94話 ウルファンスの居城
俺達は、上空へ飛んだ。
青龍の乗り心地は悪かったが、移動自体はとてもスムーズだった。
なにせ空から移動するのだ。
雪をかき分けながら移動するのとでは雲泥の差。
おまけに結界のおかげで寒くもないし。
それを考えれば、乗り心地なんて二の次でいい。
マリアさんとララ、そしてウルファンスは俺みたいにしっかりと毛を掴むことなく、直立で景色を眺めていた。
クネクネ動く足場なんて、まるで気にもならないようだ。
・・・あまり気にしてもダメだろうと思って、何も言わなかった。
普通の悪魔と違って、実力者ばかりなのだから。
空の視界は最悪に悪かった。
晴れた空はすぐに暗い雲へと閉ざされて、猛吹雪へと変化する。
ウルファンス曰く、幻想種をあまり見られたくないそうだ。
特別な目を持った悪魔なら、山脈の麓からでもギリギリドラゴンは見える。
そう言っていた。
その方針のせいで、空は地上よりも吹雪いていて、まともに前も見えない。
どう方向を決めているのかは全く謎だが、それでもドラゴンは迷うことなく真っすぐ進んでいく。
野生の感という奴だろうか?
現世の動物にもこういった物はある。
例えば、犬ソリなんかがそうだ。
吹雪いた環境の中では、殆どソリを引く犬達が頼りみたいなものだ。
人間では分からない方向を、犬のセンスでカバーする。
遺伝子に組み込まれ、発達してきた方向センス。
それと似たようなものをドラゴンに感じた。
それが数十分。
恐らく徒歩より何十倍も速いだろう。
そうして見えてきたのは、崖の淵にそびえたつ、1つの大きな城だった。
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「ただいま~」
ウルファンスが城の大きな扉を開け放ち、第一声にそう言った。
ただいまってことは、ここが彼女達の家なんだろう。
・・・やっとここに着いたって訳か。
すごい長かったな。
扉が開き、城の内部が露わになる。
見てみると、内装はかなり豪華だった。
まさに城って感じだ。
目の前には2階に繋がるであろう、左右に設置されている1対の階段。
それを照らす大きなシャンデリア。
明かりに使われているのはクズ魔石だろう。
細かく、大量に、綺麗に使われている。
壁にはよく分からない芸術性を醸し出している絵画が飾ってある。
普通に高そうだ。
床も現世でいう大理石っぽいツヤツヤした石が敷き詰められている。
それも全面にだ。
周りに置かれている家具すらも、高価な雰囲気を醸し出している。
外とは違い、中の温度は暖かい。
暖房が入っているのか能力を使っているかは分からないが、かなり快適だ。
さぞ、ここは住みやすいだろう。
と言うことで、総評。
ここは正真正銘、ザ・キャッスルだった。
「すごいな・・・」
「私もいつ来たって感嘆とさせられるのよ」
マリアさんも何回かここへ来てるだろうに、少しばかし内装に見とれていた。
地獄の世界でも、これは立派に豪華だということの良い証明だ。
いいとこに住んでんな、スフィーソフィーさんよ・・・
なんか、すごいうらやましい。
俺の前世って貧乏だったのかな・・・
卑屈な心が呻き出す。
「ただいま!!」
ソフィーがそう言って前へ駆け出す。
そこには、2人の悪魔がいた。
同じ青色の髪。
スフィーみたいに長い訳ではなく、肩に届くか届かないかくらいだ。
コイツもウルファンス親子みたいに端正な顔立ちで、白い着物を着ていた。
それが意味するところは大体検討がつく。
「お帰り、ソフィー」
笑顔で帰ってきた小さな悪魔を迎えている。
突然来訪してきた俺を見ても驚かないあたり、多分事情は伝わってるんだろう。
マリアさんも1回ここに来ているようではあるし。
「よう!無事だったか!」
そう声をかけてきたもう1人の悪魔。
もう一方の悪魔の名前は知っている。
浅黒い肌をした大柄な悪魔。
背には例の黒い大剣を背負っている。
そう。
ダゴラスさんだ。
やっぱりというかなんというか・・・
やっぱここにいたんすね。
「いやあ、すまんかったな」
自分の妻であるマリアさんより、まず俺に声をかけてきた。
まず謝罪。
本人の家の時と同じだ。
「・・・結果オーライってやつです。ここにこうして揃って来れたんですから」
「おお、そう言ってくれると助かるよ。何せ凍てつく器の捕食者が3頭だからなぁ」
そうだ。
