75話 殺戮の夜10~裏切りの朝日~
どうしてこんなに悲しい?
殺したからだ。
大勢の悪魔を。
この手で。
どうしてこんなことをしている?
逃げる為だ。
ここから。
一刻も早く。
どうして悪魔は俺を襲う?
この世界のためだ。
俺がいると世界が狂う。
俺は邪魔者だ。
俺はここにいてはいけない存在だったのか?
俺は死ぬべきなのか?
悪魔をこんなに殺してまで生きるべきなのか?
俺に生きる価値はあるのか?
元々散乱していた魔物と悪魔の死体。
そして、俺が新しく作った悪魔の死体。
殆どが赤かった。
血の色。
口の中にその液体が入り込んで、気持ち悪い。
そうか・・・俺は殺してしまったんだ・・・悪魔を。
悪魔殺し。
もっと生きていたかったであろう悪魔達。
きっとダゴラスさんみたいに家族がいた悪魔もいたんだと思う。
家族は2度と、俺が殺した悪魔に会えない。
・・・怨まれる。
殺した人間は死ぬべきだと。
罪には罰を。
悪魔のルール。
俺は逃げ続ける?
逃げて・・・どこへ行く?
俺の目的は何だった?
俺は何をしたかった?
・・・俺は帰りたかった。
俺を知っている人の元へ帰りたかった。
何も覚えていない俺。
そして俺のことを何も知らない悪魔達。
誰も俺を知らない。
俺でさえ俺を知らない。
何も知らない。
知っている人に会いたい。
家族に会いたい。
友達に会いたい。
親戚でもなんでもいい。
・・・とにかく会いたかった。
俺はどこの誰で何者なんだ。
理由も知らず、こんなところでこんなことをして。
訳が分からない。
誰か教えてくれよ。
もう前へ進めない。
体力もない。
それ以上に・・・疲れた。
いつまで戦えばいいんだ。
逃げて戦ってを繰り返して・・・
これがもっと続くのか?
俺には耐えられない。
もう嫌だ。
戦いたくない。
逃げたくない。
どうしたら許してくれるだろう。
どうしたら仲良くしてくれるだろう。
もしその方法があったなら、喜んでやってみせる。
努力してみせる。
俺を誰か認めてくれ。
みんなから嫌われたくない。
怨まれたくない。
・・・死にたくない。
もう力が出ない。
体力を使い果たした。
魔剣すら持ち上がらない。
ララも背負えない。
悪魔を皆殺しにした後、急激に体力が落ちた。
もう無理だ。
脱出も何も出来ない。
目はかすんで、よく見えなくなってきている。
部屋中に溜まっている血の池に、横たわりながら疑問を抱いていた。
周りなんてもうどうでもいい。
どうにでもなってしまえ。
・・・苦しんだよ。
生きるのが苦しい。
生きていくのに何でこんなに心を痛めなくちゃいけないんだ?
静かに暮らせないのか?
それが俺の理想だ。
・・・理想はこんなにも遠かった。
生きることは歩くこと。
歩いていく・・・どこまでも。
だけど、それはずっと続くのか?
立ち止まったりすることもあるだろう。
転ぶことだってあるだろう。
その度に歩き出すのは酷く疲れる。
そんなエネルギーをどこで補給するのかと言ったら、目的だ。
生きることには目的がある。
目的がなければ生きてはいけない。
何に変えても生き抜かなければいけないという、強い思いがエネルギーだ。
そのエネルギーが足を動かす。
家族のため、友人のため、物のため、目に見えない物のため。
それぞれ目指す場所は違うが、みんな同じ道にいる。
俺はどこにいるんだろう。
「「どこ・・・」」
頭の中で声が聞こえた。
聞いたことがある。
牢屋で閉じ込められている時に聞いた声。
・・・襲撃者の声。
「「どこにいるの」」
その声に答えたら、俺はここから逃げられるんだろうか?
でも・・・どこへ?
