26話 悪魔の生活18~マリアのライトワーク~
4日目の夜。
目の前には、これでもかと高く高く積まれた本がある。
どの位高いかと言うと、1メートル以上はあるだろう。
今にも倒れそうな雰囲気。
何か振動が起こる度にグラグラと左右に揺れているのだが、かなり危なっかしい。
倒れそうで倒れない。
そんな危険地帯の中で、俺が行っていることが1つある。
「・・・」
マリアさんも俺も、ひたすら黙りこくっている。
悪魔と一緒の空間にいて、こんなに静寂になったのは初めてじゃなかろうか?
この家族と一緒に過ごしていると、いつも会話が絶えなかったからな。
それを考えるとかなり不自然だと言える。
今の不自然な行為の原因。
俺とマリアさんは本を読んでいた。
軽い本だ。
厚さは殆ど無く、飾り気のない表紙。
積まれた本は、全部同じ内容の本ばかりだ。
そんな本を2人して、黙って読みまくっていた。
本を読み終えたら自分のそばに、読み終えた本を纏めて置いて、まだ目を通していない本へ手を伸ばす。
延々とその作業を繰り返していた。
この作業を始めてから1時間。
俺は飽き性みたいなようで、もうすでに心の中では息も絶え絶えと言ったところだ。
こんなところで、俺自身のまだ知らぬ一面を知る機会が訪れるとは・・・
まあ、それはそれとして・・・
ここで疑問。
何で天井に届かんばかりに積まれた本に囲まれて、同じ本を繰り返し読んでいるのか。
それは、今現在俺とマリアさんが行っている行為そのものが、マリアさんが俺に依頼して来た仕事だからだ。
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・・・数時間前。
今日も変わらぬ穏やかな1日を過ごしていた俺。
夕食を食べ終えて、スー君と他愛のない話に花を咲かせたりして、今日という1日をこの時間まで俺は過ごした。
その俺は、スー君の子供部屋にて、昨日マリアさんが話していた仕事の内容を聞いていた。
「・・・認定書の誤字脱字チェック?」
「そう。誤字脱字チェック」
聞かれたことに、殆ど同じ内容で返すマリアさん。
誤字脱字とな。
「それだけですか?」
「それだけよ」
またも、殆ど同じ内容で返すマリアさん。
それだけか・・・
想像していたよりも、ずっと簡単そうな仕事で安心した。
というか、仕事と言えるかどうかも分からないような内容だな。
あまりに簡潔すぎる。
仕事とは、何かを作り出したり、または成し遂げるための行動ではあるので、いかに短調で簡単な内容といっても仕事じゃないわけではない。
が、そもそも仕事という言葉の定義が、個人間で実はかなり曖昧だったりすることが多い。
仕事という言葉は、個人個人で解釈が違ってくるようなユルユルな言葉なのだ。
そう言う意味じゃ、俺の感想も案外間違ってはいないかもしれない。
少なくとも、俺はそのような感想をマリアさんの言葉を聞いて思った。
それは確かだ。
そして俺は、目の前に積まれている無数の本に目をやる。
20分前にマリアさんが、何回も子供部屋と廊下を行き来しながら両手いっぱいに本を抱え、置いて行き、本を抱え、また置いて行きを繰り返して出来たブックタワーだ。
タワーは全部で20はある。
本は1つ1つかなり薄っぺらい薄い本だったので、総数は何冊なのか想像もつかない。
これを全部、マリアさんがこの部屋いっぱいに持ってきたのだった。
女性といえども、舐めてはいけない。
流石悪魔だ、と思える程にはマリアさんは怪力だった。
決してマリアさんは筋肉質ではない。
マリアさんが着ているセーターが、一回り大きく体のラインを形作っているため、大体の腕の太さやウエストというのが分かる。
マリアさんが実は、ガッチガチに筋肉が引き締まっていたのなら話は別だが、ダゴラスさんみたいにぶっとい体格はしていない。
腕の太さを見る限りはかなり細いので、そんなに筋肉は付いていないと俺は予想する。
・・・いや、そもそも悪魔の体というのがよく分かっていない俺がこんな想像をするのは最初から間違っているのだが。
まあ、そんな想像をしてしまう程には見た目とその怪力っぷりにギャップがあったってことだな。
と言うか思ったのだが、わざわざマリアさんがこんな仕事をする必要は無いだろう。
だって、ダゴラスさんという頼れる夫がいるのだから。
それでもマリアさんが仕事をする理由。
大概仕事とは、金銭を得るための行為と解釈するのが一般的だが・・・
仮にお金の問題だったとして、この家族の収入源は多分大丈夫だろ?
・・・大丈夫じゃないのか?
ダゴラスさんは戦闘とかでは頼れても、収入では頼れないとか?
