194話「斡旋と活用_01」
なんかやってみろ、という非常に雑で曖昧な指示を下されたソフィーは、倉庫街から出て市場を歩きながら、せっかくなのでお供につけてもらった狐娘キリナに、あれこれ訊いてみることにした。
「あらためて、ソフィアーネと申します。キリナさんでしたわよね、よろしくお願いしますわ。できれば長いつき合いになれたらと存じます」
「はい。どうも。ところでソフィーさんは、なにかをする『なにか』の目処は立っていますか? クラリス様の指示なので、協力しますよ」
感触は、微妙なところ。悪いわけではないが、そもそもキリナはソフィーに興味を抱いていないように見える。
「候補は既にありますわ。ですが、方向性を決めるためにも、いくつかキリナさんに聞かせていただきたいと思います。何処かのお店に入りましょうか?」
「入りたいのであれば、どうぞ?」
距離を詰めさせてくれないのは苦笑するしかないが、まだ会ったばかりの人物だ。公爵令嬢という立場が通じないのであれば、初対面との距離感なんて本来はこんなものかも知れない。
ソフィーはそれでもきちんと微笑を浮かべ、後ろで苛立ちを見せる執事に肘打ちを喰らわせ、適当な店を探すよう促した。
態度はともかく能力的には優秀なので、エリオットは迷う素振りも見せずに歩く先を示し、すぐに茶屋が見つかった。しっかりした食べ物と酒の提供は行わず、数種類の飲み物と菓子類、そして場所を提供する店だ。
入店してみれば、年若い少女と、同い年くらいの獣人の子供が出迎えてくれた。犬獣人、だろうか。おそらく『グロリアス』の息がかかった店だ。
「あっ、キリナさんだ。こんにちは! そちらのお客様も、いらっしゃいませ!」
にっこり笑ってお辞儀をする少女は、キリナよりも随分と背が低い。
「はい、こんにちは。奥の席、空いてる? なにか適当に飲み物を、四人分お願いね。みんな、元気でやってる? 問題はない?」
ふわりと微笑む狐娘の雰囲気が、明らかにソフィーたちを相手にしているときよりも温かい。やはりグロリアスの息がかかった場所であり、ここで働いている子供たちはキリナにとっての身内なのだろう。
簡易的な仕切りが立てられた『奥の席』には、手作りらしい木製の卓と椅子が配置されている。素朴という印象はあるものの、卓や椅子の脚を見るとかなり技術の高い工作師の仕事だと判る。
なんというか……本当に、獣人の領域で勢力を拡大した集団なのか、というちぐはぐさがある。馬車の緩衝器を引き合いに出すまでもなく、ある面においてはロイス王国よりも明確に優れているのだ。
この卓や椅子だって、ロイスの農民であれば絶対に使うことのない代物だ。
「それで、なにを訊きたいんです?」
獣人の子供が陶磁器のカップに注がれた茶を運んできて、次に小さな板状の焼き菓子が配膳されるのを持ってから、キリナが口を開いた。
「そうですわね。まず――グロリアスの人たちと、それから獣王の民は、どの程度まで自由にティアント領で働くことができるのでしょうか?」
「一応、グロリアスからも獣王の領域からも、ティアント領に来るときは許可を申請して、誰がティアント領に入ってるのか判るようにしてますね。それから、こっちで働くのが決まりそうになったら、やっぱり申請が必要になります」
思ったよりもきちんと管理されている。
その管理は――たぶん『警備隊』の事務方だろう。グロリアスの獣人たちとティアント領の公権力が混ざっている場所がそこなので、ならばそこに事務官を置いておけば話が早い。ソフィーならそうさせる。
とすると、思ったよりも大きな組織なのかも知れない。
「『働くのが決まる』というのは、具体的にはどういった手順で獣人の方々はティアント領での働き口を見つけるのですか?」
「大抵は人づてですねぇ。そもそもが、こっちで働くようになった人が誰かと親しくなって、人手が欲しいっていう人の話を聞いたら、一回あっちに戻ったり、戻る人に言づけしたりして、みたいな」
「なるほど。問題が起きたときは、どのような対処を?」