その先でもまた争いが?
・・・きっとある。
戦いはやってくる。
俺が地獄にいる限り。
戦いたくない。
辛いもの。
殺すのは何よりも辛い。
相手の命を奪うことは、自分の命を削ることと同義だ。
殺すことは魂を削っている。
ザクザクと。
食われるように。
・・・けど。
「生きたい」
それが俺の答えだった。
何を犠牲にしても生きたい。
悪魔達を殺して、全てから怨まれても、それ以上に生きたい。
生きて、俺の知っている者達に会ってみたい。
俺がどんな奴だったのか知ってみたい。
俺が何者だったのかを思い出したい。
「「強く思って・・・ここから脱出したいと」」
ああ。
答えるとも。
応えるとも。
理由なんかいい。
俺は生きたい。
生きて生きて生きたい。
怨まれるのは辛い。
けど、俺はとにかく生きたい。
生きる目的なんて分からない。
記憶がないんだから、分かるはずもない。
それでも生きたい。
俺は思い出したい。
俺は俺を知りたい。
俺を見つけたい。
・・・ここだ。
「俺は・・・俺はここにいるぞ!!」
大声で叫んだ。
きっとこの声は届かない。
でも、感じ取ってはいるだろう。
あの時みたいに。
「「そこね」」
牢屋で聞いたセリフが今、再度俺の頭で響いた。
次の瞬間。
ガゴンッと勢いよく壁が破壊された。
手だ。
巨大な手が、俺とララを掴んでいた。
そのまま優しく握って、外へと俺達を引き抜いていく。
そうして見たのは、夜が明けて月が輝きだす光景だった。
「朝日だ・・・」
朝。
始まりの1日。
希望の光。
そう思えた。
それだけ時間が経っていたのだ。
長かった。
俺達を掴んでいる巨大な黒いドラゴンは、全身ボロボロだったが、しっかりと翼を広げて飛んでいた。
その頭部には、襲撃者3人が傷を負いながらも堂々と立っている姿が見える。
「・・・ポポロ」
銀騎士の手には気絶しているポポロがいた。
生きてたのか。
・・・銀騎士に助けられていたようだった。
召喚王は、様々な召喚を今も続けていた。
朝日に混じって召喚光が点滅する。
ケルベロスのような魔物もまた混じっていて、まだまだストックがあることを思わせる。
空中要塞の方を見ると、ロンポットとエイシャ、そして聖馬は魔物と戦い続けていた。
魔王とルフェシヲラをかばうようにして。
聖馬の方はまだ体力があるように思われるが、悪魔2人はそうはいかないようで、かなり疲弊しているようだった。
だが、それでも激戦を続けている。
「これでひと段落ね」
「ああ・・・やっとだ。だが、俺の手駒をかなり使ったぞ。雑魚ばかりとはいえ、これは痛い」
「それも人間を手に入れるためでしょ?仕方ないわ」
「まあな。天使が送り込んできた人間もホントに久しぶりだからな。どんな力を持っているのか楽しみだ」
声で誰が話しているかは検討は付く。
襲撃者の女と、召喚王の2人だ。
何の内容かは分からない。
だが、人間の力がどうたら話している。
・・・力って何だ。
「これで俺も現世へ行けるのか・・・楽しみだ」
「そうね。貴方が行けるといいわね」
「おい・・・バルバトス。貴様はこの後どうする?」
「・・・」
「まだだんまりか。まあ、お前はその狂人野郎がいれば満足か」
「・・・」
銀騎士の狙いは最初からポポロだった?
ただ戦いたい訳じゃなかった?
