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「ベラニク、ベラニク。山の村。ルイカミナまではまだ遠い」
望が変な歌を歌い出した。
…望、あの変な声を聞いてから、ちょっとおかしいんだぞ。
「…何を歌ってるの?」
「ベラニクの歌だよ。まあ、今作ったんだけどね」
「ふぅん…」
「アホ丸出しやな」
「むぅ。何よ、いいじゃない」
「誰も悪いとはゆうてない」
「そうじゃないでしょ!」
頬を膨らませて、野草汁を混ぜていた匙で鍋の縁を叩く。
…やっぱり、なんだか変。
(ねぇねぇ。クーのごはんは?)
「ちゃんと用意してあるよ」
(やった!)
「悠奈は?食べないの?」
(うん。今日は向こうで食べるって)
「ふぅん。向こうって神様と聖獣が住んでるところだよね。私もカイトと契約したときに見たけど、あんなところに住んでるの?」
「いや、それは違うな。あれは、こっち側と向こう側の境目だ」
「そうなの?」
「ああ。向こうにも、こっちと似たような世界があるんだ。似たようなっていうか、もうほとんど一緒だけどな」
「ふぅん…」
悠奈や七宝が住んでる世界。
どんなところなのかな。
こっちに似てるって言ってたけど。
行ってみたい気もするんだぞ。
(それより夕飯!クー、お腹空いた!)
「はいはい」
「そういやお前、せっかくルウェから名前貰ったのに、自分のことまだクーって呼んでんのかよ。なんか変えたら?」
(そんなこと言われても…)
「いいじゃねぇか。自分のことくらい、好きに呼ばせてやれよ」
「わたしは、クーって可愛くて良いと思うの」
「まあ、可愛いのは今のうちだけかもな。そのうち憎たらしくなるぞ、クーアってのは」
「えっ、そうなの?」
(クーは憎たらしくないもん!)
「さあ、どうかな」
「なんや、嫉妬かいな」
「はぁ!?なんで俺がクーアに嫉妬するんだよ!」
「クーアゆうたら聖獣屈指の頭脳派やろ?それに対して、ルウェは頭脳派とも肉体派とも言えん中途半端な位置や。嫉妬するには充分とちゃうか?」
「お前な。俺の悪口は良いが、俺の家族の悪口は許さねぇぞ」
「悪口やないやろ。事実や」
「てめぇ!」
「なんや、やるんかいな。上等や、かかってこんかい!」
「二人とも、やめるの!喧嘩しちゃダメ!」
「喧嘩じゃねぇよ。決闘だ」
「ふん。死合おうやないか」
(わっ、わっ。ど、どうしよう…)
「明日香、どうにかならないのか…?」
「ウゥ…」
「はぁ…。また喧嘩してるの?」
「望お姉ちゃん!ねぇ、止めてよ!」
「そうねぇ…。カイトは…ダメか。寝てるみたい」
「えぇっ!」
そうこうしてるうちに、お兄ちゃんと大和はジリジリと間合いを詰めていって。
(あぁもう!誰でもいいから来て!)
「タルニアさま。それで、今回の標的についてですが、どうやらナッカ商会が裏で怪しい動きをしているとのことで…」
「ク、クノさん?」
「え?あれ?望さま、どうしてここに?」
「クノお兄ちゃんが、こっちに来たんだぞ」
「あ、あれ?どうやらそうみたいですね…」
「クノお兄ちゃん!あの二人が喧嘩してるの!止めて!」
「ん?あなたは?…いや、それはあとですね」
クノお兄ちゃんはキッと二人の方を睨むと、ズンズンと近付いていく。
そして、もう取っ組み合いを始めていた二人の首を腕で挟んで力を入れる。
「うげっ…く、苦しい…」「お、おい、洒落になんねぇぞ…!」
「喧嘩両成敗。クーア旅団の掟です」
「ク、クノか…!なんでここに…!」
「望さまやルウェさまが困っているとのことで、飛んで参りました」
「ねぇ、大和が泡を噴いてるんだぞ」
「じゃあ、あとはあなただけですね」
大和を離して、お兄ちゃんの首を絞める力を強める。
…お兄ちゃんの顔は、もうだいぶ色が変わってきてるけど。
「うぐっ…」
「…まあ、こんなものでしょうか」
「わぁ、さすがですね!」
(すご~い!)
「団員の喧嘩も抑えないといけないので。慣れたものですよ」
「…それで、これはどうするんだ?」
「放っとけば、朝には目が覚めるでしょう」
「お兄ちゃんは誰なの?」
「あぁ、自己紹介がまだでしたね。私はクノと申します。クーア旅団の副団長兼団長補佐をしております」
「クノお兄ちゃん?」
「はい、そうですね」
「わたしは、リュウっていうの」
「ヤェ、フゥムル、リュウですか。良い名ですね」
「うん!」
家族想い。
リュウにピッタリなんだぞ。
「さて、ここに来た原因なんですが…」
(ごめんなさい…)
「やはりそうでしたか」
(ごめんなさい…)
「良いんですよ。困ったときはお互いさまですし」
「私たちが助けられてばかりですけどね…」
「情けは人のためならず、ですから。どうか、望さま方はお気になさらず。あの…ところで、元の場所に帰してもらえると嬉しいのですが…」
「あ、うん。そうだよね。七宝」
(え…あ、うん…)
七宝はモジモジとして、なかなかクノお兄ちゃんを送り帰さない。
あーとかうーとか言って。
(あ、あのね…)
「……?」
(クーは、自分のところに引き寄せることしか出来ないの…。それに、一日一回が限界で…。転移はまだ練習中なの…)
「えぇっ!じゃあ、クノさんはどうやって帰ればいいのよ!」
(うぅ…)
「まあまあ、望さま。落ち着いてください」
「だって、クノさんが…」
「タルニアさまと如月は私が急に消えたことを知っているので、たぶんそのうちに何らかの連絡等があると思います。それまで待ちましょう」
「クノさんがそう言うなら…」
「それより、あの鍋は?火も消えてるみたいですが」
「あぁっ!忘れてた!」
(え…夕飯…)
「早速、私の出番みたいですね」
そう言って、クノお兄ちゃんは腕捲りをする。
クノお兄ちゃんの料理、すっごく楽しみなんだぞ!
野草だけで出来てるとは思えないご馳走をお腹いっぱい食べて、なんだか眠い…。
リュウは…もう寝てるんだぞ…。
「もう寝られますか?」
「うん…」
「結局、なんの連絡もなかったですね」
「まあ、明日には来ると思いますよ」
「そうだと良いんですが…。でも、ここに来てるって分かってるんでしょうか…」
「それは分かりませんが、見当は付いてると思います」
「へぇ~。さすがクーア旅団ですね」
「ありがとうございます」
「クノお兄ちゃん…」
「はい。どうしましたか?」
「一緒に寝てほしいんだぞ…」
「はい。もちろんです」
「すみません。ありがとうございます」
「いえ。可愛い妹のためですから」
「えっ?」
「ふふ、もちろん望も」
「……!」
目を閉じる一瞬前、クノお兄ちゃんが望の頭を撫でているのが見えた気がした。
お休みなさい…。