31話 悪魔の生活23~街へ~
7日目の昼。
俺は今、家の裏庭にある転移の陣の前にいる。
となりにはマリアさん。
そして後ろには、杖をついたまま立っているダゴラスさんがいる。
スー君は学校に行ってしまったようで、ここにはいない。
陣の中を見てみると、膨大な数の本が積んで置かれていて、こんな量を本当に転移出来るのか?と思うほどに大量にあった。
陣の大きさは室内10畳程の広さだ。
陣の広さ的には全然問題無いように見える。
事前に聞いた話では、家にあった認定書から先に街へ転移させるらしい。
エネルギーの負担はあちら持ち。
現世で言うところの、着払いと言ったところだろうか。
俺とマリアさんが街へ行くのはその後だ。
いずれにしても、転移先の悪魔達が大変なことには変わらない。
まあ、俺には関係の無い話だな。
また、街には陣が10箇所あり、本の転移先が王立図書館の陣、俺達の転移先が転移回廊なるものの陣らしい。
転移回廊って・・・
図書館はまだ俺にも分かる。
現世にもあったからだ。
転移回廊の方は聞いたこともない。
もちろんマリアさんに聞いたさ。
そうしたら、こんな答えが返ってきた。
「光が集まりやすい場所に転移の陣を沢山作ったのよ。それに対して転移されてくる物資も多くなるから通路も沢山作ったの。だから転移回廊って言うのよ」
らしい。
聞いてみれば一応納得出来る答えだ。
その時気付いたのだが、転移という言葉が会話に出て来る度に、光と言う言葉がさも本の付録のように付いてくるな。
ダゴラスさんとの森での会話もそうだったし。
確か、認定書にも光の単語がいくつか出ていたような・・・
「向こうもOKらしいわ。一旦離れて」
俺が考えていると、マリアさんは俺に指示してきた。
今回の転移は、エネルギーが全部相手持ちなので、テレパシーで相手側に確認を取らなければいけないらしい。
そんな理由で、今の今までマリアさんはテレパシー中だった訳だ。
いやー・・・能力って本当に便利だな。
見ていて心の底からそう思う。
使っている本人達は、恐らくそんなことは全然無いと思っているのだろうが。
現世で便利な機械を日常的に、そして当たり前のように人間が使っているのと同じ感覚だろうからな。
無理もない。
「じゃあ、さっそく始めるわよ」
指示通りに後ろに下がった後、またもマリアさんが声をかける。
その言葉で、場の空気が一気に変化した。
この感覚は前にも経験したことがある。
転移の時に感じたものだ。
ピリッとした空気。
特に地面に描かれている陣の周辺から強く感じられる。
そして、森でも見たあの赤い光が突如として現れる。
前回の転移は、暗い森の中でやったせいもあって壮絶に輝いていたのを覚えている。
だが、今回は別段そうでもなかった。
多分昼だからだろう。
まっすぐ転移の光景を直視出来るぐらいには光は強くなかった。
あの時はしばらく目が見えなかったぐらい強かったから、ちょっと警戒していたのだが、大丈夫なようだな。
前回は見ることが叶わなかった転移の場面。
それは幻想的な光景だった。
高く積み重ねられた本の山々が、陣の中央から光の粒子になっていく。
例えるのなら雪だ。
上空から降ってくる、柔らかな雪の数々。
そんな雪に赤い色を付着させたら、今のような光になるのではないか。
もっとも、今回は雪のように光は下に落ちていく訳では無く、逆に上の方に上っていっているのだが。
これを蛍のようだと表現してもいいかもしれない。
むしろこっちの方が的を得ているか。
何にしたって、美しいことには変わりはないから別にいいんだけどな。
陣の発する赤い光は、元は本だった光の粒子と合わさってさらに強く輝いていく。
流石に昼と言えど眩しくなってきた。
そして、大量にあった本の山々が全て光の粒子と化すと、一瞬だけ強く光り輝き、跡形も無く消え去ってしまった。
時間にして数十秒。
俺は感心した顔をして、後ろにいたダゴラスさんに目を合わせる。
「・・・転移ってこんな感じだったんですね」
「あの時はお前さん、見られなかったんだっけか」
「まあ、見れるような状態じゃなかったんですけどね」
「だからそれは悪かったって言ったじゃないか」
「ハハハ。冗談ですよ、冗談」
珍しく冗談を言いながら笑う俺。
それに対してダゴラスさんは、すまなそうな顔している。
俺が街に転移したらこれでお別れかもしれないので、冗談くらいは言っておきたいと思って言ったのだが、どうだっただろうか。
