195話「斡旋と活用_02」
でっけぇ蚕のシロちゃんを有効活用しよう。
と、私クラリス・神算鬼謀・グローリアは考えたわけだが、まず単純にシロちゃんが吐き出す蚕糸を加工して絹を作るところまでは、現代知識さえあればどんな間抜けにだって考えつくだろう。
まあ、正直言えば絹がゲットできそうだなぁと思ったのが五割くらいを占めてはいるのだが、周囲の魔力を吸収するというシロの性質を考えたとき、ちょっと別の活用法を思いついたのである。
そんなわけで、公爵令嬢であるソフィーに適当な無茶振りをしてから、私はユーノスに運搬されて砦へ引き返すことに。これは比喩でも誇張でもなく、ユーノスが私をお姫様抱っこして走った方が馬車で移動するより速いし早い。
ティアント領都からヴォルト・クラウスが切り拓いた魔境の森の一本道を砦まで、馬車なら一日くらい。ユーノスの脚なら四時間もかからない。
当然、そんな速度で森を踏破されてしまえば、運搬されている私は、そりゃあもうがっこんがっこんのガックンガックンなのだが、慣れたものだ。
ユーノスの方も私を手荒に運搬するのに慣れたようで、いつしか落とさない以上の気遣いはしなくなってきたが、まあ構わない。普通に歩いてるときは割と丁重だし。
魔境の森を獣人の領域側へ抜けると、二年前は草原とその続きの丘くらいしか見えなかった景色が、今や立派な街道が出来ている。森の出口あたりはちょっとした宿泊街になっていて、これは商人たちが金を出しあってこのあたりに宿泊施設を建設させたようだ。位置的には森の外なので勝手に獣人の領域にそんなものをつくるなよと言えなくもないが、放っておいた。
砦の周辺に宿を作られるよりはちょっとマシなので。
さておき、砦に戻る前に孤児院のある区域へ。
当初は潰れかけの孤児院を経営していた――経営できていなかった、というべきか――カティアを文字の先生として迎えるために孤児ごと引き取ったわけだが、いつの間にやら引き取った孤児が増え、カティアだけでは回らなくなったのでティアント領主スラックに頼んで「貴族の子女の家庭教師をしていた」みたいな初老の人物とコンタクトしてもらい、教師としてグロリアスの学舎で教鞭を執ってもらっている。これはなかなか評判がいいし、教師も当初は獣人や孤児に物事を教えるのに戸惑っていたが、生徒たちが真面目なので慣れたようだ。
やはり人に教える以上は熱意ある生徒の方がいいに決まっている。
カティアの方も幼い子供たちにはまだ文字の先生をやっているし、孤児の中の古株も二年でそこそこ大きくなり、カティアの手伝いをしていたりする。
ともあれ、私としては別に子供好きでもなんでもないのだが、今回はそんな好きでもなんでもない子供たちに用があった。
が、直で子供たちに相対するのは面倒だったので、孤児のまとめ役になっているナナという少女に、まずは会いに行った。
彼女はなんだか知らないがいつの間にかキリナと親しくなっており、その関係でカタリナとも縁ができて、たまに私とも話すようになった間柄だ。世話焼きお姉さんみたいな少女で、とても好感が持てる人物だ。ちょいツンデレなのだが、デレる対象がキリナやカタリナなのが笑うポイントである。
ユーノスに抱えられた私という絵面は、この二年で砦周辺においてはよく見る光景となっており、目撃した誰かが「あっ、クラリス様だ!」なんて言おうものなら周囲があっという間に沸き立つことになる。
私は適当にクラリスマイルを浮かべて手を振ってやるくらいのサービス精神を持ち合わせているのだが、こういうときのユーノスは基本的に周囲をガン無視している。おまえが愛想を振ってるんだからいいだろ、と言わんばかり。
で、そんな目立つ状態になりつつも、誰も私たちの進路を妨害しないあたり、グロリアスの民度は高いのではないか。明文化した法もないままに巨大化した集団のくせに、大きな問題が起こっていないのは誇っていいだろう。
ふふん、と内心で鼻を高くしている間にユーノスが目的地へ移動し、孤児院の事務室みたいな場所へ。そこで仕事をしていたらしいナナが私たちに気づき、なんとも微妙な顔をした。
一瞬だけ嬉しそうにして、すぐにちょっと怪訝な顔になって、それから曖昧な苦笑を浮かべる……どういう感情の動きなのかは、私にはちょっと判らない。
「えっと――こんにちは、クラリス様に、ユーノス様。なにか用事ですか?」
あまりいい予感はしないぞ、みたいな言い方をするナナ。
私相手に自分の感性をきちんと表現できるあたり、なかなか肝の据わった子だ。確認したわけではないが、私のことをそんなに知らず、別に敬意なんか持っていないけどとりあえず謙っているやつだっているだろう。
