192話「悪徳令嬢と公爵令嬢_04」
体調よくなかったので、ちょっと遅れました。ごめんちょ。
私、クラリス・グローリアにとって王都の学園に通っていた頃の記憶は、もはや前世よりも遠い過去のように感じられる。セピア色どころか、モノクロの断片的なイメージくらいのものだ。
だって『無才のクラリス』だなんて烙印を押され、ロイスの貴族としては致命的な瑕疵を備えた私に、構う者など皆無に等しかった。
灰色の学園生活、というやつだ。
当時はまだ婚約者だったエックハルト・ミュラーでさえも、学園では私にあまり関わろうとしなかった。私なんかに構っていると、他の――将来のために繋がりを持たねばならない有力な貴族子女たちとの社交が滞る。
いじめなんかは特になかったが、それは私が本当の意味で人畜無害であり、わざわざ潰す価値もなかったからに過ぎない。仮に私の婚約者が伯爵家の次男ではなく、たとえば侯爵家の長男だったりすれば、容赦のないいじめが起きていたはずだ。そして私を潰した後に『貴族子女として失格』みたいなレッテルを貼り、婚約者として相応しくない、という評判を流したに違いない。
そういう意味ではエックハルトもまた侮られていたと言えなくもないが、そんなことはどうでもいい。
目の前の人物が問題だ。
ハーフアップにした白藍色の髪に、似た配色のデイドレス。女性が持つ膨らみがボボンと主張しており、斜め後ろに立っている錬金術師のアコ・アクライトの方に私としては親近感を覚えるが、まあ、それもどうでもいい話だ。
ソフィアーネ・カリスト。
カリスト公爵家の四女で、学園時代の同級生。彼女とは一度だって話した記憶はないが、学園時代に周囲との関わりをほとんど持てなかった私にですら、彼女の評判は届いていた。轟いていたとさえ言えるだろう。
曰く――『淑女の中の淑女』。
学園の成績ではトップだったし、ロイス王国の貴族に必要な魔法の才はとびっきりのハイエンド。上品で、柔和で、公明正大でありながら融通も利く。才媛でありながら男を立てて一歩引くこともできる完璧レディ。
そんな公爵家のご令嬢をお迎えするために、わざわざ倉庫街の荷運び担当たちが使っている休憩用の倉庫をちょっと借りて、椅子と魔導灯を用意して、ユーノスとカイラインを侍らせてマフィアごっこをやってみたわけだが、ソフィアーネはあんまりビビってくれなかった。
まあ、かわりにというか、アコ・アクライトの反対側に控えている執事の男、エリオット・グレイがものすごい警戒心を見せていたので、よしとしよう。
「さて――ひとまず状況を整理しようか、ソフィー」
椅子の上で胡座を組んだまま、私は前後に身体をゆらゆら揺らしながら言った。後ろで控えているユーノスが「転けるなよ」という感じで呆れているのが伝わったが、椅子で揺れてるだけで転けるやつがいるなら見てみたいものだ。
「ええ、現状を把握するのはいつだって大事なことですものね」
淑女の微笑を浮かべるソフィーは、やはり大したものだ。
しかしこうして対面してみると……なんだって学園でのトップレディがこんな場所でこんなことをしているのかは、ちょっと疑問ではある。
もっと華々しい場所に立たせておいた方が有用だと思うのだが。
いや――そうではないのか。
ここでソフィアーネ・カリストという札を切るべきだと、現当主であるマクシミリアン・カリストは判断した、ということだ。
「まず第一に、おまえがここに来て私と接触したのは、おまえの父であるマクシミリアンの依頼によるもの。『グロリアス』と関係を持て、だったか」
「ええ、その通りですわ。関係を持ってどうしろとは指示されておりません」
「それから第二に、ヴィクター・イルリウスとの婚約を締結させにきた。……政略だろうが、なんでまたヴィクターと婚約を?」
問いに、ソフィーは少しだけ考えるふうに間を置き、特に笑みを浮かべず、普通に口を開いた。
「父であるマクシミリアンの思惑は一旦横に置いて、私に示された利得から話します。彼との婚約を締結させることができれば、私自身の、ある程度の自由を、父が保証すると言いました。何処かの貴族の家に嫁入りして女主人として腕を振るうより、そちらの方が魅力的だと思いましたので」
「ある程度の自由、ね。しかしそれはヴィクターのやつが許さなかったらご破算だろ。もしかしたら、あのギョロ目のおっさんは貴族の女らしい貴族の女を嫁には求めるかも知れん。その場合はどうする?」
「婚約を締結させる前に諸条件をヴィクター・イルリウスと話し合いますし、その際には父から交渉もすると言っていましたので」
「なるほどね。あいつの子を産むことに抵抗は?」
この問いに反応したのはソフィーではなく、後ろの執事だった。ぎりっ、と奥歯を噛むような、全く納得いってませんという仕草と表情。
公爵家の令嬢が抱えている執事にしては、ちょっと質が悪いような気がするが……まあ、たぶん他の能力が優秀なのだろう。少なくとも裏切るようなタイプではなさそうだし、そこに重きを置いているのかも知れない。
