47話 吸血鬼と老騎士
〜ララ視点〜
赤い光から開放された私が、まず見たもの。
それは、空を覆い尽す程の炎だった。
周囲を見てみると、ずっと前の方向には壁があり、後ろの方向にはどこまでも続く平坦な道があった。
近くには砦がそびえ立っている。
私はどうやら、ヒガンバナの生えている中庭より外側の敷地に飛ばされてしまったようだ。
壁の向こうから、ヒガンバナの出す独特な薄い香りが漂っている。
そしてその壁は、何かに照らされるように赤くぼんやりと輝いていた。
この輝きは・・・中央執行所の天辺にある大魔石ではないな・・・
そう思いながら上を見る。
・・・灼熱の空。
炎の海。
一言で言うとそんな感じ。
空に浮かぶ海の様な巨大な炎が、ゴウゴウと音を立てて空を燃やしていた。
元々空は茜色に染まっていたが、この炎によってさらに景色は赤く、紅く染まる。
まるで血の色のようだ。
赤すぎる景色の体現者は、その炎を纏って空中に浮いていた。
私と同じ騎士の鎧に、紅蓮に輝く魔剣。
角は炎で焦げたかのように漆黒に染まり、肌の色も真っ黒だった。
その目は隻眼で、片方の目に眼帯を付けいていた。
強すぎる炎の能力に、漆黒の角。
そして魔剣・・・炎帝紅魔。
それは、有名過ぎる程に有名な悪魔・・・ヴァネール・アウナス・クリセレンプスだった。
72柱・・・第9位の悪魔。
断罪者とも呼ばれ、その炎の能力を使って強大な悪魔を内密に、そして数多く断罪してきた炎の執行者。
皺が数え切れない程顔に刻まれた老兵は、獰猛なトラのような表情をしていた。
とても老兵だとは思えない。
その彼が、目の前で私に殺意を込めた目線を送っていた。
「何故、ルフェシヲラと戦っていた?」
彼は私に質問してきた。
いきなりの質問。
状況は分かりきっているだろうに、そんな質問をすると言うこと。
それは、裏切りが露見していると言うことで。
「・・・人間の処分に反対だからだ」
はっきりと答える。
断罪者の前で、濁した返答は禁物だ。
次の瞬間に攻撃を受けかねない。
「何故・・・人間の処分に反対なのだ?」
「私の祖先も、同じ不当な扱いを受けていたからだ」
そうだ。
あの時しっかりと改善されていたじゃないか。
そう確信を持って、答えを返した。
「そうか・・・」
問答はそこまでだった。
彼は、私を敵として認識したようで、彼の持っていた炎帝紅魔に炎が纏った。
第4段階、スピーリトゥス級の魔剣。
あれで斬られて燃え尽きない物は無い。
一切無い。
燃やそうと思えば、何でも燃やせる。
空も海も大地も、全てがだ。
今は幸い火力を最小限に抑えているようで、比較的脅威は感じ取れない。
しかし、それでも炎の海と表現出来るこの能力の規模なのである。
彼は、正真正銘の化け物だった。
斬られなくても、炎に当たれば即アウト。
灰塵残さず燃やし尽くす偉大な炎。
正直、同じ隊長格でも、勝てる気がしなかった。
王立騎士団の中でも、第1隊長と第2隊長の戦闘力は別格だ。
悪魔という存在の中でも、古参の72柱だからだ。
今まで歩んできた歴史が、彼に強大な力を与える。
「今のルフェシヲラの言葉は、魔王様のお言葉でもある。貴様はそれを自ら破った。悔いはあるまい」
「・・・そうだな」
「ここなら、手加減すれば花が燃える心配も無いだろう」
「花が燃えるのは私も嫌だな」
「同意だな」
「・・・」
「では」
彼は今まで見たことも無い、執行者としての顔を私に見せて・・・
「殺そうか」
静かにそう言った。
炎が渦巻く。
死の炎が踊る。
炎の海は荒れに荒れ、その規模はどんどん凄まじいくらいに大きくなっていく。
その海から出てきたもの。
それは炎で出来た龍だった。
全長何メートルあるかも分からないぐらい、巨大な龍。
もちろん本物の生物ではないが、それが私を殺そうとする脅威であることには変わらない。
同じ幻想種を相手にすると思った方がいいだろう。
いや、幻想種すら焼き尽くす炎なのだから、それ以上に見た方がいいのかもしれない。
周囲が唐突に熱くなり始めた。
私の周りの地面が燃え始めているのだ。
ボォォオと長く、広く地面に炎が燃え広がる。
私の逃げ道を塞ぐかのように。
私は王立騎士団の中でも特にスピード戦に強い。
逃げ出されたらたまらないとでも思ったのだろう。
まあ・・・最初から逃げられるとは思っていない。
人間を逃がしたいのなら、彼と戦うしかないのだ。
私は魔剣を構え直す。
そうして私の準備が整ったのをヴァネールは確認したのか、直後。
「燃やし尽くそう」
炎の龍は、私に凄まじい炎の燃え盛る音を聞かせながら、襲い掛かってきた。
「うおおおおおおお!!!!」
私の持っている魔剣に精一杯のドレイン・・・結界破りの能力を付加する。
結界のエネルギーを吸い取る要領で、炎のエネルギーを限界まで吸い取るのだ。
龍の方は無理だ。
吸い込みきれない。
では、逃走を邪魔している炎の方はどうか。
・・・いけるだろう。
「ハァアア!!」
気合を込めて、目の前の地面で燃え盛る炎を切りつける。
すると、炎は魔剣に吸い込まれたかのように、唐突に消失した。
これで足場が出来た!