私はユーノスの腕から降ろしてもらい、ほんのわずかだけ見上げながらナナに向かって胸を張ってふんぞり返って笑んでみせる。
「ちょっと考えてることがあってな。孤児の中から、もしかして魔法が使えるようなら使いたいってやつがいたら、五人くらい集めておいてくれ。出発は明日。グロリアスの開拓地に連れて行く」
「……はい?」
こてん、と首を傾げるナナ。古参の連中と違って、私の無茶振りにそこまで慣れていないのだ。確かに彼女に対してあれこれ指示をすることなんてあまりないので、慣れろという方が無茶だろう。
「試したいことがある。まあ、たぶんそんなに危険はないと思うが、絶対の保証はないから、あんまり小さい子は選ばない方がいいな。あと、集団行動が無理なやつもダメだな。私は子供がちょっと苦手だ」
「はぁ……でもクラリス様、キリナとカタリナにはすごい優しいじゃないですか」
「あいつらは子供らしくないところがあるからな。まあ、ちゃんと子供らしいところもあるが。ホントのガキは、私は苦手だぞ」
「本当の意味での子供なんて、孤児院にはいないですよ」
それこそ子供らしくない苦笑を見せるナナ。
私は軽く肩を竦めて、そりゃそうかと頷いた。
「まあ、とにかく、五人くらいだな。志願者を募るでも、おまえの独断で集めるでも手段は問わない。試験的にやってみるだけだから、用が済んだら孤児院に戻す。んで、その次はまた別に五人くらい連れて行くって感じになるかと思う」
「はぁ……ええっと……なにか試したいことがあって、五人ずつくらいグロリアスの開拓地に連れて行きたいっていうことですね? 試したいことが成功すると、魔法が使えるようになるかも知れない、ってことですか?」
「んー、たぶん? 判らんが、そんな気がするから試してみたい」
「判りました。今日中に五人見繕って、明日には出発できるようにしておきます。何日くらいの滞在になりますか?」
すぐ判ってくれるあたり、ナナもまた『グロリアス』の人員なのだなと思うと、ちょっと嬉しくなってしまった。きっとそのうち、彼女も古参になるのだろう。
「移動を含めて六日で戻って来るくらいかな? たぶん。伸びるかも知れないが、十日はかからないと思う。たぶん」
「えっと……それじゃ、長引くようでしたら、カタリナか誰かを使って連絡させてください。『試験の五人の件』って言ってくれれば、私がいなくても誰かが対応できるようにしておきます」
「うむ、さすがだな。おまえのことを誇らしく思うぞ」
確かキリナやカタリナと同い年くらいなので、せいぜい十四歳くらいのはずが、こんなにもしっかりしているだなんて、私の中の『私』からすれば驚くべき事態だ。大抵の中学生はそんなにしっかりしていない。
「あ――は、はいっ! ありがとうございます……!」
と、顔を真っ赤にしたナナが、ぴんと背筋を伸ばして礼を言ってきた。礼を言いたいのはこちらの方なのだが、これはグロリアスにおいてはありがちな光景なので、さすがの私でも慣れてきた。
やはりクラリス・ブリリアント・グローリアは偉大なのである。
……なんてね。
◇◇◇
次に向かったのは砦の中。
その前に商業区域の露天で串焼きを購入したりしたが、ともかく、最近では開かれっぱなしの砦門から中に入り、『金庫番』アーロゥ・グラーデの仕事場には用がないのでスルーしてその近くの宿舎へ。
砦の中で最も大きな施設は中央の食事処と調理場だが、他には人が寝泊まりするための建物――というか砦内の施設というべきか――がいくつかと、バリスタや投石機などの予備部品を置いてある場所、他にも雑多な施設があるが、今回用事があるのは宿舎で、基本的には食っちゃ寝している魔人種の女。
ノックもしないでばーんと個室の扉を開いてやれば、寝台の上でいくつもの紙を並べていたカルローザ・グロリアスが、無言の悲鳴を上げてひっくり返った。
「やあやあ、私だぞ。なんだかんだ、久しぶりだな、カルローザ」
「ククククククラリスサマ!? どどーしましましたんですか!?」
寝台の上で転がったまま驚きを表明するカルローザ。
二年経っても相変わらずのぼさぼさ頭の根暗キャラで、いつだって私を見るとやたら驚いてくれるので、こいつのことが私はかなり好きだ。
「クククのクラリス様だぞ。もちろん用事があって来た。用事がなくても来ていいなら、おまえの膝枕で眠ってやっても構わないが」
「ゆ、湯浴みしてないから、く、臭いって、イオタさんに言われました……」
「風呂入れよ」