俺が到底手に負えないであろう相手を、同時に3頭だ。
そんな中で人命救助は、無理にも程がある。
俺もそんなことくらいは理解しているつもりだ。
「あの後お前さんを探し回ったんだがな、結局見つからなくて」
「マリアさんからちょっとは聞いてます。ウルファンスに助けを求めたんでしょう?」
「だな。闇の器の捕食者を退けたくらいだから、少しくらい1人になっても生き残れるだろうし」
・・・それは違う。
俺がブラックイーターを倒せたのは、あの魔剣が強かったからだ。
でも、ダゴラスさんがそんなことを知る由もない。
「ダゴラスさんがあの洞窟で爆発なんか起こさなければ、とっくのとうに俺はここだったんですけどね」
「まあな。それについては、本当に面目ない」
口調は軽いが表情は真剣だ。
自分なりに悪いと感じているのが分かる。
「冗談ですって。俺1人じゃあ何も出来ないのに、そんなこと本気で言わないですよ」
俺1人じゃなにも出来ない。
まさにその通りだ。
だから、ダゴラスさんを責めるなんて出来っこなかった。
「そちらの方が人間様?」
ソフィーとじゃれあっていた青髪ショートヘアーの悪魔が聞いてくる。
スフィーとソフィーは人間に会うのは初めてだと言っていた。
悪魔にとって、人間という種は現世へ魔王を通して行かなければ出会えない。
なら、この悪魔も人間に会うのは初めてなのだろう。
「そう、俺が人間」
「ふぅん」
興味深そうに俺を凝視した後。
「ウルファンス5姉妹、2女のシフィーです。よろしくね」
と、挨拶してきた。
シフィー。
失礼だが、発音しずらい名前だな。
でも、本人は礼儀正しい。
なら、俺も挨拶せねば。
「はじめまして、名前は忘れましたが、とりあえず人間です。どうぞよろしく」
自己を紹介するのに、名前を知らない?のはどうかしてると思うが、何度も言うように記憶喪失なんだから仕方ない。
どうとでも好きに呼べばいいさ。
「うん、マリアさんから聞いてたとおりね。記憶がないのは私も知ってるわ」
あらかじめ伝わっていたようだった。
どこからどこまで知っているのかが分からない。
ま、いいか。
「妹達に付き合うのは大変だったでしょう?」
「いや、全然。こっちの方が助けられてばっかなんだけども・・・」
「1番ちっちゃい妹は、特に人見知りならぬ悪魔見知りだからねぇ」
「ん、最初はそうだったけど、今は・・・」
結構話してくれている気がする。
俺の主観だから違うかもしれないけど。
と、思っていると、ふいにソフィーが俺の膝へすり寄ってくる。
それを見て、姉のシフィーは大きく目を見開いた。
「へぇ・・・」
大層驚いているようだった。
珍しいものを見ているみたいな、そんな感じ。
「私、ソフィーが家族とマリアさん以外に心を開くの絶対にないと思ってた・・・」
「そんなにか」
今見ると、とてもそんな風に思えない。
ただ俺に対して慣れていないだけかと思ってたのに。
「普通の悪魔は相互に心を読むからこんなことにはならないけど、うちの場合は特殊な環境ですからねぇ」
「閉鎖された環境ってことか?」
「それもあるわね」
他になにがあるって言うのだろうか?
・・・そこら辺は家庭の事情か。
「さて、こんなところで立ち話も何だし、ひとまずは荷物やらなんやらを下ろさないとね」
ウルファンスがみんなに対してそう言った。
確かに、寒さのせいで体が冷えてるし、荷物も重い。
体も洗いたい。
このでかい城なら浴場もあるだろう。
「じゃあスフィーとソフィーは私と。人間はシフィーに部屋を案内してもらって。マリアとララ、あんたらは適当に余った部屋を使っていいわよ」
「ええ、そうさせてもらうわ」
「では、お言葉に甘えて」
マリアさんとララは彼女の言葉を受けて、1階にある複数の扉の内の1つを開けて行ってしまう。
どこに何があるのか分かってる感じだ。
ララも1回ここに来ているから、大体理解してるのか・・・
「そんじゃ、行きましょ」
「は~い」
「はい、お母さま」
ウルファンス本人も姉妹2人を連れて、2階へと上がっていく。
マリアさん達とは別の方向へ行ってしまった。
さっさと階段を上って行ってしまう。
「俺もちと子供が心配だから行くわ」
ダゴラスさんも、そう言っていなくなる。
あっという間にシフィーと2人になってしまった。
「さてさて、あたし達も行きましょうか?」
促されて、案内してもらうことになった。
