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この世界でただ1人の人間の戦い  作者: 冒険好きな靴
第5章 地獄篇 グリード領ウルファンス山脈
95/244

95話 吸血鬼のお話し

 吸血鬼。

 地獄という世界にいる、いくつかの知的生命体の1つ。

 知能は悪魔とためを張るほどの高さ。

 それに加えて悪魔、魔物と同様に能力を行使出来る。

 優れた種族だと言っていいだろう。


 ただ、そんな吸血鬼にも1つだけ欠点があった。

 それは吸血衝動と呼ばれるものだ。


 吸血鬼には、血を吸わねばという使命感めいた、それでいて本能的な欲求が種族全員に備わっている。

 老若男女、全てにだ。


 ある時吸血鬼は、その吸血衝動を持って1つの種を滅ぼした。

 その種は原生種ではあったが、単純な戦闘力では魔物にも引けを取らない強力な生物だった。

 が、そんなことは一切関係なく、その知能と能力、本能を持って皆殺しを成し遂げた。


 そもそも吸血衝動というのは、普通の生物が持つ欲求よりも数段上の強さで、並みの意志では耐えきることすら無理なものだ。

 ラース領を統治する当時の魔王がその事態に気付いたのは、吸血鬼によって滅ぼされた種族が10種を超えてからだった。


 地獄の均衡を保ちたい悪魔側は、この事態を深刻に受け止める。

 普通なら複数の狩人を送って、均衡が取れると判断するまで討伐していくのだが、今回は知的生命体だ。

 言葉を話せない原生種とは違って、意思疎通も出来る。

 そう判断を魔王は下して、騎士団の隊長と部下を送った。


 ・・・結果は散々なものだった。

 吸血鬼と交渉に入る以前の問題で、騎士団を発見した途端、彼らは襲いかかってきた。

 部下は全滅。

 実力は確かにあった騎士団隊長はというと、最初の内は善戦した。

 だが、数の力は圧倒的で、1個体ずつが強力な吸血鬼が集団で連携してくると、もう打つ手はなかった。


 隊長格は力があると判断され、吸血鬼に長期間に渡って吸血されて、結局は死亡。

 最後の最後で本人から送られてきたテレパシーで隊長達の死亡が確認。

 吸血鬼に力を与えただけで、こちらには損害が残った。

 考えられる上で、最悪の結末だった。


 このことが原因で、交渉の余地はないと判断。

 すぐさま討伐に向かうことが決定した。


 が、相手は知能を持って、能力を扱う者達だ。

 普通なら魔物は知能を持たないため、能力の相性さえ良ければ死ぬことはなかった。

 しかし、吸血鬼は簡単にそれを覆してくる。

 しかも数はかなり多く、連携もしてくる。

 半端な悪魔では、返り討ちにあって死ぬことだろう。


 だから・・・

 72柱の均衡を守り、72柱を討伐する数少なき断罪者。

 ラース騎士団第2隊長であり、当時から炎の執行者と呼ばれていたヴァネール・アナウス・クリセレンプス。

 そしてそのサポートに、マリア・ガープが吸血鬼の討伐に向かった。


 単純な攻撃力では殆どの生物に対して、完全に凌駕するヴァネール。

 精神を操り、その手の防御能力を持っていない限り無敵のマリア。

 物理的にも精神的にもこの上ない好カード。

 もう吸血鬼の全滅は決まったようなものだった。


 それと同時に、魔王は吸血鬼を害獣認定。