・・・もしそうなら、非常にデリケートで、しかも非常に聞きづらいな。
どうしよう・・・
と、1人で勝手に気まずそうにしている俺に、マリアさんがそっけなく口を開く。
「昔、魔王の側近をやっていた頃にね、色々他の仕事にも頭を突っ込んでた時期があったの。その縁があって、今も仕事をたまに頼まれちゃうことがあるのよ」
「・・・今回の仕事も頼まれたやつですか」
「頼まれちゃったやつね」
なるほど。
俺の考えすぎだったか。
そんな後ろめたいことが無いのなら、気にせず聞きたいことを聞こうじゃないか。
「それじゃあこの本の山、一体どうすればいいんですかね?」
「さっきも言ったように、誤字脱字のチェックね。1冊1冊読んでいって、間違った文字が無いか調べるのよ。それをお願いしたいの」
「この数をですか・・・」
多い。
明らかに多い。
多過ぎるくらいに多い。
いつまでかかるのか分からないくらい多い。
つまり、ただただ多かった。
ちょっとしつこい表現なようだが、そのくらいの量なんだから仕方ない。
これは今日だけで終わる気がしない。
翌日にも、そのまた翌日にも持ち越しそうな雰囲気がバリバリに漂っている。
「今日中にやりきる訳では無いですよ・・・ね?」
「それはそうよ。仮に10人悪魔がいたって、今日中には終わらないんじゃないかしら」
「と言うことは、俺がベットで横になっている間はずっと?」
「これね」
なるほどなるほど。
俺の余りに余っている時間をこんな風に有効に使おうと考えた訳か。
まあ、俺としても寝ているばかりでは悪いので、この仕事を手伝うということに関してはやぶさかではない。
「で、この仕事の期限が丁度、君が魔王と謁見する日なのよ」
「ということは・・・」
「やっぱり街までは私と同行ってことになるわね」
「んーと、確か転移の能力で、俺は魔王の所へ送り届けられるとか言ってたと思ってたんですけど」
転移するなら街への道案内は必要無いのでは?
その質問を俺が言う前に、マリアさんは喋る。
「だから私も一緒に、その転移に乗っかるのよ」
「・・・許可は取ってあるんですか?」
この場合、誰に許可を取るかは分からないが、一応聞いておく。
転移するにもエネルギーが必要だからタダって訳じゃないだろう。
元々、俺1人の転移だとマリアさんから聞いているから、転移先の悪魔か何かがエネルギーを受け持ってくれるんだろう。
そこへ勝手にマリアさんが乗り込んでいいものだろうか?
魔王と会いに行くにもアポを取ってたくらいなのに。
「大丈夫大丈夫!私だったら何とかなるから」
「何とかなるって・・・」
随分アバウトだな・・・
本当に大丈夫なんすか。
「俺、転移先で怒られるなんて嫌ですよ」
「大丈夫よ。こう見えても私、偉かったんだから」
「・・・魔王専属の仕事だったから?」
「そうよー。結構有能じゃなきゃ任せられない仕事よ?」
「へえ」
それは凄いと純粋に思うが・・・
でもまあ、それはそれとして・・・
「じゃあ、一緒に転移したとしてその場で解散ってことですか」
「いえ?一緒に付いて行くわよ?」
「えっ?転移したら、魔王の所までは目と鼻の先でしょう?それに、転移先にも誰かいるだろうし」
「ああ、そう言えば詳しく話してなかったわね。転移先は街の中央であって、中央執行所に直接転移される訳じゃないのよ。まだ中央執行所まで距離があるから、一緒に付いて行こうと思ってね」
「ああ、そういうことだったんですか」
なら案内はいたほうがいいな。
仕事のついでに、ついて行ってもらえるのならそれにこしたことは無いだろうし。
「君の言った通り、転送先にも他の悪魔はいるでしょうけど、まあ執行所に立ち入らなければ大丈夫。せっかくここまで知り合ったんだから、一緒に行きましょ?」
「それは心強いです」
「そう言ってもらえると嬉しいわ」
案内人がいるのといないのとでは全く違うからな。
それも、ある程度心を開いている相手なら尚更だ。
心境的なものなど、モロモロのことを含めてこれはありがたいことだと思う。
「君を魔王様のいる中央執行所に送り届けたら、私はこの仕事の報告をしに知り合いのボルドの場所へ向かう。とりあえず、そんなとこね」
「で、その仕事がこの本の山を1冊1冊読んでいくことで、期限は今日も含めて後3日と」
「そう言うこと。」
「でもこれ、間に合いますかね」
俺が心配していることの1つは、時間的な問題だ。
本自体の厚さは薄いとは言え、数があまりにも膨大だ。
内容にも左右される。
本の文字数が多ければ多い程、確認の時間は多く取られていくからな。
もし、魔王謁見までにこの仕事を間に合わせたいのなら、効率よくやっていくしかないだろう。
「これねえ、元々5日前に引き受けた時点では500冊あったんだけど、今は300冊よ。何とかなる気がしない?」
5日の間に膨大な家事をこなしながら、200冊もの本を読んだのか。
仕事を引き受けたのが、俺が森から帰還して目を覚ましていない間。
それなら・・・
「何とかなる気はします・・・ね」
時間的制約に縛られることが無い俺がいれば、作業はかなりはかどるだろう。