俺は1階にある扉、それもマリアさん達が行った扉と違う所へ進む。
扉をくぐると、そこには細長い廊下が待っていた。
左右の壁には、また別の絵画が大量にかけられていて、その間をたまに扉が遮っている。
それら一切を無視してひたすら奥へ。
流石にこの城の住人だけあって、シフィーは迷うことがなかった。
そして、ある扉の前で立ち止まる。
「貴方ならこの部屋がいいでしょうね。位置的に外部から奇襲されることもないし、逆に守りやすいから」
その部屋は何というか・・・ビジネスホテルの一室を、少しだけ広くしたような部屋だった。
狭くもなく、広くもなく。
広すぎて、逆に落ち着かなくなるよりは大分マシか。
ナイスチョイスな部屋だった。
「そのびしょびしょに濡れた魔具を脱いで、着替えたら浴場に案内するわ」
言いながら服を投げ渡される。
ちょっとは鍛えられた感覚でそれをキャッチする。
それは至って普通のワイシャツとズボン、下着一式だった。
手際がかなりいい。
あらかじめここに来ることが伝わっていたのだろう。
誰かが外に出た時、テレパシーかなんかしてたんだろうな。
「じゃ、待ってるわ」
扉を静かに閉められる。
俺1人部屋に残された。
「普通にホテルっぽいな」
簡単だが、純粋な感想。
そうポツリと言ったところで。
「着替えるか」
悪魔を待たせる訳にもいかないので、ちゃちゃっと着替えた。
「お待たせっス」
扉を開けてシフィーに声をかける。
重装備から軽装備へ。
体が軽やかになった感覚だ。
ついでにあのモコモコの防寒具・・・魔具だが、かなり水分を含んでいた。
雪が融けだしたもの、俺の汗が染み込んだもの。
色々だ。
この3日間で見事に汚くなっていた。
俺、サバイバルしてんなぁ・・・
「脱いだ服、隅にあったカゴに置いてあるけど」
「そこでいいわ。後でメイドが片すし」
「メイド?」
「そ、メイド。こんな広い城を家族だけで管理なんか出来ないもの」
言われてみればそうだな。
母親はどうやら多忙であるみたいだし。
「じゃ、ついてきて」
言って再度歩き出す。
俺は言われるがままだった。
最近本当に俺、悪魔に従うだけだな。
もうちょっと自己主張した方がいいんかな・・・
陰鬱なことを考えながら、とぼとぼ歩く。
視界はどこまでも細長い廊下をうつすのみで、景色に面白げがない。
本当にここはホテルっぽい。
部屋数も相当数あるみたいだが、さっきから1人も他の住人と会ったりはしていない。
部屋に引きこもっているのか・・・それともいないのか。
メイドはいるとは言ってたが、どうなんだろう?
どっかで仕事はしていなのか?
そう思って、意識的に他の悪魔を探してみるも、気配らしい気配すらもない。
一体どこにメイドなんかがいるのか不思議だった。
「ついたわよ。ここが浴場ね」
到着した場所には、結構大きな扉があった。
悪魔の文字・・・ルーン文字で風呂場と取れる意味合いの文字が書かれている。
もちろん男湯女湯に分かれている。
「ダゴラスさんがこっちに来てから浴室もメイドに洗わせてあるから、奇麗なはずよ」
「それまでは使ってなかったのか?」
「ここの住人には男の悪魔なんていないからね。それに男の来客なんて久しぶりなのよ」
そうだな。
俺もダゴラスさん以外には女悪魔しか見ていない。
メイドも多分、女なんだろうな・・・
「ま、入ってスッキリしちゃいなさいよ」
「そうだな。そしたら遠慮なく」
そそくさと俺は扉の先へ入っていく。
そこは古代ローマの風呂を再現したかのような場所だった。
着替えの場からして古き良きを見させられているような・・・
正直変わった空間だった。
「ん、来たか」
「あれ?」
意外な悪魔が2人、裸で立っていた。
ダゴラスさんと、スー君だ。
「スー君!」
「お兄ちゃん!ちょっと久しぶり!」
まさかまさかのスー君だった。
考えてみれば何も不思議なことはない。
スー君1人、ここへ取り残していくような親じゃないのだ、マリアさんとダゴラスさんは。
「そっか、君も来てたんだ」
「お母さんとダーで一緒にここまで来たの」
なんとまあ。
俺でも一緒に歩くのが辛かったのに、こんな小さな子が・・・
流石、ダゴラスさんの息子だけはある。
「今、お風呂入るの?」
「一緒に風呂はいろってダーが言ったから」
「男3人で風呂ってのもいいじゃないか」
確かに。
1人より2人、2人より3人だ。