私は炎を鎮火させたスペースに、素早く前進する。
直後に、背中から激しい熱気が届いた。
炎の龍が地面に激突したのだろう。
後ろを見てみると、再度炎の龍は私目掛けて突進してくるのが確認出来た。
私は炎の龍とは反対の方向へ走った。
「ハアアアァァ!!!」
叫びながら、目の前の炎をドレインで薙ぎ払っていく。
前進して、前進して、前進して、前進する。
炎の龍に追いつかれないように。
上へジャンプして逃げられたらいいのだが、室内と違って空中で身動きが出来ない分、炎の龍の餌食にされるだけだろう。
だが、平地では阻む炎のせいでうまくスピードを出せない。
これでは追いつかれる!
一旦進行を止めて、炎の龍へと向き直る。
すぐ傍に脅威は迫っていた。
最大限、ドレインの能力を付加しながら魔剣で炎の龍をいなす。
普通の火の能力ならば、一瞬で吸い尽くすこの吸血鬼化のドレインも、炎の龍の前では受け流すのが精一杯だった。
ガギギ!!と音が鳴る。
炎のはずなのに、金属を斬っているかのような鋭い音が、刀身と炎の間から発せられる。
吸い込みきれていない!
炎が高密度過ぎる!!
ガァン!!と音が聞こえた。
力任せに炎の龍の軌道を変えた。
しかし、軌道を変えただけで何の解決にもなっていないのは明白だった。
空中にいる本体に近付ければいいのだが、空中で燃えている炎がそれを阻む。
飛んでいる最中に、あの炎が襲ってきたらマズイ。
空中では方向転換が効かないからだ。
簡単に私は炎の餌食にされてしまうだろう。
再度、炎の龍が私に迫ってくる。
今度は周りにある炎までもが動き出し、私に襲い掛かってきた。
まるで意思を持っているかのようだ。
周囲の炎をドレインでなぎ払う。
炎は私を中心に全方位から接近していて、流石に全部はドレインでなぎ払えない。
攻撃の気配を察知しながら、転がり込んでかわしていく。
そうして回避している間にも、炎は勢いを増していき、攻撃も激しくなっていく。
これは長期戦になるほど辛くなっていく戦いだ。
能力で発生した炎だけでなく、周囲に自然引火して着いた火も広がっていくからだ。
攻撃の範囲はますます広がっていき、自由に動けなくなっていく。
対して、私が放つ一振りのドレインで吸えるエネルギーには限界がある。
・・・追い込まれている。
炎の龍や、迫る炎をかわし、あるいは弾きながらも炎を放つ元凶を見てみる。
ヴァネールは何もしていなかった。
動き回る私を見ているだけ。
余裕の表情を作りながら、空中に構えていた。
ダメだ。
相性が悪い。
ヴァネールとまともに戦いたいのなら、水か氷の能力を利用しないと勝てない!
その水と氷ですら、生半可なものでは燃やされてしまうだけではあるが。
しかし残念ながら、吸血鬼化した私が扱えるのは、足と腕の強化とドレインの能力だけ。
圧倒的なスピードとパワー。
そして希少な能力と引き換えに、私は直接攻撃でしか攻撃手段を持たない。
吸血鬼でなければ、また他の能力も使えただろうが、ドレインの能力が無かったらどっち燃えて死んでいる。
・・・一旦逃げるか?
私がそう思った時。
「だいぶ燃えてきたな。そろそろ仕留めさせてもらおうか」
そんな声が聞こえた。
同時に、私の周囲に太い炎の柱が出現した。
物凄い密度の燃え盛る柱だ。
周りの炎の勢いもあって、周囲は灼熱だった。
その炎の中で、龍はさらに踊り狂う。
柱は、周りに炎を撒き散らしながら、私に迫ってくる。
炎の龍もだ。
「無理か!」
私は周りの炎をなぎ払って、逃げることに専念した。
無理だ!
