているのは、ドゥビルの岩山地帯から駆けて来たからだろう。馬より足が速いので、パシらせるには便利すぎるのである。
「今日も今日とてあんたらは楽しそうね。またユーノスに負けたの?」
「そりゃ当たり前だろう。ウチはまだおまえにも勝てないんだからな」
「まっ、勝たせてやる気はないけどね。それよりクラリス、ラフトの方では部品ができたって言ってたわよ。あんなもん、どうする気?」
訝るマイアに――カタリナの方は特に怪訝は浮かべていなかったが――クラリスマイルをプレゼント。
「どうするって、使うに決まってるだろ。どうせ戦うことになる。だが、今回はおまえたち『グロリアス』の魔人種は出さない。ティアント領は獣人の領域の獣人たちと協力関係にある、と見せつける意味合いもあるからだ」
「意味合いもある、ねぇ」
「私たちを伏せておくことが、後々有利になるという考えでしょうか?」
マイアよりも頭脳労働適性のあるカタリナが言う。ちなみにというか当然というか、獅子姫はなんだかよく判らないという顔をしていたし、ロメオは判っているのか判っていないのか判らない顔をしていた。
「まあそうだ。小競り合いで見せつけてやるにはもったいないからな」
「でも、獣人の方は見せつける必要があるんでしょ?」
「それはそう。だから今回は、ゾンダとラプスを前に出す。ランサム子爵家は馬の一門だから、平原で真正面からぶち当たろうとするだろうな。宣戦布告もして、正々堂々と武をぶつけ合おう、みたいな言い方をしてくるはずだ」
「んなもん、無視して横からぶん殴ればいいじゃない」
実にマイアらしい思考だった。私としても一面的には同意するが、今回は戦といっても実際のところはお遊戯会だ。真面目にやろうとしているのはランサム家だけで、ロイス王国の他の貴族家は見物が目的だし、私たちとしてもスラック・ティアントとしても、ランサム子爵家のちょっかいに全力で迎撃するつもりはない。
ちょいと手を抜いても、普通に勝てる相手だ。
だとすれば勝ち方を選べるし、選ぶべきだ。
今回は、勝つことよりもその後の方が大事になる。
「……あのお嬢様とヴィクターが、裏方の尻尾を掴めるかどうか、か」
ふむ、とユーノスが呟く。マイアとラプスが「意味不明です」という顔をしていたが、誰も相手にしなかった。
「ヴィクター・イルリウス……というよりは、レオポルド・イルリウスが信用できるかどうかという話でもありますね。あの男は『グロリアス』とは利害関係ですから、利害の傾きによっては立場を変えるでしょうし」
「あの男の思考を読むのは無理だな。俺たちとは違う場所で、俺たちとは違う強さを持つバケモノだ」
「……敵かも知れない?」
「そもそもそういう場所にいない。二年前のことを思い出せ。あの男は、俺たち魔人種に対してですら感情的な好悪を見せなかった。自分にとっての好きだとか嫌いだとか、そんなことはどうでもいいと思っているからだ」
ユーノス・グロリアスによるレオポルド評は初めて聞いたが、なるほどとこちらを頷かせるものがあった。確かに、あのおっさんは感情的な好悪によって物事の判断をしないだろう。アレにあるのは計算だ。計算式の中の最も重要な要素がなんなのか、というのは私にもちょっと絞れないが。
単純に、イルリウス領の発展……というわけでは、たぶんない。
それならば私を匿う必要もなかったし『双子のギレット』を擁する必要もなかった。『癒やしの聖女』ミゼッタに限るのなら、イルリウスの評判を上げる役には立っただろうし、政治的な立ち位置を有利にもできたのだろうが。
二年前のことを考えるなら、案外『国のため』という大目標を持っているような気もするが……まあ、あまりしっくりこない推察だ。
「ともあれ――」
言って、私はぱちんと手を叩き、その場の面々を見回して笑んで見せる。
「――いずれにせよ、まずはランサム子爵家を蹴散らす必要がある。ユーノスやマイアという手札は伏せたまま、な」
「……アレが、そのための仕込みってわけね」
「さっきから言ってるが、ラフトのやつはそんな変なモノを造ったのか? 戦うための武器だろ? 砦で使った弩砲みたいな」
呆れたふうなマイアに、ラプスがきょとんと首を傾げる。
これにはカタリナが微妙そうな顔をして答えた。
「まあ、それに近いものもあったけど……見れば判ると思う。見れば判るんだけど……たぶん、使ってみないと判らない気がする」
「なんだ、それ。謎かけか? 言っておくがウチは謎かけは苦手だぞ」
「言われなくても判るわよ」
「ラプ姉、頭悪いわけじゃないけど、莫迦っすからね」
普通の顔で言うロメオだった。もちろんラプスはそんなことで怒ったりせず、またデカい声で笑うだけだ。
「そりゃあそうだろう。ウチを誰だと思っている。ラプス・クルーガだぞ。ウチはな、あれこれ考えるより、感じたままに動いた方がいいんだ。ロッパの爺さんもそう言っていたし、ロメオ、おまえもちょくちょく言ってるな!」
「ん……まあ、私もそう思う」
「あたしは人のこと言えねーのよねぇ」
「クラリス。今回は、おまえはどうするつもりだ? スラックとヴォルトに戦場を任せるのも悪くないと思うが」
頭脳についての見解はスルーする賢明なユーノスだった。ちなみにというか、ユーノス自身も策謀やら計略やらにはあまり向いていない、直感タイプだ。もちろん獅子姫やマイアほどではないが。
「そうだな。今回は、私は前に出ないで遊んでることに――したいところだが、ソフィーとヴィクターの土産話次第だな。ランサム子爵家を蹴散らした後の立ち回りが必要なら、私が出張って踊ってやるさ」
「おまえが出るなら俺も行くが、構わんな?」
否定をまるで想定していない確認に、私は迷わず首肯した。
「当たり前だろ。誰が私を運搬するんだ。言っておくがカイラインにお姫様抱っこされるのは嫌だぞ、私は」
「だろうな」
と、ユーノスは苦笑した。もちろんというべきか、その場の全員が私の意見に同意を示すように頷いていた。
自業自得ではあるが、可哀想な狐である。
あんまり同情したくないなぁ、という点も含めて。
感想いただけると嬉しいです。
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