73話 殺戮の夜8~死体が満ちた部屋で立つ者~
「ぐっ・・っつ・・・」
体に痛みが走る。
とんでもなく痛い。
転移の光を抜けた時、弾かれるように床に叩きつけられたからだ。
全身強打。
呼吸もしたくないくらい、内臓に負担がきていた。
「・・・どこだよ、ここ」
見知らぬ室内だ。
広さは・・・そんなに広くない。
ララと俺、2人がいてちょっと体動かせるかな的な感じだ。
そして、辺りには物が散乱している。
埃を被ったテーブルやイス、鍋などの調理器具とかだ。
物は統一されていない。
雑多な感じ。
配置もバラバラ。
てことは・・・
「物置か」
多分そうだ。
それくらいしか俺は思いつかん。
そして、今いる部屋の出口。
その先からはここ2週間程聞きなれた音が響いてくる。
ゴウンゴウンという、機械的な音だ。
「逆戻りしたのか」
そういうことだった。
空中要塞にまた戻ってきてしまったみたいだった。
せっかく転移したのに、このざまだ。
ルフェシヲラが張った結界のせいだ。
・・・クソ。
心の中で舌打ちをする。
かなり苦労したのに・・・
いやいや、卑屈はダメだ。
自分を弱くする。
ただ、牢屋に捕まっていた時とは違って、閉じ込められている訳じゃないみたいだ。
そこは不幸中の幸い・・・と言ったところか。
俺の横には、気絶したままのララがいる。
残った右手には魔剣もある。
武器は一応取り返したってことでいいだろう。
要塞内をウロウロする時、得物があればと何回も思ったからな。
これでその不安要素は解消ってわけだ。
ヴァネールのあの無茶苦茶な攻撃・・・龍が隕石みたいに落ちてきた攻撃の時、確かに俺は転移に成功していた。
なのに、こうして見事に失敗。
俺が経験した転移では、どれも光に入った瞬間記憶がおぼろげになる。
その筈なのに、光に入った直後結界が頭にぶつかったかのような衝撃を俺が襲ったのだ。
頭をガツンと叩かれたような痛みが、まだ頭に残っている。
・・・まだヒリヒリする。
まあ恐らく、魔王の秘書・・・ルフェシヲラの仕業だろう。
彼女、転移に入る前に何か能力を唱えてたし。
それが何なのかは検討もつかない。
ただ、それはラース街を出るために転移した時の状況によく似ていたと思う。
フワリとした浮遊感は感じなかった。
光に乗ったと思った瞬間に、頭をガツンとやられた感じだ。
どっかに弾かれたんだろうな。
俺はそう思った。
はあ・・・
考えても仕方ないか。
今後のことを考えるべきだ。
過去より現在、そして未来だ。
自分をごまかしている。
多分、そうだ。
疲れてる。
心が疲れてる。
・・・休みたい。
外からは、未だに爆発音が聞こえてくる。
その度に床が少し揺れている。
要塞自体が揺れてるんだろうな。
あの規模の攻撃を連発してたんじゃあ、そりゃそうだろうと納得するしかない。
攻撃の規模が違いすぎるもんな・・・アレ。
「ああもう、死ぬかと思った・・・」
本音だ。
本音の1つでもぼやいておかないと、やってられない。
が、その後に訪れるのは静寂だ。
機械音が空しく聞こえる。
「・・・やるか」
誰に言う訳でもなく、1人で寂しくそう呟いた。
---
ドアの先。
確か、空中要塞内部の魔物の数は異常だった。
同時に見た魔物の数が新記録をぐんぐんと塗り返していたぐらい。
正直、この先に行くのはあんまり気乗りしない。
俺は強く魔剣を握り締める。
大丈夫だ。
ちゃんと対抗手段はあるのだ。
悪魔相手にあれだけ戦えたんだから、大丈夫。
そう俺自身を落ち着かせる。
ララは物置部屋にあった長く頑丈そうな紐で、俺の背中にガッチリと固定してある。
そうそう簡単には外せないだろう。
まあ、切断されたりしなければの話だけど。
これで自由に魔剣が振れる。
不自由な思いはしないはず。
さあ、行こうか。
俺は大きな音を立てないように、静かにドアを開く。
そこには・・・
「うっ・・・」
死臭が漂っていた。
目の前は死体の山だ。
魔物死体。
悪魔の死体。
それぞれがごっちゃに、バラバラに、区別が付きにくいぐらいに散乱していた。