このままでは焼かれ死ぬ!
しかし、逃げようとしても炎の量が多すぎる。
全力で走れない!
いつの間にか、炎の龍はすぐ後ろに来ていた。
炎の龍が、私に噛み付こうとしてくる。
私はとっさにそれを防ぐ。
龍の体格は、自然引火した火を吸って大きくなっていた。
体格が大きくなった分、攻撃の範囲や強さが底上げされている!
「ぐっ!!」
先程までの2倍の大きさに龍は膨れ上がっていた。
さらに龍の周りには、衣のように火が纏わりついている。
その衣は変幻自在に変化し、角のような形に変化した。
ボォン、と爆発音が拡散する。
炎の龍の角に、魔剣が接触した。
先程の龍の大きさでも受け流すのが精一杯。
今の大きさで、私が真正面から防御出来る訳も無かった。
炎の龍の勢いに負けて、私は吹き飛ばされた。
吸血鬼化した状態で魔鎧・・・攻防剛毅を着ているのに!
体勢を崩された状態で吹っ飛ばされたが、空中で後方に1回転した後、地面に片足をついて無理矢理静止した。
手の痛みを無視して、前を素早く見る。
炎の龍が目の前まで迫っていた。
「ッツ!!」
逃げようにも、炎の柱がすぐ傍まで迫っていた。
あれもドレインでは吸い込みきれない。
この状況で、炎の龍をかわすのは難しい。
殆ど反射で、魔剣を盾のようにして前に構える。
ギリギリのタイミングで、真正面から炎の龍を受け止めた。
途轍もない衝撃が剣から伝わってくる!
「グッ!!」
ドンッ!!と凄まじい衝突により、激しい音が響いた。
受け流しただけでも体を吹っ飛ばされたのに、真正面から受け止めて耐えられるはずも無い。
私の体は先ほど吹っ飛ばされたのが遊びだったくらいに、後方へと飛んでいく。
周りの景色が線と化した。
巨大な炎は遠くに。
私の魔剣は粉々に砕け散った。
意識も一瞬だけ怪しくなってしまう。
もし、今が夜ならば。
もし、吸血衝動を私が開放しようと思ったら。
それらの仮定が頭をよぎる。
全て言い訳なのは分かっている。
分かっているが、納得は出来ない。
そう。
人間の扱いにもだ!
ここで諦めたら、吸血鬼の一族に申し訳が立たなくなる!
血の誇りが穢れてしまう!
吹き飛ばされ、後ろの建物に突っ込んだ。
岩の砕ける音が聞こえ、衝撃が体を伝う。
だが、さっきの炎の龍が放つ衝撃よりは全然マシだった。
体を強化しているおかげで、そんなに痛く感じない。
すぐに体を起こし、周りを見る。
砦の中だ。
どうやら砦の外壁が衝撃に耐え切れず、中まで私は吹っ飛ばされたらしい。
まあ、あれだけ吹っ飛んだのだから、それだけの衝撃があってもおかしくはないだろう。
穴の向こうでは、遠くで炎が海のように広く荒れているのが見える。
あの規模の能力をどうにかしようと思うなら、私1人では無理だ。
だから私が吹っ飛ばされて、一時的に距離を稼げたのは幸運だった。
手に握っていた魔剣を見てみる。
その刀身は炎の龍によって、根元からポッキリと折れていた。
ドレインの能力を付加させたお陰で、刀身自体が燃やされる事態は免れたものの、炎のエネルギーを吸収しきれずに壊れてしまったようだ。
この魔剣自体は特別な能力が付加されているタイプの魔具ではなく、能力を通せる量産型のよくある魔剣だ。
そして、私が吸血鬼化によって地獄の恩恵を手にし、扱えるドレインの段階は2段階目。
とてもあの炎を吸収出来るような段階ではなかった。
魔剣の強度もそこまでではない。
壊れても仕方ないだろう。
しかも、吸血鬼化まで解けていた。
一旦集中力を切らすとすぐこれだ・・・
そう思って立ち上がると、気配を感じた。
目線だ。
その視線の先を見た。
結界に閉じ込められた者が1人。
その姿は、ついさっきまで戦闘をしていたかのようにボロボロだ。
周りには、4人の悪魔がそれぞれ周りを取り囲んでいた。
4人の悪魔達からも、無意識に流れ出る動揺の感情が渦巻いているのが分かる。
「ララ様・・・」
「何故ここに?」
「誰かと交戦を?」
「お怪我はありませんか!」
みんな思い思いに私へ話しかけてくる。
「お前は・・・」
その中で、結界に閉じ込められた者は、私を見るなりそう呟く。
私の目線の先にいるのは、今現在の争い・・・その中心にいる存在。
人間だった。