いっぱいいた方が良いに決まってる。
「喜んで」
俺は着替えたばかりの服を脱いで、3人と一緒に浴場へ入る。
風呂の方から流れてくる正常な空気に晒されて、俺の体から異臭が発しているのが余計に顕著になる。
もう早く風呂に入りてぇ。
「ははは!お兄ちゃんクサイ!」
「これでも、さっきまで命がけだったんだけどね」
洞窟の中で、邪悪種とかいう化け物と遭遇したりしたんだぞ。
って言ってもスー君には分からないよな。
むしろ分からない方がいい。
子供はそんなこと知らなくても良いだろう。
そして・・・
「でかい・・・」
そこもローマの雰囲気を崩さない様式だった。
いやぁ、凄いな・・・
等身大の石像とか置いてあるし。
「体流して入ろうぜ」
手前に置いてあった流し湯を使って、体を流す。
そこは現世のあの国と一緒だ。
ただ、ここにはシャワーなんてものはない。
だから、ここで流せる汚れは出来るだけ流すのだ。
「お兄ちゃんとお風呂に入るの、これで2回目だね」
「だな」
思い出した。
スー君と風呂にも入ってたな。
あの時はまだ、悪魔達に襲われるなんて考えもしなかった時だ。
つい最近まで、確かに俺は平凡な存在だったのだ。
「りゃっ!」
スー君は体を流し終えた直後、勢いよく湯舟へダイブする。
本当ならマナー違反と言いたいところだが、ここには俺達以外誰もいない。
これからも来ないだろう。
好き勝手したって、誰も文句は言わない。
「おりゃああ!!」
続いてダゴラスさんも湯舟へ突貫する。
人間ではあり得ない程中空に浮いた後、岩石の如く一気に落下した。
予想通り天井まで届かんばかりに水しぶきが飛んで、大波が出来る。
うわぁ・・・水かさがだいぶ減っちゃってるよ。
軽く引いた。
もう何でもありなんだな。
「お兄ちゃんもやりなよ!」
「ええ~」
なんか誘われてしまった。
でも、2人がやって俺がやらない訳にはいかない・・・のか?
まあいいや。
とりあえず俺も、先人に見習って湯舟へ落ちる。
スー君以上、ダゴラスさん以下の衝撃を湯船に作って、無事に浮き上がった。
体は疲れているが、それでも楽しい。
地獄での記憶は殺伐としすぎだ。
もうちょっとこういう場面を増やすべきだと俺は思うね。
「おう、ノリがいいな」
「こういう時くらいはですけど」
「いいじゃないか。人間も悪魔も楽しいのが1番だ。な?スー」
「だね~」
スー君はもう1人で水遊びをしていた。
もうあの子にとってここは風呂じゃなくて、何かプール的な扱いになってるんじゃないだろうか?
「俺もマリアも共働きしてた時期が長くてな、1人遊びも結構得意なんだ」
「・・・」
妙に暗い話を楽し気にされた。
悪魔にとってはささいなこと・・・なのか?
普通、子供は1人してはいけないとか言いそうなものだが。
「そういえば、ダゴラスさんとマリアさんって魔王の元で働いてたんですっけ?」
「今はもう辞めちゃったけどな」
「マリアさんが魔王専属のカウンセラーで、ダゴラスさんが・・・」
「王立騎士団、第3隊長。元が括弧でつくけどな」
ダゴラスさんの目が虚ろ気になった気がする。
何かを思い出しているのだろう。
「今は後任でララがその座に就いてるのは知ってるか?」
「それは本人から聞いてます」
「そうか」
「・・・?」
「いや、何でもない」
何でもあるような顔をして、ダゴラスさんは少しの間黙る。
顔は湯煙に隠れて、よく見えなくなってきている。
「そうだな、ララはこれから先、お前さんを助ける数少ない悪魔の1人だろうから・・・話しておくか」
「・・・」
真面目な話らしい。
楽しい雰囲気が少し薄れる。
別に嫌な空気じゃない。
わざわざここで話さなくても、とかも思わない。
この3人以外いない風呂場だからこそってこともあるだろう。
ダゴラスさんは、時と場所を選んだんだと思う。
「これから言うことは、ララの根底に関わることだから、余り口外しないでくれな」
「・・・俺、心を読まれたらそれこそモロバレじゃないですか」
「それは大丈夫だ。そこは逆にマリアも難儀してるところだから」
む。
意味が分からなかった。
どういうことだ?
「そこんところは大丈夫」
「はぁ・・・」
大丈夫なのか。
何か根拠のある言い方だ。
「じゃあ、ララについてちょっくら話すか」
スー君がバシャバシャ水音を響かせる中で、ダゴラスさんの語りが始まった。




