人間とは、しぶといもので。
久方ぶりの、食事だった。
いやはや。本当に、久しぶりであったのだ、
魔族たちはもう、どうにでもなれ、といった心境であったに違いない。
ああ、いや。カインらのことだが。
「ええ、もう。
いくらでも、聞いてください」
お腹いっぱいに、食べ物を頬張って満足げな主人公は、そう言った。
確か、主人公が。
そんな魔族の下っ端の潔さに、二人の人間たちは、ニコリとした笑みを浮かべる。
ただし、その両目は細められるだけで、ちっとも、腹の底から
笑ってなどいなかったが。
「では、そうですね……」
魔界のこと、について。
彼らは、何を訊いてくるのか。
カインは、まあ、楽しみにしていた。いっそ、清々しいほどに。
なんせ、下っ端魔族だったカインの後ろ、そこには窓があるのだが、
まあ、なんだ、その。
目の前で、ニコリとしている命令系統な二人である、
彼らの部下たちが、ひいひい言いながら、レンガ造りを懸命にしているのが、
望めるからである。ちなみに、レンガは接着が乾かないとレンガ塀にならぬ、
と認められることにならず、結局は、この駐屯地の部下たちは、皆、
本日のご飯は夕飯も食べることができないそうな。
(なんという鬼畜だ)
カインは、戦慄した。
あのレンガ塀、完成するには、2、3日かかるという。
つまり、部下たちは、その間、食事にありつけぬ、ということだ。
そんな非道なことを平気で命令する上司、ってものすごく嫌である。
(わかってて、そんなことしたんだろうなあ)
カインは、今、目の前の驚異に、我が身を守る選択をしたまでである。
決して、故郷である魔界が憎いとか、
そういうことではない。
単純な目先の食事への欲求に、根負けしただけであると、追記しておく。
取り調べ室でたらふく魔界の情報をお伝えしまくった後、
カインは鉄格子の部屋にご招待、
ということもなかった。
「まあ、貴方がた、逃げないでしょうし」
モノ優しい丁寧口調な男がそんなことを言いながら、
扉の向こう側で、しっかりと鍵をかけた。
「ここにいる間、衣食住はしっかりと受けられますので」
人間は悪い奴ばかりじゃなかった。
カインは、しみじみと実感した。
振り向くと、一人用のベッドと、なぜか脚立、それと
テーブルにオヤツがあったり、椅子もあるが、まあ、
それをとりあえず引き、座ることにした。
「では、また明日お話を伺いますので」
それでは。
そんなことを言われ、どう返事をし返したらよいものか、
と思っている隙に、彼はさっさと立ち去っていった。
足音が、遠ざかる。
若干、がしゃん、がしゃん、とフルアーマーの痕跡を
足音に滲ませながら、奴は居なくなった。
カインは、その物音を聞きつつ、椅子の背もたれに背中を
思いっきり預け、ぐっと両腕を突き出して背筋を伸ばし。
そうして、ぐたっ、と。
クタクタの姿勢をとり、
大きなため息をひとつ、ついた。
「はあ」
ともかく、長い一日が終わったのである。
リリは、どこにいったのか。
翌日に気付いたことである。
ベッドから起き抜けに、気付いた事実であった。
本人が聞いたら、
「ひっどーい!」
などとプリプリ怒るところだろうけれども、
あの悪魔、と同じ血を持つという、優男がいるのだ、
まあ、同族がいるから悪いようにはしないだろう、と
楽観視をし始めたが、
「そういえば、同族同士、仲悪いんだったな」
などと、余計なことを思い出してしまった。
カインは佇む。
そっと、普通の部屋である証の、出窓を見やる。
そこからは、見事な朝日が差し込んでいた。
二階であるからか、遮るものがないからこそ、
光が素晴らしく入り込んでいるのかもしれない。
フラフラと、何気なしにカインは近づく。
そうして、窓を開け放つ。日光浴好きにはたまらない、
一瞬である。ほう、と嘆息する。
「おお、まだやってるぞ……」
部下たちは、未だにレンガの塀を作っていた。
吹き抜ける心地良い風と共に、何やら呪怨みたいな、
怖い呟きが下方から聞こえるような気がしたが、
カインは気にしないで、部屋の換気をしておく。
道理で、夕べ、何か呪文みたいなものが聞こえると思った。
カインは、寝返りを打ちながら、変な妖怪の出る
部屋を割り当てたんじゃないか、などと、あの丁寧な人間に
少々の逆恨みをしていたのである。が、杞憂であったようだ。
「ここは、いわば、人間界と魔界の境、なのです。
あえて言うなれば、
まあ、ここは、人間にとっての魔界防壁、
といったところでしょうか」
「魔界に近いからな」
魔物がしょっちゅう出てくるという。
「だから、困りものなんですよ。
魔族も、よく出てきますし」
「たまに、だがな。
しかも、強い」
「ええ、基本的に強いですねぇ」
「だから、精鋭が駐屯している」
「世界中から、よく言われています。
地獄の三丁目、と。
あ、ですが、まあ、お金次第で。
なんとか免除されますよ。
ええと、ほら。
まあ、いろいろと」
「雄弁に物事が進むということだ」
ははあ……。
「うむ。
しかし、話を聞く限りでは、
魔界もそう、大して変わらないみたいだな」
「そうですね」
「特に、魔王の魔王っぷりは」
「ええ」
「魔王は、やはり……」
「……そうですねえ。
カイン殿の話をお聞きする限りでは……、
やっぱり、居るみたいですねえ」
「……うむ」
「カイン殿、もう一度、その自称王様、の話を、
お聞かせ願いませんか?」
彼らは、徹底的に、カインから。
情報という情報を、引き絞られた。
監禁部屋へと戻ってくる頃には、すっかり暗くなってしまっていた。
カインは、窓辺にそっと近寄る。
すると、ガラス窓の向こうでは、あいも変わらず、
レンガへの情熱が足りないと叱咤されている、部下たちと、
その上司のひとりのフルアーマー姿が目撃できた。
「……人間、って……」
カインは、しばし、そうして見守ることに終始した。




