31
「望の手、離すなよ」
「うん」
「迷子になったら大変だからね」
ホントに大変そう。
人も多いし、道もたくさんあって…。
美味しそうなお菓子もいっぱい売ってるんだぞ。
「ヤクゥルの飴がまだ残ってるでしょ。そっちが先」
「むぅ…」
「まあ、ケチケチすんなや。またあとでこうたるからな」
「うん!」
「はぁ…」
「それより、ほれ、着いたで」
「ここなんですか?」
「ああ」
「…駄菓子屋ですよね」
「駄菓子屋やな」
着いたところはお菓子屋さん。
美味しそうなお菓子がいっぱい並んでいて。
「間違ってるんじゃないですか?」
「まあまあ。とりあえず、入ってみよ」
「えっ、あっ!待ってくださいよ!ルウェ、明日香、行くよ」
「うん」
お兄ちゃんは迷わずお菓子屋さんに入っていく。
自分も望に手を引かれ、お店に入って。
お店の中は、ちょっとムッとしてて暑かった。
「お菓子やったら、勝手に持ってって大丈夫やでぇ。どうせウチのやし」
「ほな、いくらかもろていきます…って、ちゃうわ!」
「ハッ…。このノリツッコミはまさか…!」
「ふふふ。久しぶりやな…」
「ま、まさか、師匠!?あのとき、ウチを庇って死んだんとちゃうかったん!?」
「ふっ…。オレを勝手に殺すなっちゅーねん」
「知り合いなんですか?」
「まあな」
「師匠うんぬんは嘘やけど」
「………」
「なんや、その目はっ!そんな目でウチらを見やんといてっ!」
「ねぇ、お菓子食べていい?」
「お昼ごはんが先でしょ」
「むぅ…」
「じゃあ、食べに行こっか」
「うん!」
「そして、ウチらを無視しやんとって!」
「構うだけ時間の無駄ですから」
望は冷たく言い放って、お兄ちゃんと明るいお姉ちゃんを睨む。
「はぁ…。ノリの悪いやっちゃ。そんなんやとムカラゥでは生きていけんで」
「ムカラゥに住む予定はないですから」
「明るいお姉ちゃん、これ」
「んー?万金かぁ。てか、明るいお姉ちゃんてウチのことかいな」
「セイレンしてくれるのか?」
「精錬ってか、ここまで綺麗かったらもう加工やね。ほんで、どこで手に入れたん?」
「採掘場なんだぞ」
「ふぅん…。非雇用者採掘証明…。そんなとこに万金がねぇ…」
「ホンマ偶然な」
「偶然でも…。ま、ええわ。紹介状とかある?」
「ほれ、紹介状」
お兄ちゃんは懐から小さく丸めた紙を取り出して、明るいお姉ちゃんに渡す。
明るいお姉ちゃんはそれを開けてチラリと見ると、また閉じてニッコリ笑う。
「クーア旅団やね。紹介状もあるし、安くしとくよ」
「あっ、これは借り物で…」
「でも、その腕輪はタルニアさまが最高に信頼を寄せてる人しか付けられへんねんで」
「……?」
「お姉ちゃんのこと、知ってるのか?」
「…ん?あぁ、お姉ちゃんてタルニアさまのことか。ほんで、明るいお姉ちゃんがウチ」
「うん」
「ウチは、元クーア旅団員やからな」
「ほぅ。初耳やな」
「初めてゆうからな」
「なんでやめたんですか?」
「んー、旅より鍛冶の方が面白くなったからかなぁ」
「追放されたわけじゃないんですね」
「まあね」
明るいお姉ちゃんは何か考えるように少し宙を見て、またニッコリと笑う。
「その話は置いといて。万金やけど、何にする?腕輪?」
「これがいい」
「採掘証明?あぁ、名札か。たしかに、この量やとそれくらいがピッタリやな」
「名札だと何日くらい掛かりますか?」
「んー、二日やね」
「案外短いな」
「暇やからね」
「よろしくお願いします、なんだぞ!」
「よっしゃ、任せとき」
明るいお姉ちゃんに頭を撫でてもらった。
それがなんだか嬉しかったから、抱き付いた。
明るいお姉ちゃんはススと鉄の匂いがして。
また大きな通りを歩いていく。
でも、明るいお姉ちゃんのところよりは人は少なくて。
それと、周りからすごく良い匂いもしてて…
「お腹空いたんだぞ…」
「こっちって商店街ですよね?」
「ああ。まあ、付いてこいって」
明日香に乗せてもらってるけど、もう限界…。
お昼ごはん…いつなのかな…。
「あ、ルウェがダレた」
「すぐやから我慢せぇ」
「うぅ…」
お腹と背中がくっつくんだぞ…。
と、お兄ちゃんが急に止まって明日香も止まったから、背中から落ちそうになった。
止まったところは誰かの家みたい。
「ここや」
「え?」
「入るで~」
「あっ、ちょっと!」
ここでお昼ごはん、食べられるのかな…。
お兄ちゃんは戸を開けて、家の中へズカズカと入っていく。
「もしかして、ここ、採掘場のおじさんの家なんですか?」
「ああ。ちょっと昼ごはん作るから、二階に行って柚香の相手でもしといたって」
「二階にいるんですか?」
「だいたいはな。そこの階段上がって一番突き当たりの部屋やから」
「分かりました。ルウェ、行こ」
「うん」
望のあとに付いて、明日香も階段を上がっていく。
上がった先、二階の廊下は静かな雰囲気で、ふたつの小さな窓から光が射し込んでいて。
お兄ちゃんが言ってた一番奥の部屋は、少しだけ戸が開いていた。
「お邪魔しま~す…」
「………」
そして、部屋の一番窓際には布団が敷いてあって、誰かが座っていた。
「柚香ちゃん…?」
「あなたは…?」
「私は望。この子はルウェ。あと、こっちの狼は明日香だよ」
すると柚香は、ゆっくりと、確かめるように、手を伸ばす。
望はハッとしてその手を掴むと、そっと柚香を抱き締める。
「柚香ちゃん…」
「どうしたの?泣いてるの?」
「月光病…なんだね…」
「えへへ。大したことないよ」
「柚香ちゃん…」
ゲッコウビョウ…?
それが何かはよく分からないけど、ふと狼の姉さまを思い出した。
あの日…村を出たあの日の夜。
抱き締めてくれた狼の姉さまの温かさを。