 他の領土に吸血鬼が逃げ延びても、他の悪魔達が討伐するように手配。

 そうして吸血鬼という種族を追い詰めていった。

 もうこれはもはや消化試合だ。

 それだけの切り札を魔王は出した。

 それだけ吸血鬼が危険だったからだ。

 ただ、それだけのことだった。

 ここから少しだけ話は逸れる。


 吸血鬼の故郷は、この地獄という世界の中で1番輝いている領土・・・プライド領土にある。

 地獄を照らす赤き月は、普通の星と違って回らない。

 厳密には、地獄の星が回らない。

 だから地球の近くにある、月という衛星のように移動して見えることはなかった。


 必然的に、光源である赤き月に1番近い場所が存在する。

 そこがプライド領土だった。


 ただ、故郷とはいっても吸血鬼は殆どいない。

 吸血鬼は基本的に光を嫌う傾向にあるからだ。

 現世の伝説のように、太陽の光で焼かれるわけじゃない。

 ただ、嫌いなだけだ。


 それでも、吸血鬼が嫌悪するような光を日常的に浴びていられるほど吸血鬼はタフネスではない。

 そのような理由で、2つの派閥が吸血鬼の間で出来た。


 1つはプライド領に残って、光を克服する者達。

 その者達は、自身に月光に対する耐性が備わることを信じていた。

 だからその場に残り続けた。

 その数は極めて少数で、吸血鬼全体の1割にも満たなかった。


 1つはプライド領を捨て、出来るだけ月から遠ざかる者達。

 その者達は、自身の弱点をよく理解していた。

 だからその場を立ち去った。

 その数は極めて多数で、吸血鬼全体の9割も満たした。


 ただ、プライド領を捨てた理由は自身が苦しいから。

 その弱い自身の欲求を抑えきれないから。

 だから、簡単に吸血衝動に飲み込まれていくような吸血鬼が大半を占めていた。


 生物を蹂躙し、圧倒し、時には魔物を狩り、周囲に甚大な被害をもたらした。

 その者達がラース領まで足を踏み入れた頃、ついには理性を放棄する者まで現れた。

 野生の如く鋭敏に動く様は、吸血鬼と交渉をしに来たラース領の騎士団に目撃されることになる。

 その頃から、吸血鬼は害獣とも、魔物ならぬ魔者とも呼ばれるようになる。


 ・・・事態は収束した。

 ヴァネールが一斉に吸血鬼を攻撃し、全て死体も残さず燃やした。

 圧倒的だった。

 数の力は強大だが、それすらも上回る規模の攻撃には成す術がない。

 上には上がいたのだ。


 マリアは吸血鬼を打ち漏らさないように、ごく自然に一か所に吸血鬼が集まるように誘導した。

 やったことはただ、それだけ。

 殆どのことはヴァネールが処理した。

 炎の執行者のサポートとはこんなものだ、と本人は後に語ったそうだ。


 マリアの洗脳で、吸血鬼の行動を抑制出来ないかと、ある悪魔が提案してきたこともあった。

 だが、見た限りでは記憶や心どころの話ではなく、もう遺伝子レベルで本能が脳に根っこを這ってしまっていた。


 洗脳自体は出来るだろう。

 だが、いつまでも洗脳し続ける訳にはいかない。

 吸血鬼は使役して運用する魔物ではないからだ。

 記憶を消去しようとも、身についた本能が消える訳でもない。

 マリアがその極限まで卓越した能力を解除した途端、再び暴走を始めてしまうだろう。


 マリアはそう判断した。

