85
「ふぁ…あふぅ…。眠い…」
「響が、東向きの部屋がいいって、言ったんじゃない」
「そうだけどさぁ…。朝日がきついねぇ…」
「当たり前でしょ」
「はぁ…。北向きにするんだった…」
「ねぇ。朝ごはん、食べにいくの」
「そうだね。厨房は、開いてるのかな」
「さあ…。行ってみたら…ふぁ…分かるんじゃない?」
「うん。まあ、そうだけどね…」
リュウはもう行っちゃったけど…。
自分も行こうかな…。
「あ、ルウェ。先に、行ってて。遅くなりそうだから」
「うん。分かった」
「ごめんね。ほら、響!早く、起きなさい!」
「んー…。あと五時間…」
「何言ってるの!」
響、すっごく寝坊助さんなんだぞ。
なんとか起こそうとしてる光を置いて、自分も厨房に向かう。
部屋から出て廊下を歩いていくと、途中でリュウの背中が見えた。
「あれ?えっと…」
「どうしたの?」
「あ、ルウェ。えっと…迷っちゃったみたいなの…」
「自分は分かるんだぞ。一緒に行こ?」
「うん、ありがと」
部屋から十尺も離れてないところで迷うリュウと一緒に厨房へ。
それにしても…
「リュウは、道を覚えるのが苦手なのか?」
「んー。こういう、なんか同じような景色のところは覚えにくいかな。右も左も壁じゃない。目印がないと、すぐに迷うの」
「ふぅん。自分は、だいたいの時間で覚えてるんだぞ。こっちにこれくらいの時間歩くと、右側に階段があるとか」
言ってる間に、右側に階段が見えたので、そこで曲がって階段を下りる。
「一番下まで下りて、左側にだいたいこれくらいの時間歩いたところの曲がり角で曲がるとか。急いで走ったときは、半分くらいの時間で曲がったりするんだぞ」
「へぇ~。時間かぁ。わたしにも出来るかなぁ」
「簡単なんだぞ。一回やってみたらいいよ」
「うん。頑張ってみる」
二階。
次が一階。
「ふぅ。それにしても、四階はやっぱり登り降りが辛いね」
「うん。でも、リュウは飛べば速いんじゃないの?」
「そんなズルしはやらないの。ルウェと一緒に行く方が楽しいから」
「…ありがと」
「うん」
二階。
次が一階。
「望お姉ちゃん、大丈夫かな…」
「きっと大丈夫なんだぞ。ヤーリェもすぐに良くなったんだから」
「うん…。そうだよね…」
「うん、そうだよ」
「…あれ?階段って、こんなに長かったっけ?」
「ん?」
二階…。
そういえば、さっきもその前も二階だった気がする。
「ルウェ、ちょっとここで待ってて」
「うん」
リュウは翼を広げて下へと飛んでいく。
そして、すぐに上から下りてきた。
「……?」
「回廊の術式…。なんでこんなところに…」
「カイロウの術式?」
「うん…。でも、わたしには突破出来る力はないの…」
「どういうこと?」
「回廊の術式は、いくつか集まってひとつの術式なの。突破するには、ひとつふたつの式を無効化して穴を開けるか、回廊の壁を無理矢理壊すかくらいしかないんだけど、わたしには式の場所を把握する力も壁を破壊する力もないの…」
「ふぅん」
「外から誰かが助けてくれるのを待つしか…」
(どうしたの?)
「あ、悠奈。おはよ」
(おはよ)
「なんかね、カイロウの術式に閉じ込められたんだって」
(ふぅん…。回廊の術式ねぇ…)
目を細めて周りを見回す悠奈。
何か見えるのかな…。
(へぇ~。こんな造りになってるんだ~。初めて見たよ)
「術式の位置が分かるの?ねぇ、教えて!」
(んー、そこの手すりにひとつ、四段下りたところにもうひとつ。あと、ちょうど六段上がった右の壁のところにひとつ。最後に、ここの真上にひとつ)
「じゃあ、どれかを破れば…」
(うん。でも、何層も重ねてあるみたいだよ。ひとつ破っただけでは脱出出来ないかも)
「え…。そんな…」
(気長に助けを待った方が賢いかもしれないね)
「でも、誰も気付かなかったら…」
「悪い方に考えちゃダメなんだぞ。きっと、誰かが助けにきてくれる」
「そ、そうだね…」
リュウは青褪めた顔で、ぎこちなく笑っていた。
…カイロウの術式。
なんでこんなところに…。
十個目の術式が破れた。
でも、悠奈は首を横に振る。
「はぁ…はぁ…。も、もうちょっと待っててね、ルウェ…」
「もういいんだぞ…。リュウが倒れちゃったら、そっちの方が大変だから…」
(そうだよ…。いくら龍でも、全部破るのは大変だよ…)
「朝ごはん…早く食べたいよね…。ごめんね…」
「リュウ…」
フラフラのリュウを抱き止める。
もう立つ気力も残っていないみたいで、一気に崩れ落ちてしまった。
「リュウ…」
「ごめんね…」
リュウはそっと目を瞑ると、そのまま眠りに落ちてしまった。
…ありがと、なんだぞ。
(さて、どうしようかな…。ボクにはリュウほどの力はないし、七宝も…)
「助けを待つしかないんだぞ」
(うん…。まあ、そうだけど…)
「大丈夫だよ。すぐに誰かが助けにきてくれる…」
「そうそう。信じる者は報われるってね」
声が聞こえた。
次の瞬間、空間が歪んで弾けた。
「英雄は遅れてやってくる、ってね~」
「何、言ってるのよ。響が、いつまでもグズってるから、遅れたんじゃない」
「春眠暁を覚えず、だよ」
「暁なんて、とっくに過ぎてるよ。ほら。リュウが、無理しちゃったみたいだよ」
「ありゃりゃ。一歩遅かったか」
「だから、そう言ってるじゃない!」
「まあ、わたしが部屋まで運んでおくよ。光は朝ごはんを作ってきて」
「分かってる。ルウェ、一緒に、行こっか」
「うん…」
「大丈夫。お姉さんが責任持って運び込んであげるから」
「うん…」
響はリュウを抱えると、上へと飛んでいった。
それを見送って、光も下へ行く。
そのついでというように、いとも簡単に術式を取り払っていく。
「光」
「ん?」
「…なんでもない」
「そう?」
「………」
「さて。朝ごはんを作ったら、犯人を、捕まえないとね」
「え?犯人がいるの?」
「そりゃ、ね。術式なんて、自然に出てくるものでもないし」
「犯人…」
誰なのかな…。
リュウを大変な目に遭わせた…犯人。