それでも、しんどい作業なのは変わらないと思うが。
とりあえず、本の山々からこぼれ落ちた1冊の本を手に取る。
俺も少しは本の中身に興味があるのさ。
それが例え、これから何冊も読む羽目になる本であろうともだ。
だって悪魔の本だぞ、悪魔の本。
強く興味を惹かれる。
そんな好奇心に押されて、パラッと1ページ目を開く。
「・・・ん?」
ん・・・
これは・・・
俺はマリアさんに聞いてみたい衝動を抑えて、2ページ目をめくる。
むう・・・
思わず3ページ目もめくってしまう。
確認のため、4ページ目もめくる。
・・・ああ。
「マリアさん」
「何?」
「読めないんですけど」
そのまんま、文字通り読めない。
何の文字で書かれているかすら分からない。
現世の象形文字っぽく見えるが、おそらく違う。
何だ、この文字は。
こんな文字、俺は知らない。
「そりゃそうよ。だって現世では古代の文字扱いだもの、それ」
開いた本を指をさしながら、当然みたいな顔をするマリアさん。
読めないことは承知の上でこの頼みってことか。
「・・・この文字は一体何ですか」
「ルーン文字よ」
あれか・・・
ダゴラスさんや、マリアさんから少し教えてもらった例の文字。
全部で25文字あるという能力の源。
太古の昔に現世でも使っていたというその文字が、その本には書かれているらしい。
今の現世では、おまじない程度の意味合いが強いだろうが。
「こんなのを俺に読ませようとしてたんですか・・・」
「ええ」
マリアさんは普通に答える。
・・・何かネタがありそうな予感がする。
「でも読めないですよ」
「文字を読めないだろうから、私が能力でサポートするのよ」
「能力でサポート?」
「テレパシーよ、テレパシー」
スー君との話でも出たな、テレパシー。
声という意思疎通の代名詞と呼べる方法や、ボデイランゲージなどの表現を一切使わない便利な能力。
頭に直接訴えかける神秘。
それを俺に使うのか。
「俺にテレパシーを使うんですか・・・」
「・・・不安?」
マリアさんは、俺の表情を見て言う。
多分、俺の表情は少し強ばっているだろう。
顔の筋肉が引きつっているのが自分でも分かるからな。
「いえ・・・大丈夫です」
いや、大丈夫ではない。
内心不安だ。
マリアさんが悪い悪魔ではないことを知っているので信頼はしているのだが、テレパシーってあれだろ。
脳に直接何かを施すんだろ?
自分の頭をいじられるみたいで、忌避感がちょっとずつ湧いてくる。
「でも、テレパシーって行くとこまで行くと、洗脳とかその類になっちゃいそうですよね」
「大丈夫よ、感覚的には頭の中から声が響くだけ。耳から響くか頭から響くかの違いだけよ。何の害も無いし、そもそもテレパシーの能力は相手に害をもたらすことがとても難しい能力だから」
でも、害を与えることは難しくても出来るんでしょう?
出来ればそう言いたかったのだが、それを言うと今までのマリアさんとの関係が不確かなものになってしまう気がして言えなかった。
大丈夫。
なんたってマリアさんなんだから。
根拠の欠片も無い考えだが、そう信じて受け入れようじゃないか。
俺は納得の表情を作って、マリアさんに無言の意思を伝える。
そしたらマリアさんはにっこり微笑んだ。
「やっぱり君は前とそんなに変わってないわね」
「・・・何がですか?」
何のことを言っているのかよく分からない。
俺の性格?
それがどうかしたのだろうか?
「・・・何でもないわ」
と、マリアさんは話を区切った。
何だよ。
とても気になるじゃないか。
別に追求はしないけどもさ。
「・・・もう1つ聞きたいんですけど、いいですか?」
話の流れを変えるためにここいらでもう1つ、気になることを聞いておこう。
「もちろん。何を聞きたいの?」
「この本の山、認定書とか言ってましたけど、具体的には何の本なんですかね?」
肝心のこの本について、まだ俺は話を聞いていない。
その本の仕事を手伝うのだから、その本について少しは知っておいてもいいだろう。
そう思っての質問だ。
話の切り替えにも調度いいだろ?
そんな意図を持って話したことを知ってか知らずか、ますます笑顔になってマリアさんは答えた。
「そっか、まだ詳しいこと言ってなかったわよね」
そう。
まだ聞いていない。
それにだ。
もう1つ、俺の中には疑問が渦巻いている。
スー君から聞いた言葉によれば、悪魔の学校では文字を習わないらしい。
文字を勉学の内に取り入れないってことは、地獄で文字というものが使われてい無いってことだ。
或いはポピュラーでは無いかのどちらか。
なのに、ここに本の内容として残っている。
また、ルーン文字は地獄からやって来た強大な力を持つ悪魔によって、現世にもたらされた文字でもあると俺は聞いている。
そして、能力を軽減させることの出来るルーン文字の直接表記。
ここのところ、どうなんだろうか?
色々繋がっているんじゃないかと俺は思ってるのだが・・・
仕事を手伝うための時間は刻一刻と過ぎていくが、仕事の手伝いをする前にそこらへんのことも聞いておきたい。
俺はマリアさんの言葉を聞く姿勢を整えた。