何やらダゴラスさんは森での件をまだ気にしているらしく、俺がその話をすると未だに申し訳無さそうな顔をしてしまうのだった。
俺が目を覚ました時にした会話があってもこんなんだから、俺だってどうしたらいいか分からなくなってしまう。
だったらせめて、冗談ぐらいには使わしてもらいたい。
でなければ後々に、両者共々後悔の念に襲われそうだからな。
「本の転移は終わったわ」
そう言って、後ろにいた俺とダゴラスさんに顔を向けるマリアさん。
こんな転移はもう何回も経験しているかのように、手馴れた感じだった。
「あっという間に消えましたね、あの本」
「まあ・・・転移だからね」
あんなに苦労して読んだ本が、数十秒で消え去ったものだから何とも言えない気持ちになってしまう。
何時間もの成果があっという間に消えるんだぜ。
ただ転移で街に送っただけなのにだ。
何だかなぁ・・・
「次は俺達ですか」
「そうね、準備は出来たかしら」
「準備するものなんて、俺には何も無いですけどね」
俺に準備するものがあるとしたら、それは心の準備くらいだろう。
もっとも、それは昨日の内に済ましてあるのだが。
「ふふ、じゃあOKね」
「はい」
マリアさんは軽く笑ってからそう言うと、また直立不動の姿勢で動かなくなってしまった。
恐らく、テレパシーモードに入ったんだろう。
とそこで、ダゴラスさんがいきなり俺に耳打ちしてきた。
なんだろうか?
「お前さん、1ついいか」
「何ですか?」
「転移先では何があっても、自分の判断で行動しろよ」
「・・・?」
自分の判断で行動?
そりゃもちろん出来るだけそうしますが?
何が言いたいんだろうか?
「今は分からなくてもいい。ただ、これだけは言っておかないと、あまりに酷いからな・・・」
「酷いって・・・」
おいおい。
それじゃあまるで俺が転移先で酷い目に合うみたいじゃないか。
本当に大丈夫なんだろうか?
不安になってきたし。
「・・・何かあっても他の悪魔が助けてくれるんじゃないんですか?それにマリアさんも一緒に付いて行くし・・・」
黙りこくるダゴラスさん。
一体何だって言うんだろうか・・・
まあダゴラスさんに言ったとおり、マリアさんも付いてくるのだから大丈夫だとは思うが・・・
「・・・一応分かりました」
「よし」
それだけ言うと、いくらか満足したかのようにダゴラスさんはスッパリと話を区切った。
・・・何かありそうな予感。
何かありそうでも街に行くしかないとは分かっているのだが・・・
「行くわよ」
マリアさんは俺に向かって手招きしている。
テレパシーは終ったようだ。
もう行く時間か。
いよいよだ。
そして俺は考える。
ダゴラスさんに言っておくことは無いか。
伝えるべきことは忘れてい無いか。
やらなければ後悔することは無いか。
今は何も思いつかない。
と言うよりも、分からないと言ったほうがいいか。
最後に何を言っていいのかよく分からない。
あんなにお世話になったのに。
恩は感じているが、それでも何を言っていいのか迷ってしまう。
別れの時って何を言ったらいいんだ?
悩んでいると、ダゴラスさんは俺に声をかけてきた。
「大丈夫だ。まあ・・・だから行って来い」
「・・・はい」
見透かされたようにそう言われた。
そう言われちゃあ仕方ない。
そう、仕方ないんだ。
自分に言い訳して先に進むことにする。
きっと何も後悔はしないさ。
ダゴラスさんに対してうなずいた後、俺は陣の中央へマリアさんと一緒に進む。
移動し終えると、マリアさんはテレパシーに入ったようだ。
OKの合図を転移先の相手に送っているんだろう。
数秒後、それを裏付けるように陣が赤く光りだした。
赤い光を見て俺は少し緊張する。
だって、1回森から家まで転移したとは言え気絶していた訳だし・・・
実質初めての体験だと言ってもかまわないんじゃなろうか?
そばでただ見ているのと、実際に転移されるのとではやっぱり心境が全然違ってくるな。
そんな緊張した姿勢で、自分の足元で光る陣を見ていると、急に浮遊感が全身を襲ってきた。
急激に落下した直後の言葉で表現しにくいあの感覚。
それが数十秒間続く。
そして、決定的な瞬間が訪れた。
視界がどんどん真っ白になってきたのだ。
スティーラと分かれた時の場面。
映画館に出現させたドアをくぐる時の場面と同じような感じ。
同じ表現を使わせてもらうが、光に触れているのがよく分かる。
「さあ、行くわよ」
マリアさんのその一声で、見えるもの全てが光になったように見えた気がした。