「酷い・・・」
二尾サルの死臭は血の匂いだった。
死体が結界に覆われていた影響かなんかかは分からないが、そこまで酷い臭いではなかった。
今は・・・気持ち悪い。
死体の腐敗した臭いを初めて嗅いだ。
クサイなんてものじゃない。
こっちまで腐りそうな臭いだ。
体に臭いが付くのはモチロン、心まで腐りそうな精神衛生上絶対によくない何かが漂っている。
自然界ですら、こんな光景にはお目にかかれないだろう。
人為的な何かが作用しなきゃ、こんなことは起こらない。
これが、知性ある生物の業ってことか・・・
床は内臓が散乱していて、魔物が食い散らかしたことがよく分かる。
それを止めさせようと、悪魔が攻撃して、それで魔物と交戦して・・・
戦闘が頭の中である程度イメージ出来る。
酷い戦いだったろうな。
悪魔の死体の中には、涙を流したであろう痕が残っている。
戦いが嫌だったんだろうな。
ダゴラスさん達の言うことが本当なら、悪魔は争いなんかとは本来なら無縁の存在だ。
そういう悪魔の社会だから。
ダメだ。
ネガティブになってきた。
こういう光景は心の毒だ。
・・・病気になってしまう。
さっさと通り抜けよう。
時間もそんなにないはずだ。
幸い生きた魔物や悪魔はいない。
みんな死んだかどうかは分からない。
けど、今この場にはいない。
戦わないならそれでいい。
戦いはしない方がいい。
出来るだけ。
だから・・・
「行く・・しかない」
「行かせないが?」
唐突に悪魔の声が聞こえた。
女の声だ。
しかも、聞いたことがある。
この声・・・
「セスタ・・・だったっけか」
忍者の格好をした悪魔。
電撃の固有能力を操っていた強い悪魔。
いつの間にか目の前に立っていた。
いつから立っていたのかは分からない。
確か、ポポロが足止めしてくれていたはずだ。
それが今、こうして俺の前に現れている。
つまり・・・
「ポポロはどうしたんだよ」
「答える必要が?」
「・・・魔王の秘書さんと同じことを言うんだな」
「・・・」
冷たい態度だ。
いや、まあ敵だから当然なんだろうけど。
改めて、セスタをよく見てみる。
彼女は血まみれだった。
自分の体から出血したものかもしれない。
魔物の返り血を浴びたものかもしれない。
いずれにしろ、血まみれだ。
服は所々破れていて、酷い怪我がそこから覗ける。
相当な戦闘だったんだろう。
態度には表していないが、どことなく疲れた印象を感じた。
肉体的にも・・・精神的にも。
「ここにあるのは・・・お前が生み出した光景だ」
震えた声でセスタはそう言った。
積み重なる悪魔の死体を見ながら。
「・・・俺がやった訳じゃない」
「いや・・・やったんだよ、お前が」
・・・まただ。
俺がいるからこんなことになった。
そう言われるのは何回目だった?
・・・理不尽だ。
「俺を物みたいに奪うか奪われるかで結局こうなったんだろ。こっちはどんだけ死ぬ思いをしたか分かってんのか?」
「お前がいなければこうはならなかった」
「お前ら・・・お前ら悪魔が勝手にやったことだ。俺はお前らが襲ってくるから・・・逃げただけだ。そう、正当防衛なんだよ」
俺は思ったままを言う。
そうだ。
正当防衛なんだ。
しかも相手は殺す気で来てたのに、俺は1人も殺してない。
悪いのは・・・
「悪いのはお前ら悪魔だ。俺のせいじゃない」
悪魔は・・・
嘘を吐く。
拘束する。
攻撃もする。
当初聞いた話と全然違う。
悪魔は殆ど酷い奴ばかりだし、容赦ない。
優しくもない。
まるで・・・人間みたいな奴ばっかりだ。
ララやポポロみたいに俺を助けてくれる奴もいた。
だけど、そういうところがまさに人間と似ているところだ。
「悪魔って・・・悪魔って一体何なんだよ」
今まで酷いことをかなりされた。
いきなり捕まって、追い掛け回されて、死ぬ直前まで追い詰められて、閉じ込められて・・・
酷い。
あんまりだ。
俺は何にもしてないのに・・・
しかも、それが全部俺のせいだって?
ありえない。
俺は何をした?
俺はここにいてはいけないのか?
