191話「悪徳令嬢と公爵令嬢_03」
その日の朝、ソフィーたちが泊まっている宿に『グロリアス』の使いがやって来た。尻尾が三本もある狐獣人の少女だ。
「クラリス様と会いたいという貴族の令嬢がいると聞きました。あなたが、ソフィアーネさんですか?」
これまでソフィーたちが会話をした獣人の中では、とびきり立ち居振る舞いが丁寧な少女だった。貴族子女のように洗練された作法ではないが、動作のひとつひとつがきちんとしている。
年齢は、人族と同じ感覚であれば、十四歳くらいだろうか。
「ええ、私がソフィアーネ・カリストよ。こちらが部下で友人のアコ・アクライト。こちらは部下で執事のエリオット・グレイ。白い尻尾のお嬢さん、貴女は?」
「キリナといいます。クラリス様の従者です」
これが貴族同士の挨拶であればカテーシーのひとつも披露し合うか、あるいは会釈を交わすところだが、キリナは少しだけ首を傾げるようにしただけで、頭を下げなかった。
クラリス・グローリアの従者――なるほど、よく躾けられている。
「従者が訪ねて来たということは、クラリス・グローリアにお会いできると考えてもよろしいので?」
すっ、とエリオットが前に出て言う。
ロイスの貴族社会では、相手方の従者は自分の従者に相手をさせる……ややこしい表現になるが、そういうのが一般的だ。中には面倒に思ってその様式を省く貴族もいるが、そういう様式を破ってナメられないだけの立場が必要になる。
「はい。案内しますので、ついて来てください。用意する時間は必要ですか?」
「いえ、構いません。我々はいつでも出発できるよう備えておりましたので」
慇懃に頷くエリオットの科白は、おまえの主人が待たせていたからこちらは手間を惜しまず準備し続けていたぞ、という意味合いだ。
が、どうやらキリナには伝わらなかったらしく、なんでそんな無駄なことをしてるんだろう、みたいな顔をされてしまった。
つまり――ロイス貴族の流儀など、通じないというわけだ。
よく躾けられている印象のキリナに、ロイス貴族の流儀を仕込んでいないということは、そういうことだ。
「では、行きます」
丁寧だが素っ気ない、絶妙な言い方をする狐獣人に、ソフィーたちはついて行くことになった。徒歩で。
◇◇◇
移動は馬車に限る、なんていう貴族もいるにはいるが、ソフィーは違う。
そもそもロイス王国の貴族における最も重要な役割は『戦術兵器』なのだ。戦いの一局面に貴族を一人配置しているだけで敵にとっての脅威になる――そういう存在であることが、ロイスの貴族の習わしだ。
これは対魔族戦が形骸的になり、貴族同士の武力衝突がめっきり少なくなった現代においては古い価値観のように思われがちだが、おそらくこれを「古い」と吐き捨てた貴族から消えていくことになる。
結局のところ、最後にものをいうのは実力だ。
貸した金を回収したければ武力をチラつかせるのが最も早いし、その金が回収不能であれば債務者に金を稼がせる必要があるのだが、それにもやはり武力的背景が必要だ。カリスト公爵家は偉いから偉いのではなく、偉大さ相応の武力を有しているから偉いのである。
なので当然、ソフィーもちょっと歩いたくらいで疲れるようなことはない。戦術兵器が配置についた段階で疲れ切っていては話にならないではないか。
さておき。
キリナの歩調は早くも遅くもなく、朝のティアント領都をするするとすり抜けるようで、ついて行くのに苦を感じない歩調だった。たぶんきちんと気を遣って歩いているのだろう。彼女一人であれば、人いきれを縫うようにしてもっと早く歩けそうだ。
時折、キリナはすれ違った獣人に声をかけられて、ふわりと微笑みながら一言か二言かを返していた。町のみんなにかわいがられている女の子、というふうでもあったし、儲けている商家の娘のようでもあった。
「クラリス・グローリアがロイス王国を飛び出したのは、三年くらい前のはずだよね。それにしては、なかなかの従僕じゃないかい?」
本来であれば耳打ちすべき科白を堂々と呟くアコだった。
ソフィーはさすがに苦笑を洩らし、意識的にキリナに聞こえるよう、通る声を出しておくことにする。
「二通りですわ。彼女がそもそも優秀な人物だった。あるいはクラリス・グローリアが他者を育てる才に恵まれていた」
才というならば……『無才のクラリス』だったはずだが。