「獣人の方が問題起こしたときは、お金で済むならお金を払って『警備隊』の方で仲裁しますね。人族側に問題があった場合は『警備隊』からティアント領騎士団にかけ合って動いてもらいます。人族にはそっちの方が効くみたいなので」
「それはそうでしょうね」
的確すぎて苦笑してしまう。そしておそらくだが『獣人側が問題を起こした』事例はそこまで多くもないし問題が大きかったこともないのではないか。
もちろん文化感や価値観の違いから、多少は軋轢が生まれるだろうが……ティアント領都に滞在して思ったのは、彼らは言葉が通じるということだ。決して話の通じない蛮族ではない。むしろ人族の破落戸の方がケダモノらしいだろう。
「逆に、獣人たちの商売に人族を雇う、というようなことは?」
「もちろんありますよ。同じくらいありますね。こっち側で商売をするとなったら獣人だけの人手では足りないことが多いですから、やっぱり人づてで人を集めて、お金を払って働いてもらうことになります」
「問題が起きた場合の対処も同じく?」
「ですねぇ。言うほど問題は起きてないですけど……うーん、でも、ちょこちょこはあるかな。たまに獣人だからってナメてかかる人族もいますし」
その場合の顛末は、なかなか悲惨なものになるだろう。
ソフィーは間を入れるために茶へ口をつけ、焼き菓子をひとつまみした。茶はロイスに流通している一般的なものだったが、菓子の方は、ほのかな森の香りがする、甘さが控えめな、食べたことのない菓子だった。
「確かに、ナメられるのは、よくないことですわね」
「はい。私もそう思います」
小さく微笑むキリナだが、まだ距離は遠そうだった。
「ボクからもいいかな。グロリアス産の緩衝器や、他のいろんなものは、基本的にはティアント領内ではつくっていないようだけど、やっぱり特別な技術者がいると考えていいんだろうか?」
「えーっと……アコさん、でしたっけ。もちろん秘密ですよ」
「あぁ……そりゃあ、そっか。そうだよね」
困ったように苦笑するキリナと、あからさまに気落ちするアコ。まるでキリナの方が歳上のお姉さんみたいで、さすがに笑ってしまう。
「うちのアコが失礼をしましたわ。ところで、私の方はそれなりに指針が固まってきましたので、人を紹介していただけませんこと?」
「紹介ですか? どんな人を?」
「揉め事が起きたときに一番頼りになる方。それから、ティアント領で事務仕事をしているグロリアスの方、ですわね。構いませんか?」
「うーんと……まあ、たぶん大丈夫です」
その店の会計はロイス王国の通貨で、エリオットが支払った。
いずれは例の『砦』にも赴くことになるかも知れず、そのときはグロリアスの通貨と両替する必要が出てくるが、それはとりあえず、今ではない。
◇◇◇
店を出て案内されたのは、市場からやや離れた位置にある『警備隊』の駐屯所というか、彼らが利用している建物だった。
周囲の建物から景観が浮いているということもなく、割と一般的なロイス王国の建築様式に倣っているので、新築ではなく既存の建物を利用しているのだろう。そこまで古くはないが、別に新しくもない建物だ。
促されるまま入ってみれば、なにかの事務所といったふうで、入口からすぐ見える範囲では受付らしい空間が少しと、後の大半は『隊員』が利用するらしい待機場所になっているようだ。休憩用というか、くつろげる場所のような雰囲気。
「あら、キリナちゃんじゃない。どうしたの?」
受付でぼんやりと編み物をしていた牛獣人の女性がキリナを見て温和に微笑み、その後ろに続くソフィーたちを見て少し怪訝そうな顔をした。
「クラリス様の命で、この人たちを案内してるんです。今日はゾンダさん、こっちに来てます? それとも荷運びの方に行ってます?」
「裏にいるよ。昼間は揉め事ないから暇だぁとか言って、若い子の相手してるわ。夜は夜で飲みに行くし、こっちの仕事の方がゾンダさんにとっては休憩なのかも知れないわねぇ」
にこにこしながら言う女牛獣人の様子から、そのゾンダという人物が一目置かれており、かつ好感を持たれているのが伝わった。