 魔王もそう判断した。

 周りはその意見に従った。

 故に、吸血鬼が惨殺されても、もはや何もおかしくなかった。


 残ったのはプライド領に残った吸血鬼だけ・・・だったはずだが、様子がおかしかった。

 その通達が来たのは、離反した吸血鬼を一掃してから間もない頃。


 プライド領にいる吸血鬼は、その土地にいる魔王率いる悪魔達に処理を任せていた。

 だが、討伐は行われていなかった。


 通達によると、プライド領に残った悪魔達は吸血衝動をギリギリのところで抑え込んでいたらしい。

 月の光に強くなったわけではない。

 ただ、吸血衝動に対しては強くなっていた。

 ここに何の因果があるかは分かっていない。

 そうした現象が忽然と起っていたことだけが分かっていることだった。


 元々、吸血鬼を討伐する目的は地獄の均衡を保つためだ。

 吸血鬼は生物を極端に狩りすぎた。

 それが今はない。

 つまり、討伐する理由が見当たらない。


 しかし、目の前にいる少数派の吸血鬼達は、苦しんでいた。

 欲求に強くなっても、欲求自体が消えた訳ではない。

 これは、いつまた吸血鬼が暴走しても、おかしくない状態でもある。

 だが、それでも吸血鬼は耐え続ける。

 討伐するに、討伐出来ない状況が生まれていた。


 その通達を受けて、1人の悪魔がプライド領へと渡った。

 マリアだ。


 テレパシー能力を使える者は悪魔では殆どいる。

 短時間、幻聴や幻覚を見せられる、或いは感情操作を行える者は少数いる。

 知識を相手に直接植え付けられる者は殆どいない。

 記憶を消去、或いは改ざん出来る者は地獄では2人だけ。

 洗脳を使用出来る者は、ただ1人しかいない。


 この時、吸血衝動の原因の一端が生存する為の脳の欲求ではなく、野生的な破壊衝動を脳に秘めているからだと言うことが、少数派の吸血鬼を調べて分かっていた。

 なら、改善の余地はある。


 このレベルで吸血鬼に処置を施すのであれば、最低でも記憶消去の可能な技術を持った悪魔が必要だ。

 だが、マリア以外の記憶消去を行える悪魔は、ある魔王によって秘匿されていた。

 だからマリアが行くしかなかった。


 その結果、吸血鬼の吸血衝動は改善された。

 だが、完全に消すことは不可能だった。

 生活に必要なレベルの行動さえ出来なくなる恐れがあったからだ。

 それでも、吸血鬼達はマリアに感謝した。

 

 それに乗じて、マリアは吸血鬼達に助言する。

 悪魔と子を生しなさい、と。


 理性はもう放棄するリスクのない領域まで改善されている。

 後、その吸血衝動を減らしたいのであれば、もうそれは血を薄めていくしかない。

 すなわち、他の知的生命体との混血を種族に残していく。

 それしか方法はなかった。


 マリアの助言に従って、吸血鬼は悪魔と子を成していく。

 吸血衝動が弱くなった分、正常な家庭を築くことが出来た。

 異常があれば、悪魔がすぐに心を読んで察知することが出来る。

 こうして、吸血鬼達は害獣の認定を解かれ、子孫を繁栄させていった。




 ---




 「ま、吸血鬼にはそんな歴史があったってことだ」


 ダゴラスさんは、話を終えた。

 長い話を。

 ・・・と言うか、長すぎる。


 1時間ぐらいは湯船に浸かって話していただろうか?

