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「いつ出るんや?」
「え?」
「ずっとヤマトにおるわけやないんやろ?」
「あぁ…。はい」
「それで?」
「えっ、何がですか?」
「いつヤマト出るんか聞いとるんや。しっかり話聞けよ」
「分かってますよ…」
「それで、いつ出るんや?」
「………」
望はそっぽを向いて、聞こえないふりをして答えなかった。
お兄ちゃんもそれ以上は何も聞かない。
「ルウェ、お腹空かない?」
「まだ大丈夫なんだぞ」
「そう…。あ、お菓子、買ってあげよっか」
「さっき買ってもらったばっかりなんだぞ」
「あ…そうだよね…」
「望、どうしたの?」
「え?な、何が?」
「お兄ちゃんが聞いてることにも答えなかったし、それに、なんだか元気ないんだぞ」
「そ、そんなことないよ…」
「ホントに?」
「うん…」
でも、ホントとは思えないんだぞ。
お兄ちゃんと目を合わせようとしないし、尻尾の毛もいつもみたいなツヤがないし。
(ルウェ、ルウェ)
「どうしたの?」
(ちょっとこっち…)
「う、うん」
「ルウェ、どこに行くの?」
「ん、ちょっと」
「え?あ、ルウェ、待ちなさい!」
ルウェに誘われて、細い道のひとつに。
少し暗がりになってるところで止まると、こっちを向いて。
(ルウェ。望はね、兄ちゃんと離ればなれになるのが嫌なんだよ)
「えっ、なんで離ればなれになるの?」
(そういう契約なんでしょ?ヤマトまでの護衛って)
「そうなの?」
(もう…。しっかりしてよ…)
「でも、じゃあ、ヤマトを出たらお兄ちゃんとお別れなの?」
(…うん)
「えぇっ!そんなのイヤなんだぞ!」
(うん。だから、望も元気ないんだよ)
「そうなんだ…」
ヤマトまでなんて約束、イヤだもん…。
ずっとお兄ちゃんと一緒がいいんだもん…。
(でも、約束だから…)
「約束…なんて…」
(………)
約束…約束…。
こんなに哀しい約束なんて…。
でも、約束って…何…?
「ルウェ~、どこ~?」
「あ、望」
「ルウェ。こんなところにいたんだ」
「うん…」
「どうしたの?」
「お兄ちゃんは…?」
「路地の外で待ってるよ」
「………」
「ねぇ、どうしたの?」
「自分、お兄ちゃんとお別れするなんてイヤなんだぞ…!」
「…仕方ないじゃない。ヤマトまでって決めてたんだから…」
「望もそう思ってるの?約束だから…?」
「………」
望は何も言わず、ギュッと手を握って。
「うぅ…ヤだもん…イヤ…」
「私だって嫌だよ。でも…」
「なんの話をしとるんや」
「わっ!い、いたんですか!?」
「道に迷てるんかと思て。ほんで、なんの話やったん?」
「お兄ちゃん、ヤマトでもうお別れなの…?」
「んー、せやな」
「もう会えないの?」
「どうやろな。オレはひとところに留まることはないから、もう会えんかもしれん」
「そんなの…イヤなんだぞ…」
葛葉も祐輔も…また会えるからお別れ出来た…。
でも、お兄ちゃんはもう会えないかもしれない…。
旅の生活だから…。
「オレかてイヤや。せっかく、こんな可愛い妹二人と出会えたんやからな。でも、しゃーない。契約の期間はヤマト到着までや。それ以上は仕事外やし、よう付いていかん。また護衛の仕事が入るかもしれんしな」
「でも…」
「分かりました。では、もう契約切れですね」
「えっ…望…?」
「せやな」
「お兄ちゃん…!」
「お疲れさまでした。約束の護衛料です」
そう言って望は財布を取り出すと、お金をお兄ちゃんに渡す。
「ダメ!渡したら…もう終わっちゃうんだぞ…!」
「ルウェ、わがまま言っちゃダメでしょ」
「望、なんで…?なんでなの?」
「ん。確かに。ほなな。また縁があったら」
「はい。また。ルウェ、行くよ」
「イヤ…。望、なんで…?なんで…?」
「ウゥ…」
「明日香…!離して…!ヤだよ…!」
明日香にグイグイと引っ張られ、お兄ちゃんからどんどん遠ざかっていく。
お兄ちゃんも、何も言わずにそのまま向こうへ歩いていった。
それきり、もう会えない気がしたから。
もう会えない気がして。
大好きな飴も、今日は味がしなかった。
お姉ちゃんは心配して頭を撫でてくれるけど、振り向く気力も無かった。
「ルウェちゃん、元気ないわねぇ」
「………」
「どうしたの?」
「お兄ちゃんが…」
「お兄ちゃん?あぁ、そういえばいないわねぇ。どうしたの?」
「うぅ…。お兄ちゃん…」
「ど、どうしたの?」
「護衛の契約が切れちゃって、さっき別れてきたところなんです」
「そう…なるほどね…」
お姉ちゃんは、そっと肩を抱いてくれたけど…。
うぅ…。
「あ、そうだ。ここの組合ってどこにあるんですか?一回も使ったことがなくて…」
「お金に困ってるのかしらぁ?もしそうなら私が都合するけど…」
「いえ、そうじゃないんです」
「………。あぁ、なるほどねぇ。じゃあ、一緒に行きましょうか」
「よろしくお願いします」
「クノ」
「はい。ただいま」
「ルウェ、行くよ」
「行きたくない…」
「ダメ。来なさい。明日香、お願い」
「ワゥ」
「ヤァ…。ヤだもん…」
「ウゥ…」
でも、明日香の力には勝てなくて。
そのままズルズルと引きずられて。
お兄ちゃんとお別れです。
寂しいですね。