「まだ産んだことも孕んだこともありませんので、そのときになってみないと、なんとも言い難いですわ」
どうということもなく答えるソフィーである。もうちょっと突っ込んで訊いてみたくもあったが、さすがにセクハラになってしまうか。女同士であろうが引くべき線は引いておいた方がいいだろう。一歩か二歩かは超えてる気もするが。
「まあいい。それで、私とおまえが関係を持つとして……一応言っておくが、やらしい意味じゃないぞ? 対外的に『グロリアス』とソフィアーネ・カリストが関係を構築したと示すことによって、こちらに生じる利得はなんだ?」
「言うまでもありませんが、第一にカリスト公爵家との関係性を公然のものとできること。これが最も大きな利得でしょう。現状においても木っ端貴族の使い走りが、目を光らせているはずのヴィクター閣下を無視して『グロリアス』と接触しようとしているのではございませんか?」
「まあ、そういう話もちらほら聞くな。私のところまで届かないものも含めれば、そこそこあるんじゃないか?」
「その手の面倒が減るでしょう。おそらくは、より大きな面倒も減るでしょうね」
「だろうな」
現状ではイルリウス侯爵家に与しない、あるいは与していてもその影響をあまり気にしていない連中が『グロリアス』に細かなちょっかいをかけてきている、と考えられる。イルリウスの盾に加えてカリスト公爵家が盾になるのであれば、要するに雑魚への対応に手間がかからなくなる。
「第二に、イルリウスと敵対的な派閥を、かなりのところ牽制できるようになります。クラリス様が現状のロイス王国をどれくらい存じているかを私は知りようもございませんが、現在のところ、イルリウス侯爵家とカリスト公爵家は、利害関係の一致した友人同士ではありませんので」
つまり『敵の敵は味方』がややこしくなるので、イルリウスに敵対的だけどカリストの手下、みたいな貴族たちがグロリアスに手出しできなくなる、と。
「じゃあ、逆に、おまえと関係を持つことによって生じる不利益は?」
にたりと口元を歪ませて訊いてみる。どんな圧迫面接だよと我ながら思ってしまうが、この程度の問いに答えられないやつに用はない。
そもそも、関係を持ちたがっているのはソフィーの方なのだ。
こっちは椅子の上でふんぞり返って判断をするだけでいい。
まあ、事実としては椅子の上で前後にゆらゆら揺れているのだが。
「対外的に私とグロリアスが関係を構築したと示すために、グロリアスの製品をいくらか融通していただく必要があるでしょう。これはロイス王国にグロリアス製品を輸出するに際して実際的に調整の役割を担っているヴィクター様とも協議する必要はありますが、皆無というわけにもいきません」
「つまり、ちょっと面倒くさい」
「ええ。ですがそれ以上の面倒は潰せると考えてよろしいかと」
完璧な笑みを浮かべるソフィーに、私は前後にゆらゆら揺れるのを止め、にまにまと笑ったまま、人差し指を立ててみせる。
「だが、こうも考えられる。ロイス王国としては、グロリアスの内情を知りたい。だから学園で同級生だったおまえが抜擢された。十分に内情を知った上で攻め落とせると判断すれば、ヴィクター・イルリウスもスラック・ティアントも諸共に、グロリアスを攻め滅ぼせばいい……というのはどうだ?」
「論理としては面白いですわね。ですが、得られる利があまりにも少ないと言わざるをえません。下策ですわ」
「何故だ?」
「だって、ロイス王国では開発できなかったような製品を、グロリアスは次々に開発して流通させているのですよ? そんなところを襲って占領してロイス王国の一部にしたところで、次の製品が開発できると思いますか?」
自信たっぷりなソフィーのドヤ顔に、思わず普通に笑ってしまう。
つまり『自分たちにはできない』と言い切ったのだ、彼女は。
それを公爵家のお嬢様が衒いなく言ってのけるところが、ソフィアーネ・カリストの優秀さなのだろう。レオポルドあたりと気が合うかも知れない。……と考えると、割とヴィクターとも気が合うのか、このお嬢様は。
「そりゃ占領の仕方にもよるだろうが、ソフィーが無理だと考えるのは何故だ?」
「ロイス王国的な価値観ではグロリアスの長所をおそらく殺します。よって、現在のグロリアスが生み出せるようなものは、ロイス占領下でのグロリアスでは間違いなく生み出せなくなると、私は考えますわ」
「なるほどな」
このお嬢様、学園ではたぶん猫を被っていた――というよりは、手を抜いていたのだ。求められている優等生を演じておけば誰にも文句を言われない。淑女の中の淑女を演じることに大した労もないのであれば、そうするだろう。
ソフィアーネ・カリストを創り上げたカリスト公爵家に感心すべきかどうかは悩みどころだ。ソフィーが勝手に育ったという線も十分にありえるから。
だとすれば、一体なにが彼女をこうさせたのだろう?
