28
草むらを抜けて川原に出ると、望とお兄ちゃん、それと、誰か知らない人が二人いた。
一人は明日香に噛みつかれて、もう一人はお兄ちゃんが馬乗りになって殴っている。
…明日香、今までどこにいたのかな。
「生きて帰れる思うなよ、お前らぁ!」「グルル…」
「うぐっ…」「痛っ!痛ぇ!」
「………」
「望、大丈夫なのか?」
「うん…」
何があったのかな…。
望は少し震えてるようだった。
「ちっ。まだ殴り足らん」「ウゥ…」
「あ、あのっ…」
「はよ、上、着ぃな。さっさと離れるぞ」
「…うん」
震える手で上着を掴むけど、上手くいかない。
それを見て、お兄ちゃんは手伝ってあげて。
服を着ても、まだ望は震えている。
「こいつら、蹴り飛ばしてもええんやぞ」
「………」
「ほぅか」
そう言って、お兄ちゃんは二人を睨む。
明日香も、今にもまた飛び掛かりそうな雰囲気で。
「行くぞ」
「………」
「立てんか?」
「うん…」
「…よっと」
お兄ちゃんは望を抱え上げて。
そして、二人を放って足早にその場を立ち去る。
「…すまんな」
「………」
「護衛がこんなことでは…」
「お兄ちゃん…」
「怖い思いさせて…すまんかった…」
「ううん。すぐに来てくれて、私を守ってくれた…。たしかに怖かったけど…それでも嬉しかった。お兄ちゃんが、私を守ってくれたから…」
「………」
望の肩が震えていた。
でも、さっきのとは違うもののように見えた。
ううん、きっと違うものなんだ。
もう日は暮れていたけど、とにかく進んだ。
でも、登り坂がまた下り坂に変わる頃、目の前に誰かが現れた。
「はぁい、こんばんは~。こんな遅くに、どこに行くのかしらぁ?」
「お前らがおらんところや」
「初対面なのに酷いわぁ」
そんなことを言ってても、顔は笑っていて。
…なんだか、よく分からない人なんだぞ。
「お嬢さん、さっきはごめんねぇ。驚かせちゃって」
「驚かせちゃって…やあるか、アホ!望がどんだけ怖い目したか分かっとるんか!?」
「もう…あんまり怒鳴らないで」
お兄ちゃんをチラリと見ると、望にゆっくりと近付いていく。
「何する気や」
「ちょっとお話するだけよぉ?」
「そこで話せ。望に近付くな」
「いけずなのね」
そう言って、指をパチンと鳴らす。
お兄ちゃんと明日香は身構えたけど、暗がりから誰かが出てきただけで。
出てきたのはさっきの二人で、後ろ手に縛られていた。
「派手にやってくれたわねぇ。一瞬、誰だか分からなかったわよ」
「当然の報復やろ」
「そうねぇ。女の子を襲うなんて、最低ねぇ」
「………」「女将…」
「なんで、望ちゃんを襲ったのかしらぁ?」
「………」「………」
「黙ってちゃ分からないわよぉ?」
お姉ちゃんは顔で笑いながら、内では相当怒ってるみたいだった。
本当に怒ってるときの姉さまの目にそっくり…。
「うふふ。言えないのかしらぁ?」
「………」「………」
「そう。良いわぁ。山賊になりたかったのね。それならそうと、早く言えば良いのに」
「お、女将!」「違います!」
「じゃあ、なんだって言うんだい」
手に持っていた扇子をパチンと閉じると、ギロリと二人を睨み付ける。
「あぅ…」「………」
「あ、あの…」
「ん?どうしたの?」
「私…大丈夫でしたから…。その…」
「良いのよ、望ちゃん。掟を破ったこいつらに、同情の余地はないわぁ」
「でも…!」
言いかけた望の口に指を当てる。
突然のことで、お兄ちゃんも反応出来なかったみたい。
固まったまま呆然として、それを見てるだけだった。
「ありがとねぇ。でも、うちではそういう決まりなの。掟を破った者は、追放する。どうあっても曲げられない」
「………」
「ふふ、優しい子なのね」
望は、なぜだか少し赤くなってるみたい。
…なんでだろ。
「あらぁ、可愛い子がもう一人」
「あ…うぅ…」
「ふふ、怖がらなくて良いのよぉ」
そう言って、頬に触れてくる。
…お姉ちゃんの手はすごく柔らかくて、気持ち良かった。
「そうだ。二人分空いたことだし、今日はうちで泊まっていくといいわぁ」
「でも…」
「言ったでしょう?掟は絶対なの。それを守れない者は、うちにはいらない」
「………」「………」
「さあ、行きましょう。すぐ近くだから」
「はい…」
お姉ちゃんは、ずんずんと望と自分の背中を押していく。
お兄ちゃんと明日香も、それに付いていって。
一瞬、後ろを見ると、暗闇の中でさっきの二人とはまた別の誰かがいて、小さな刀と銅貨五枚を置いていた。
…誰?
ラズイン旅団。
お姉ちゃんの旅団。
「ごめんねぇ。狭い場所で」
「いえ…。ありがとうございます…」
「良いのよぉ、お礼なんて」
「では、タルニアさま。お休みなさいませ」
「はぁい。お休み~」
「望…ルウェ…お休み…」
「お休み」「おやすみ、お兄ちゃん」
そして、堅苦しい人とお兄ちゃんは帷から出ていった。
帷の中は狭かったけど、温かくて。
「あの…」
「なぁに?」
「ここはタルニアさん専用の帷なんじゃ…」
「タルニアで良いわよ。ターニャでも良いけど。それに、私と寝るのは嫌かしらぁ?」
「いえ…そういうわけじゃ…」
「じゃあ、良いじゃない。…今日はもう休みなさいな。私も眠たいし」
「はい…」
「ルウェちゃんも、お休みなさい」
「うん…おやすみ…」
お姉ちゃんがゆっくりと頭を撫でてくれた。
それがとても気持ち良くて、だんだん眠たく…。