 もう俺はノックダウン状態。


 途中からは湯船の傍の床で大の字になりながら、静かに耳を傾けていた。

 その間スー君が俺をいじっていたが、軽く蹴りを食らわしてやった。

 あの年頃の子供は、このくらいの方が丁度いい。


 「で、そこからララにどう繋がるんですか?」


 俺の頭の中では、この話とララという存在が現在進行形で接続されていない。

 ネットで言うオフラインだ。


 「お前さんはララが吸血鬼だって話、聞いたことはないか?」

 「えっ・・・」

 「ないか」


 ダゴラスさんはボリボリと頭をかく。

 どう説明したらいいか、ちょっと整理をつけてる感じだ。


 「ララ・シーメールは吸血鬼と悪魔のハーフだ」

 「ハーフ・・・あっ!!」


 確かにララ本人が言ってた。

 ハーフだと。

 何とのハーフかは明言していなかったが。

 そうか。

 だからあんな言い方をしたんだ。

 悪魔に部族もへったくれもありません。

 全員同じです、私の場合は混血というだけです・・・と。


 「合点がいったみたいだな」

 「・・・繋がりました」

 「アイツは普段は悪魔としての色が強いけど、吸血鬼としての側面もちゃんと持ってる。抑えてるだけさ」

 「それも能力かなんかですか?」

 「そうだ。お前さんも認定書で読んだはずだぞ?」


 言われて記憶の引き出しを開ける。

 認定書の記述はもうまる暗記してある。

 後は該当するような箇所を探すだけ。


 ええと、どこだどこだ・・・

 記憶に浮かぶ文字列を検索していく。

 ああ・・・あった。


 「その本質を表せ(ウィン)・・・ですか」

 「正解」


 ダゴラスさんは、笑顔で俺にそう返した。


 「自然干渉系か、身体干渉系か微妙に分からない能力だが、一応自然干渉に分類されてるもんだな」

 「さっきのダゴラスさんの発言だと、吸血鬼化を抑えるような感じだから、身体干渉系っぽいんですけど」

 「でも、それは本来物に使用する能力なんだよ」

 「物?」

 「例えば・・・卵とか。正体不明の卵があったとする。その卵から何が生まれるのか、孵化はいつなのかを解析するのがその能力の特徴さ」

 「・・・でも、それって吸血鬼化を抑えるのと何も関係ないですよね?」

 「それがチャントでの発展形さ。その物の本来の姿に戻すこと。ララがやってるのはそれさ」


 なるほどだ。

 一応理解は出来た。

 じゃあララは、本質的には吸血鬼に分類されてるってことか。


 「吸血鬼は悪魔よりも元々身体能力が高い。その上悪魔の血を混ざらしてみろ。吸血衝動というリスクがかなり少なくなった、優秀な能力使いの誕生さ」

 「で、隊長クラスになるまで自己の研磨に励んだと」

 「そういうことだ」


 そういうことだったんだな。

 俺を助けてくれた理由。

 多分だが、ここも少なからず影響してるんだろうな。

 悪魔と出生が違うというだけで、普通の悪魔とは起こす行動も違うだろう。

 マリアさんがそこに付け込んだのかどうかは知らないが・・・


 「そんな経緯で、ララの片親はマリアに恩義を抱いていたって訳」

 「・・・過去形なんですね」

 「死んだからな」


 つついてはいけないところか。

 俺の表情の変化を見逃さなかったのか、ダゴラスさんは付け加える。


 「ああ違う違う。殺されたとかじゃなくて老死・・・寿命だよ」

 「なんだ・・・」


 てっきり戦いか病気で死んだのかと思った。


 「月光のせいで苦しんだみたいだが、吸血鬼はみんな大往生して死んだって話。だから不謹慎でもなんでもないんだからな」

 「・・・安心しました」


 みんな大往生か・・・

 ってことは。


 「純粋な吸血鬼ってもう・・・」

 「みんな死んだな。大往生で」


 そうか。

 吸血鬼の暗い歴史を聞かされた後だ。

 ハッピーエンド的な結末で何よりだった。


 「でだ、吸血鬼はそんな経緯があって、あまり害獣の話を好んだりしない。自分の種族が害獣になった経験があるからな」

 「害獣は・・・嫌ですね」


 俺も害獣呼ばわりはされたことが何回かある。

 セスタ。

 今も覚えている。

 初めて自分で殺した悪魔だ。

 忘れるわけない。


 「そんなお前さんにララが共感しないかって言ったら嘘になる」

 「ああ・・・」

 「マリアが洗脳で行ったのは、あくまで自分の願望を表に出しただけ。無理矢理操ってはいないから・・・」


 ・・・ダゴラスさんが言わんとしてることが、ようやく分かった。

 俺の思ってることなんて、とっくのとうにお見通しだったってことか・・・


 「今もアイツは吸血鬼という種族の誇りにかけて、お前さんを守ろうとしてる。それも自分の意志でだ。ちゃんと、そこは分かってやれよ?」


 確かめるように、俺の顔を覗いた後、ようやくダゴラスさんは湯船から体を出した。


 「うーん、いい湯だった」


 気持ちよく伸びをする。

 長すぎですよ、ダゴラスさん。


 大柄な体を浴室の出口まで運んでいく。

 ノッシノッシと歩くその姿は、前よりも逞しく思えた。


 「お・・・お兄ちゃん・・・」

 「うおっ!!」


 声が聞こえた方を見てみると、スー君がのぼせきった真っ赤な顔で、体を引きずっていた。

 ズルズルと、ゾンビのように。


 「ダゴラスさん!!」


 大きな声で彼に呼びかける。

 こんなドジなところもまた、ダゴラスさんらしいと俺は思うのだった。

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