こいつらの目的・・・
「それにしても、よく俺達につけこんで戦おうと思ったな」
「魔王を殺しておきたかったのよ。過去も忘れたかったし」
「ふん、1番魔王の近くにいたのが貴様だったからな」
「別にいいでしょ・・・」
「俺も別にどうでもいいが・・・さてと」
そう言って、召喚王は杖をまた光らせる。
その光は俺達を包んでいく。
・・・転移。
脱出だ。
「そろそろ飛ぶぞ。流れ弾が飛んできてもめんどくさいからな」
「ええ、もちろん」
「・・・」
俺はどこに連れて行かれるのだろう。
地獄のどこかには違いない。
戦いは続く。
それは地獄にいる限り変わらない。
「ん?」
召喚王が変な声を出す。
それに合わせたかのように、周りが熱くなっていく。
これは・・・
「うお!じいさんの奴、転移で飛ばされたくせに、もう戻ってきたのか」
上空から、炎の化身が落ちてきていた。
その姿はまるで戦闘機だ。
人間が生み出した、音速さえ超える科学の結晶。
それを炎で作り出していた。
・・・ヴァネールだった。
そうだ。
ヴァネールがいないなんておかしい。
1番強い悪魔なのだから。
1番生き残る確立が高い。
ロンポットやエイシャ達だけが生き残っている訳がない。
「あの形は何だ?見たことないぞ」
「あれは・・・戦闘機ね。音速も超える現世の乗り物よ」
「流石、魔王の力で現世に行ったことはあるな」
2人は余裕の口調だ。
まるで攻撃はここまで届かないと思っているように。
事実、ヴァネールの向いている方向は俺達の方ではなく、魔王のいる空中要塞だった。
無数の魔物達が暴れているせいで、煙が各所から上がっている。
・・・要塞が落ち始めていた。
「人間を運ぶのに土の僕を使っておけば大丈夫、なんて思ってるからこうなるんだ。バルバトスに操縦室を潰された時点で、こっちの勝ちは決まったようなものさ」
「もし、操縦室で魔王の力を使われたらまず人間を奪うのは無理だったけど?」
「だからお前がいたんじゃないか。ルフェシヲラが近くにいるから、完全に魔王を操れないとはいえ、それでも魔王が力を使わない方向へ自然に誘導出来るのは貴様しかいないからな」
「・・・そうね」
たわいもない世間話みたいに聞こえる。
内容はよく理解出来ない。
頭が白んで、よく考えられないから・・・
「そして、ヴァネールのじいさんもそんな魔王を助けるため魔物の群れへ・・・か。あんな恐ろしい奴でも、貴様にかかったらこうも苦心するんだから、恐ろしい」
「そのおかげで今、人間が手元にあるんでしょ?」
「それも俺の愛しい魔物達がいるおかげってことを忘れるなよ?」
「貴方の最強の幻想種だって、今私が操ってるから頭に乗れているのよ?貴方が仮に単独で召喚したら、あっという間に食われてしまうでしょうに」
会話は勝手に続いていく。
落ちる空中要塞を背景にして。
それは無慈悲な会話に思えた。
「バルバトスの洗脳は、俺が離れてから解除しろよ。お前がある程度操作しているから安心とはいえ、解除された瞬間殺されかねん」
「大丈夫よ」
「・・・本当に頼むぞ」
その時。
空気が変わった。
「・・・でもね」
恐ろしい声。
襲撃者の女の声だ。
さっきとは違って死ぬほど冷たい声だ。
味方に向けて話すような声では絶対にない。
「私、前世で愛した人を悪魔の餌にするのは許せそうにないのよ」
そしてそれは殺気に変わった。
「・・・ヴ・・・ヴヴゥ・・・」
「貴様・・・まさか・・・」
銀騎士がうめきだす。
何かに開放されたかのように。
「バルバトス・・・召喚王を追い払って」
「っぐ!!!」
その次には、召喚王は液体金属によってドラゴンの頭から吹き飛ばされていた。
「この裏切り者めが!!!」
裏切り。
仲間同士での衝突。