「えへ、えへへ……面倒臭くて……」
「いや、臭いのは面倒じゃなくておまえだ」
まあ言うほど臭くはないが。イオタみたいなコボルトは鼻が利くから気になるのだろう。私の後ろに立っているユーノスはめちゃ渋面だったが、カルローザはグロリアスの魔人種に対しては馴染みがあるせいか、そんなに怯えないようだ。
「ま、ま、まぁ、あた、あたしのニオイなんて、どど、どうでも、いいじゃないですかぁ。なんか、用事、です……よね?」
「気が変わったからおまえを風呂にぶち込んでから膝枕で眠りたくなってきた」
「へ! えへ! えへへ……あっ、これ嘘だ。嘘のやつですね」
「冗談ではあるが」
相変わらず、なんて面白いやつだ。いまだに起き上がらないし。
と思っていると、ユーノスがずかずかと室内に踏み込み、転がったままのカルローザの首根っこを掴み、ぐいっと持ち上げて寝台の近くに配置されている椅子へ強引に座らせ、寝台の上の紙きれを一瞥した。
「研究中だったか。成果はどうだ?」
「ちょっとある。アーロゥさんの足、少し動くようになってきた。やっぱり治癒魔法の構成はむしろ『空き』が多くないとダメみたい。あの聖女は常軌を逸した魔力量でほとんど自動的に回復効果を出してるけど、常人には無理。だから用途に合わせた治癒魔法を開発する必要があるね」
「ざっくりとした『回復』では効果が薄いということか?」
「ていうか、魔力量が足りない。理屈の上では聖女みたいに膨大な魔力で漠然とした回復をかけた方が、治すっていう点に関しては優れてる。必要な魔法の構築が自動で行われるからね。でも無理だから、仕方なく用途別に分けてる」
やはりユーノスに対しては普通に会話が成立するあたり、めっちゃ内弁慶な性格なのだろう。ビアンテあたりには陰口で毒を吐いているという証言もある。
直接戦闘技能に長けたグロリアスの魔人種の中で、唯一の『魔法使い』。
カルローザ・グロリアス――今回は彼女が必要だ。
というか、感覚的じゃない魔法使いはグロリアスにおいてはカルローザとレガロのおっさんしかいないので、基本的には仕事のないカルローザを連れて行く。
「カルローザ。細かい話は道々教えてやるが、用件を話すぞ。魔境の開拓地で試したいことがあるから、五人の孤児とおまえを連れて行くことにした。アーロゥの治療は、しばらくナシだ。出発は明日。湯浴みしておけよ」
「え、めんど……あっ、いやいやいやいや! だだだ、大丈夫ですよぅ。えへ、えへへ。あたしだって、湯浴みくらい、しますよぅ……」
「ていうか、おまえは魔法でお湯を出せるんだから、砦の給水塔に水を入れたついでに湯浴みするようにすりゃいいだろ」
「ひぅ……」
どんな返事だよ。
そう思ったが、しょげた顔をするカルローザを見ると、仕方ないなぁ、という気になるから得なやつだ。グロリアスの魔人種の間でも、彼女を軽んじるやつは多いが疎んじているやつがいないのは、ある種の人徳かも知れない。
「あっ、そうだ。おまえ、虫は平気か?」
「無視は慣れてますよぅ……」
「慣れるな。虫だよ、カサカサ動くやつ。でっかいカイコガを連れて来たんだが、卒倒するくらい苦手だったら……まあ、慣れてもらうしかないな」
「む、虫は好きですよぉ」
「そういえばおまえは、でかい石を除けて虫が逃げるのを見てニヤついていたな。気色の悪い趣味だと思っていたが」
ユーノスによる身内あるある黒歴史披露だった。
といっても、何故かカルローザはちょっと自慢げだったが。
うーん、やっぱりこいつ、結構好きだな。
◇◇◇
そんなわけで臭くないカルローザと多少は身綺麗な孤児を五人を連れて、クソデカ蚕と触れ合いコーナーへ。
なにが起きるかは、やってみなければ判らない。
感想いただけると嬉しいです。
カクヨムさんで新連載を始めたので、宣伝です。
双剣無頼 ~現代ダンジョンで雑魚狩りしてた底辺掃除屋、神話級の剣を手に入れてしまう。しかも二本~
https://kakuyomu.jp/works/7667601420162999739
現代ダンジョン、ダンジョン配信ものです。よかったら読んでみてください。
クラリスとは違ったタイプの、変な主人公の話です。
向こうから来た人がいましたら、ここまで読んでくれて、あざます!
書籍版『悪徳令嬢クラリス・グローリアの永久没落』最新三巻『獣王騒乱(下)』、発売中です!
株式会社インプレス、いずみノベルズのホームページをごらんいただければと思います。
https://izuminovels.jp/isbn-9784295604358/