しかしそのような評判の人物が、学園時代に他者を育てるなんて場面に巡り会うわけもない。そういう意味では『ロイスの貴族子女の世界では無才だったクラリス』とでも言うべきなのだろう。
本当の無才が、たったの二年でソフィーの父、マクシミリアン・カリストの興味を引くほどの功績を成せるわけがないのだ。
「才能、ねぇ……」
あまり納得がいってない、というふうにアコは頷く。彼女は彼女で独特の思考をするので、ソフィーにはアコがどういう点に納得できていないのかが判らないが、整理がついたら教えてくれるだろう。あるいは思考放棄することもあるが。
前を行く狐少女の三つに分かれた尻尾を追っているうちに、賑わう市場を抜け、つい先日、ソフィーがやらかした場所に辿り着いた。
倉庫街だ。
かつては裏町だったという。そこをあらかた真っ平らにして倉庫街をつくり上げた――それだけでも、ソフィーと同い年の少女としては偉業である。まして貴族としての背景を失った、ただの少女が。
「こっちですよ」
同じ様な倉庫が並ぶ道を、一体なにをどう判断しているのか、右に左に折れながら辿り着いたのは、やはりいくつも立ち並んでいるのと同じような倉庫。
キリナはその倉庫の入口を気楽に開き、当たり前のように中に入ってしまった。外で待つように言われたわけでも、どうぞと促されたわけでもないので、ソフィーは一瞬だけ躊躇したが、すぐに気を取り直してキリナに続いた。
中は――やはり、倉庫だ。
ただし以前ソフィーが暴れた倉庫とは違い、床面がある。広い空間に、高い天井、高い位置に窓があり、申し訳ばかりの採光がある。
床は、石造りではなく木板だ。防腐剤なのか塗料なのか、しっかりと磨き上げられた床板が、市販の魔導灯の光を反射している。
広い空間の奥には応接用らしい椅子と机があり、入口から見て奥側の椅子に少女が座っている。その椅子の後ろには、薄紫色の肌の男と、尻尾が九本もある妙に胡散臭い印象の獣人。
「どうぞ」
と、キリナが素っ気なく着席を促した。が、三十歩分くらいの距離があるせいで、椅子を勧められた感じがまるでしなかった。
仕方ないので小さく息を吐き、ソフィーは自分の足で倉庫の奥へ移動し、少女の正面の椅子に、しずしずと腰を下ろした。
きらきらと輝くような金髪。
つくりものみたいに整った相貌。
棒みたいに華奢な手足と、肉付きというものを感じさせない細い身体は、獣人たちが身に着けているようなのものと似た衣服に包まれている。
にんまりと笑いながらこちらを見る少女の印象は――学園時代のそれと同じかどうか、ソフィーには確信が持てない。まあ、こんな少女がいたなら絶対に記憶に残っているはずなので、たぶん昔の面影とは重ならないのだろう。
……というか、同い年で十八歳のはずなのに、どう頑張っても十六歳くらいにしか見えない。普通に見たら十四歳くらいだ。
椅子に座っているので正確なところは判らないが、たぶんアコよりも身長が低いのではないか。
――というような内心を一切表に出さず、ソフィーは意識的にロイス王国の貴族子女らしい、公爵家令嬢としての微笑を浮かべ、言った。
「はじめまして、と言うべきかしら。カリスト公爵家四女、ソフィアーネ・カリストと申します。ようやくお会いできて嬉しく思いますわ、クラリス・グローリア」
これにクラリスは、先程と同じ笑みを維持したまま、ひどく雑な動作で足を組み、背もたれに身体を預けてふんぞり返るような姿勢で、
「会いたいと言うから会ってやったぞ。言葉でちくちく小突き合うのが好きなら他をあたってくれ。用件を話したらどうだ、ソフィアーネお嬢様?」
と、そんなふうに言った。
なるほど、伯爵家の令嬢なんて存在しないということだ。
それが彼女を火刑に処したミュラー伯爵家の責なのか、あるいはそれを許したグローリア家の咎なのか、それとも――クラリス・グローリア個人の才なのか。
まだ判らない。まだ、なにも。
ふぅ、と息を吐き、意識して被っていた典型的貴族子女の仮面を外し、カリスト公爵令嬢ではなくソフィーとしてクラリスと向き合うことにする。
「ソフィーとお呼びください、クラリス様。こちらは私の部下であり友人のアコ・アクライト。こちらは部下で執事のエリオット・グレイです」
「えーっと、ボクは一度会ったことがあると思うけど、覚えてるかな?」