「面倒見はいいんですよねぇ。お金は貯めないみたいだけど」
あはは、と笑ってからキリナはソフィーたちを促し、一旦建物の外へ出て、脇道をぐるりと回り、建物の裏側へ。
そこはちょっとした広場になっていて――数人の若い獣人と人族が、棒切れを握り締めて、巨漢という言葉ではまだ足りないほど大きな獣人に殴りかかっていた。
倉庫街で『警備隊』が現れたときにも見た、猪獣人だ。
でも、あのとき見た猪獣人よりも明確に……身にまとう魔力の密度が濃い。身に秘めている魔力量も、たぶんソフィーよりは多くないが、アコよりは多そうだ。
「ゾンダさーん。クラリス様からの命で、こちらの人族をあれこれいい感じに案内しろって言われて来ました。ちょっといいですか?」
「ああん? セレナの娘っ子か。クラリスの命令だぁ?」
野太い声で疑問符を浮かべる。一見して不機嫌そうに見えなくもないが、殴りかかってくる若者たちをぺしぺしとゆるく撃退している様を見るに、どうやら訓練をつけてやっているようだ。
「おい、おまえら。弱ぇんだからいざやるときはもっと工夫しろ。そうじゃねぇときは鍛えろ。飯食って、荷ぃ引いて、走り回って、棒切れ振り回せ」
ぶっきらぼうに言って、撃退された若者たちがびしりと直立し、はいっ、と声を揃えた。一度に五人から殴りかかられたようだが、まるで相手になっていない。
猪獣人がうっとうしそうに若者たちを追い払い、それから、ようやくソフィーたちを見て、怪訝そうに片眉を上げた。
「ソフィーさん。こちら、猪獣人のゾンダ・パウガさんです。グロリアスではとても強い方の人ですよ。『警備隊』では常勤してませんけど、間違いなく一番頼りになる人ですね」
のんびりとこちらへ歩いてくる猪獣人の、存在感がすごい。
クラリスの後ろに控えていた魔人種と狐人も、おそらくは匹敵するかそれ以上の手練れではあったのだろうが、彼らは威圧感を消していた。ゾンダ・パウガの場合は、多少抑えているだけで、繊細に消してやろうという気はないらしい。
「おう。人族の娘っ子か。クラリスの知り合い……? いや、あいつが知り合いを紹介してくるとも思えんな。誰で、なんだ、おまえらは?」
他意のなさそうな問いも、聞きようによってはゴロツキの脅しだ。しかしそれはこちらが勝手に怯えている、ということなのだろう。
――そう、怯えている。
この距離感だと、おそらくソフィーでも対処が間に合わない。
ふぅ、と息を吸って吐き、意識してにっこりと微笑んでみせる。
それから、貴族の子女らしく、カーテシーをひとつ。
「はじめまして、ごきげんよう。私はソフィアーネ・カリストと申します。グロリアスと関係を持ちたくて、クラリス様にお会いしました。今回はクラリス様の依頼で『なにか面白いことをしてみせろ』と言われましたので、事前調査をしに来ました。少しお話を聞かせていただいても構いませんか?」
「よく判らんが、クラリスの意向なら構わんぞ」
本当になにも判っていなさそうな顔で、けれど即座に了承するゾンダ。この無骨な強者からもクラリスが一目置かれて――どころではなく、もうはっきりと上位者として扱われていることに、ソフィーはぞくぞくしたものを感じてしまう。
ああ、これは――思っていた以上に、面白いかも知れない。
絶対に関わってやろう、とソフィーは決意を新たにした。
あけおめ、ことよろです。
感想いただけると嬉しいです。
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双剣無頼 ~現代ダンジョンで雑魚狩りしてた底辺掃除屋、神話級の剣を手に入れてしまう。しかも二本~
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現代ダンジョン、ダンジョン配信ものです。よかったら読んでみてください。
クラリスとは違ったタイプの、変な主人公の話です。
向こうから来た人がいましたら、ここまで読んでくれて、あざます!
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