仕組まれたトラブルが発生したようだった。
召喚王を追撃しようと、銀騎士は特攻を仕掛ける。
液体金属を網状に広げて、捕獲を試みる。
そしてあっさりと簡単に召喚王は捕まってしまった。
「72柱としての順位は貴方の方が上だけど、接近戦は大の苦手よね、召喚王?」
「貴様っ!!」
凄まじい怒気が放たれる。
だが、なおも彼女は冷静に話し続ける。
「この黒龍王は貴方の物よ?けど、操っているのは私。そうでしょ?」
「クソッ」
「心を操れるのに、騙されていないのが自分だけだと思った?まあ、それも疑わないように細工しておいたんだけど」
召喚王は網の中でもがくが、脱出出来る訳がない。
あれは液体であり金属だ。
武器がないと出ることも出来ないだろう。
手に握られている杖だけでは、どうにもならない。
「ねえ、燃やされたくない?」
巨大なドラゴンは口を開く。
召喚王に向かって。
黒い炎が喉の奥から漏れている。
・・・本当に燃やす気だ。
赤い光が唐突に現れた。
液体金属の網の中から。
・・・転移で逃げるつもりだ。
「覚えていろ貴様!!いずれ殺してやる!!」
「貴方程度が?笑わせるわ」
「絶対だ!!殺してやる!!」
「・・・さようなら」
そのセリフと共にドラゴンの黒炎が吐かれる。
黒い灼熱の炎。
そして、全てを燃やしつくさんとする炎が当たる直前。
召喚王は赤い光へ乗って消えていった。
それに合わせて、巨大な黒いドラゴンも赤い光へと変化していく。
こうなったらあっという間だ。
俺は成す術もなく落ちて・・・はいなかった。
銀騎士が液体金属を空中で、床のように展開させていた。
硬いが、柔らかい床に優しく包まれて俺とララは横たわる。
体は動かない。
抵抗も出来ない。
悪魔の裏切り者が、俺の傍へと降り立つ。
銀騎士は相変わらず黙ったままだ。
女悪魔は心配したかのように俺達を見る。
「君、大丈夫?」
・・・何だ?
異様に優しい。
コイツ・・・
「疲れきっててそれどころじゃないか」
「・・・」
まるで俺と面識があるかのように話している。
・・・会ったことがあるのか?
顔は・・・うまく認識出来ない。
誰だかよく分からないのだ。
この感覚はうまく伝えられそうにない。
脳がうまく働かないような・・・そんな感じだ。
「今、私のことは分からないと思うけど、気にしなくてもいいわ。さあ、行きましょう」
「・・・誰なんだよ・・・お前」
「・・・大丈夫よ、今は眠りなさい」
女悪魔が俺に指を向ける。
ただそれだけで、俺は眠くなってしまう。
・・・気持ちがいい。
敵を前にして、リラックス出来る程に。
徐々に俺のまぶたが閉じていく。
・・・暗い。
どんどん暗くなっていく。
やばいな・・・
本当に寝てしまいそうだ。
「そっか・・・これでずっと君は戦ってたんだものね」
その言葉に反応して、何とか女悪魔を見てみると、その手には召喚王が俺に渡した魔剣・・・縛牢残滅が握られていた。
・・・俺が使っていた魔剣。
どうする気だ?
「・・・よしっと」
女悪魔の片手には、魔石が握られていた。
飾り気のないゴツゴツとした石。
その色は宝石のように輝いている。
その宝石のような魔石の光がなくなっていき、逆に握られていた魔剣の刀身が赤く光る。
・・・どうやら、また転移のようだ。
この地獄で何回転移した?
次はどこに飛ばされる?
・・・予想が付かない。
徐々に俺の体が光り輝いていく。
ああ・・・また俺は・・・
眠気に耐え切れなくなり、目を閉じる。
「大丈夫・・・眠りなさい。大丈夫だから・・・」
その言葉が決め手だった。
意識が闇に落ちていく。
まっさかさまに落ちていく。
それこそ断崖から落とされるかのように。
そうして俺は、光に飲み込まれながら眠りに付いた。