裏表のないアコに、クラリスはちょっと眉を上げ、やや考えるようにしてから普通に頷いた。
「錬金術師のアコだろ。なんかの機会に一回だけ喋ったことがある。内容は忘れたが。なんだ、ソフィアーネお嬢様の部下になったのか」
「求められる仕事をこなせば好きに研究していいっていうからね」
「仕事、ね」
ちらりとクラリスの視線がソフィーを捉えたのを見逃さず、首肯してみせる。
「フィリア商会という商会を営んでおりますの。貴族相手に美容品などを高値で売りさばく、公爵家令嬢としてはいささか悪趣味な、ボロい商売ですわ」
「そりゃあ楽しそうでいいな。んで、ソフィアーネお嬢様の用件は?」
「ソフィーとお呼びください」
にっこり笑って繰り返す。何度だって繰り返すつもりだった。
「話が面白ければ考えてやらんでもないぞ、ソフィアーネお嬢様?」
あまりにも整った相貌の中、口端だけがにたりと持ち上がる。まるで裏町の破落戸のような、裏社会の首領のような――あるいは悪徳貴族のような、笑み。
ソフィーは軽く肩を竦め、苦笑を洩らす。もちろん、意識的に。
「正直に話しましょう。私は父であるマクシミリアンからの依頼を受けて来ました。曰く――『グロリアス』と関係を持て、と。私と貴女が関わっていることが、父にとっては重要なことのようでしたわね」
「つまり、ガキの使いで来た、と?」
「一面的には、そうですわね。ですが私としても『グロリアス』に興味はありましたし、あといくつかの目的もございます。そのひとつが、私とヴィクター・イルリウスの婚約を成立させることですわ」
「ぶはっ!」
ある種の笑いを誘うことには成功したようで、クラリスは思いっきり息を吹き出し、ちょっと我慢する素振りを見せてから、結局はくすくすと笑い出した。
その笑い方が――本当に可愛らしくて、いつまでも見ていたいと、ソフィーは思ってしまう。まあ、ほんの一瞬だけ。
「ヴィクター・イルリウスって、あのヴィクター・イルリウスか? ギョロ目の、冴えないおっさんの?」
「おっさ……いえ、まだ三十より手前だったはずですが」
「十八の小娘からすりゃ、十分におっさんだろ。ソフィアーネお嬢様は、やつとの婚約には前向きなのか? それとも貴族としての義務?」
あっ、これはたぶん興味本位だな、と判った。
であれば、クラリスの興味を引けたことは、収穫だ。
「どちらも、ですわね。相手としてヴィクター様は悪くありません。ですがこの世全ての男性から選んでいいと言われれば彼を選びはしませんわ。そう考えると、やはり貴族としての義務という側面は否定できません」
「ちなみに、誰を選んでもいいと言われたら誰を選ぶ?」
「まずはこの世全ての男性を見定めることから始めると思いますわ」
「なるほど」
にんまりと笑って頷き、クラリスはふんぞり返った姿勢は飽きたとばかりに一度身体を思いっきり伸ばし、あろうことか椅子の上で胡座を組んでから、後方に控えている薄紫の肌の男と九尾の獣人へ視線をやった。
「紹介しよう。こっちがユーノス・グロリアス。かつては魔族だったが、今は私の身内だ。んで、こっちがカイライン。見た目通りの胡散臭いやつだ」
ユーノスの方は表情ひとつ変えず、眉ひとつ動かさないままソフィーへ視線を向けた。カイラインというらしい九尾の狐人は、紹介の言葉通りに胡散臭い笑みを向け、軽く会釈してきた。
「そして私が、クラリス・グローリアだ。ソフィー、私はおまえに、ソフィアーネお嬢様ではなく、ソフィーにちょっと興味が出てきたぞ」
言って、くすりと小さく微笑む。
あのにんまり顔の百万倍くらい、愛らしくて素敵な笑顔だった。
感想いただけると嬉しいです。
カクヨムさんで新連載を始めたので、宣伝です。
双剣無頼 ~現代ダンジョンで雑魚狩りしてた底辺掃除屋、神話級の剣を手に入れてしまう。しかも二本~
https://kakuyomu.jp/works/7667601420162999739
現代ダンジョン、ダンジョン配信ものです。よかったら読んでみてください。
クラリスとは違ったタイプの、変な主人公の話です。
向こうから来た人がいましたら、ここまで読んでくれて、あざます!
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