少しだけ、気になった。
「カリスト公爵家との繋がりを示すことにより、グロリアスの安全を……そうですわね、保証とは言いませんけれど、強化できます。これがまず一点。そして、こちらの方が私としては重要なのですが、もうひとつの利点がございますわ」
ふっ、と上品だが挑戦的な笑みを見せるソフィー。
公爵家の令嬢が、もはや伯爵家の令嬢ですらない私に対して――挑戦的?
自覚はあっても驕りはない。
地位を認識していても、地位に固執はしていない。
立場を弁えてはいるが、立場に己の価値を置いていない。
そんなところか。
「もうひとつの利点とは?」
楽しくなって聞き返す。
ソフィーはやはり同じ笑みで、私がそうしたように、人差し指を立てて言う。
「私、フィリア商会という商会を営んでいると申しましたでしょう? クラリス様はあまり知らないかも知れませんが、私は有能ですし、こちらのアコ・アクライトも有能です。グロリアスと協力すれば、きっと面白いものを生み出せますわ。そして、その生み出したものを使って、ロイス貴族からふんだくってみませんこと?」
「ほう? なかなか面白そうな話じゃないか。続けてくれ」
「ええ、もちろん。クラリス様がどう思っていらっしゃるかは存じませんが、私、楽しいことが好きですの。逆に言いますと、楽しくないことが嫌いですの。たとえば貴族的搾取によって路地裏での生活を余儀なくされてしまう孤児などを見ると、己の無力さに苛立ちますわ。そういうのは、楽しくありません」
これは――たぶん、本音だ。
だからこいつはまともな貴族令嬢の歩む道を辿っていないのだ。
どっかの貴族に嫁入りして、女主人として腕を振るったところで、その領地のわずかな是正は叶うだろうが、他領の『つまらない光景』はそのままだ。
「フィリア商会では退職した使用人やその家族、身元のはっきりしている孤児などを労働力として雇っていますわ。支払う給金に対して、彼女たちはとても誠実に働いてくれますの。そうして彼ら彼女らが金銭を得て、欲するものを買い、社会に金銭を落とすようになる。この世に少しだけ、笑顔が増えるでしょう?」
キレイに微笑みながら述べるソフィーの目は、真剣だ。
夢物語のような己の行動を、極めて真面目に語っている。
彼女の能力であれば、もっとまともな、もっと楽な、貴族子女としての未来なんて描きたい放題だったはずなのに。
それをしなかったのは、そういうことか。
随分とまあ恵まれた考え方だ、と思わないこともない。私には選べるような未来なんてありはしなかった。『私』を思い出して以降は、その場その場で楽しそうな方向に舵を切ってはきたものの、そもそも選べる選択肢など、さほど豊富ではなかったのだ。
だが――悪くない。
「つまりこういうことだな、ソフィー。楽をしたって楽しくない」
「そういうことですわ、クラリス様。最初は父の依頼でしたが、ティアント領都の繁盛を見て、私としても楽しさを見出しました。獣人たちの入り交じった市場は、とても楽しそうでした。裏町を潰して倉庫街にした『グロリアス』の、なんて羨ましいことか。もっと俗っぽく言い直しましょう――私にも一枚噛ませていただけませんか、クラリス・グローリア?」
すっと立ち上がり、するすると私の傍まで歩いてきて、ソフィーは当たり前のように膝を突いた。そうして、まるで騎士が女性を踊りに誘うみたいに手を伸ばし、自信満々の笑みで私を見てくる。
せっかくなので私もにんまりとクラリスマイルを進呈し、ひょいと椅子から降りて、伸ばされたソフィーの手を握ってやる。
細く、やわらかく、少し冷たい淑女の手。
全てを持って生まれ育った公爵家の令嬢が、『無才のクラリス』に手を取って欲しがっているだなんて、とんだ笑い話だ。
けれど、彼女が本気であることは、伝わった。
本気で楽しむつもりなのだと、ソフィーは胸を張っている。
この世界に対して。
「いいだろう、ソフィアーネ・カリスト。ついでだから、ヴィクターのやつを私からも説得してやろう。おまえらの婚約を祝福もしてやろう。そんでもって――そうだな、一緒に楽しもうじゃないか」
クラリス・エンジョイ・グローリアは、こうしてソフィアーネ・カリストと関係を持つことになったのである。
まあ、まだ友達というほどには、なにも共有していないのだけれど。
感想いただけると嬉しいです。
カクヨムさんで新連載を始めたので、宣伝です。
双剣無頼 ~現代ダンジョンで雑魚狩りしてた底辺掃除屋、神話級の剣を手に入れてしまう。しかも二本~
https://kakuyomu.jp/works/7667601420162999739
現代ダンジョン、ダンジョン配信ものです。よかったら読んでみてください。
クラリスとは違ったタイプの、変な主人公の話です。
向こうから来た人がいましたら、ここまで読んでくれて、あざます!
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