なら、とっとと地獄から抜け出させてくれよ。
門まで行かせてくれよ。
手伝ってくれよ。
何で俺を殺すとか封印するとかそんな話になってるんだよ。
・・・疲れた。
しんどい。
心が重い。
・・・重い。
一気に心が老けたような疲労感を感じる。
今までめげなかったのに・・・
何で今になって・・・
「被害者面するなよ・・・人間」
俺を攻めるような冷たい声が響く。
・・・怒っている声だ。
憎しみの声。
「お前が最初、素直に魔王様の言うことに従っていれば・・・こんな大惨事にならなかった」
・・・イラつく。
だから、戦闘はお前ら悪魔側が始めたことだ。
仲間が死んだのだって、お前らのせいだ。
俺のせいじゃない。
「それは・・・」
「黙れ!!!」
空気がピリッとする。
張り詰めた空気だ。
俺の声は気迫で流されてしまった。
「仲間が大勢死んだんだ。魔物の討伐で死んだ仲間は前でもいた。だが、魔物以外で死者を出したのは初めてだ。それはお前が来てから始まった」
「俺は・・・違う」
「違わない。おとなしく封印されていればよかったんだ、お前は。この・・・害獣めが」
「害獣・・・」
害獣。
ダゴラスさんと一緒に狩っていた生き物。
二尾サル、長牙ネズミ。
狩って殺した。
あの時、俺は毒を木に塗った。
それが原因で死んだ。
確かに、俺はあの生き物達を殺したんだ。
・・・害獣を。
今、俺は害獣と呼ばれた。
害獣は殺されるべき。
そんな考えを俺は肯定した。
頭ではよく考えていなかったが、害獣は殺した。
・・・行動で肯定したんだ。
害獣は木を食べたり、死体を食い散らかす。
それが行き過ぎた量になると、自然のバランスを崩してしまう。
自然のバランスは地獄のバランス。
バランスを保てなきゃ、悪魔は生きてはいけない。
悪魔も地獄の恵みを享受しているに過ぎない存在だから・・・
人間みたいに。
生物の為に大地がある訳じゃない。
大地の為に生物がある。
生き物は大地のバランスを崩してはいけない。
バランスを取るためにダゴラスさんは狩りをしていた。
害獣と呼ばれる生き物を狩っていた。
他の悪魔も多分そうだ。
もしかして、悪魔もそんな感じで俺を殺しにきたんじゃないのか?
俺みたいに、何にも考えないで殺そうとしたんじゃないのか?
殺される立場の、サルやネズミのことも考えないで・・・
悪魔は俺の心を読めない。
きっとそうだ。
みんな読めないみたいだった。
悪魔は心を読めるのが普通だ。
心を読めない奴の気持ちを理解しようだなんて、いきなりは無理だ。
心を読めるのが常識の世界なんだから。
俺が初めて地獄に来た時、マリアさんの説明してくれたことが俺の頭をよぎる。
人間の世界と、悪魔の世界の常識は違う。
表面上のことは似通っていても、根本は違う。
いずれ齟齬を産む。
きっと、それはどんどん大きくなっていくんだ。
魔王はきっとそれを警戒したんじゃないのか?
隊長達もそれを分かってたから同意したんじゃないのか?
「もう死んだ同胞は喋らない」
「・・・」
「息もしないし笑ってもくれない。一緒に仕事をすることも出来ない・・・お前が来て、争いを呼んだからだ。お前が殺したんだ・・・」
「俺は・・・」
「お前が殺したんだ!!!」
「俺は殺してない!!!!」
ヴァチヴァチと音が聞こえる。
電気の音だ。
周りに漂う危険な現象。
・・・俺を殺す気らしい。
セスタの目は鬼だった。
憎い気持ちを隠そうとしない、恐ろしい目だ。
でも・・・それは俺だって同じだ。
俺は握っていた魔剣に力を込める。
もういい。
聞き飽きた。
理解は出来る。
でも、理解したくない。
悪魔は俺と同じだ。
無知だ。
少しだけモノを知らないだけの生き物だ。
知らないことはいけないことか?
知らないからいけないことも出来る?
そう思いたくない。
信じられない。
腐ってる。
こんな世界。
理不尽だ。
何で・・・何で俺がこんな目に会う?
辛い。
責められるのは辛い。
心が痛い。
締め付けられるみたいだ。
もう痛いのは嫌なんだよ。
体も・・・心も。
逃げたい。
逃げたい逃げたい逃げたい。
ここから逃げたい。
逃げなくちゃダメだ。
ここは俺がいるべき場所じゃない。
かと言って、ララも捨ててはいけない。
助けてくれたんだ。
・・・助けてくれたんだ。
見捨てるのは無理だ。
ここを乗り越えたら逃げられる。
そう思い込もう。
もう次はない。
そう思い込もう。
でも、この悪魔を憎い気持ちは持ち去りたくない。
ここで置いていかなきゃならない。
「・・・目の前にいるじゃないかよ」
気持ちをぶつけられる相手が。
仕返しも出来る。
剣を持ってるから。
人間の・・・せいで。
人間のせいで。
人間のせいで!
人間のせいで!!!
「俺のせいじゃないって言ってんだろ!!!」
死体だらけのこの空間で、死闘が始まった。




