21
「よし。全員、怪我はないな」
「ないよ」「うん」「ルウェは危なかったけどね」
「どういうこと?」
「ツルゴケで滑って落ちたんだよ」
「えぇっ!?」
「でも、祐輔が助けてくれたの。こう…パッパッやあとう!って」
「へぇ~。説明はよく分かんないけど」
「静粛に、静粛に」
「………」
「とにかく、みんな無事で良かった。初心者がこういう事故に遭うのはそうなんだけど、慣れてきて油断してるときが一番危ない。これからも枝跳びはやるだろうけど、細心の注意を払ってくれ。みんなが哀しい思いをしないように」
「「「はぁい」」」
「よし。じゃあ…」
「今日は楽しかったかーっ?」
「「「おぉーっ!」」」
「へへっ。明日も楽しく遊ぼうぜ!お疲れさま!またな!」
「またね~」「また明日」「じゃあね」
そして、みんな、帰っていく。
いろんなことを思いながら。
でも、誰もが笑顔で。
「夏月はどうだった?」
「いっかいも、つかまらなかったよ~」
「へへっ、やったな!」
「うん!」
夏月の頭を撫でる祐輔。
すると、夏月は嬉しそうに飛び付いて。
「よし。じゃあ、帰ろうか」
「「うん!」」
自分たちも、やっぱり笑顔だった。
…怖かったときもあったけど、でも、それ以上に楽しかったから。
だから、本当に、心の底からの、笑顔だった。
街のあちこちから良い匂いがしていた。
それが、お腹に響いて。
「へへっ。腹、減ったな」
「夏月ね、きょうなら、ごはん、さんばいたべられそうだよ」
「いつもは何杯なの?」
「ゆうはんは、いっぱいだよ。あさとひるで、あわせていっぱい」
「夏月、あんまり食べないんだよ。俺は食べ過ぎだって、陽平に怒られるんだけどな」
「へぇ~」
そういえば、お昼ごはんのとき、夏月だけ小さなお椀だったっけ。
葛葉のは、お椀というか、ほとんどドンブリだったけど。
それで十杯くらい食べてたもんなぁ。
一食で。
「ん?」
「どうしたの?」
「いや、うん」
「……?」
何なんだろ。
祐輔も何か分からないといったように首を傾げて、また歩き出す。
「へへっ。家まで競争しようぜ。じゃあ、よーいドン!」
「あ、ずるい!」「まって~」
いきなり競争って!
しかも、号令も突然だし!
…でも、祐輔は何かから逃げようとしているようにも見えた。
本当に、どうしたんだろ…?
夏月はきっちり三杯のご飯を食べて、おかずもたくさん食べていた。
「よく食べるねぇ、今日の夏月は」
「うん!」
「ごちそうさま…」
「逆に祐輔が食べてない」
「うん…」
「調子悪いんか?」
「そんなことないよ…」
そう言って、部屋から出ていく。
競争のときから、やっぱりおかしかった。
家に着いてからは、さらに疲れたようなかんじで。
「祐輔、どうしたの?昼はすごく元気だったよね。外で何かあったの?」
「ううん。でも、帰る途中から変だったかな…」
「ふぅん」
「ごっそさん。ちょっと祐輔見てくるわ」
「おぅ。よろしくな」
そして、お兄ちゃんも部屋を出ていった。
「ふぅ…。祐輔が暗いと、みんな暗くなってしまいますね…」
「夏月は~?」
「はは、夏月はいつでも明るいな」
「うん!」
「夏月も暗くなったら、この家自体が潰れてしまうわな」
「ん~」
おじさんは、夏月の頭をガシガシと撫でて。
夏月は気持ち良さそうに目を細める。
「ごちそうさま、なんだぞ」
「あぁ、もう良いのかい?」
「うん!美味しかった!」
「そりゃ、作った甲斐があったってものだ」
おばさんはニッコリと笑って。
「自分も、祐輔の様子、見に行って良い?」
「よろしく頼むよ。祐輔の部屋は、部屋を出て右へ行って、突き当たりの部屋だ」
「うん、分かった」
「ルウェと望の部屋は、祐輔の部屋の右だよ」
「うん」
みんなに軽く手を振って部屋を出る。
えっと、右、だったよね。
右を向いて歩き始める。
真っ直ぐと伸びた廊下は、どこまでも続くように見えた。
…進むにつれて、どんどん暗くなってるような気がして。
何か怖くなったので、少し小走りで向かう。
(怖い?)
「うん…」
(ボクがいるから大丈夫だよ)
「うん…」
ルウェが出てきて、周りを照らしてくれた。
長いように思った廊下も、実際はほんの少しの距離で。
すぐ前に祐輔の部屋が見えた。
(あっ…)
「……?」
(気を付けて)
「何に?」
(闇…!)
次の瞬間、後ろに強く引かれる。
そして、目の前を黒い何かが通り過ぎていった。
「えっ…?」
「ウゥ…」
「明日香?」
腰紐を引いたのは明日香。
黒い何かの直撃から助けてくれたみたい。
(ウゥ…)
「わっ!?」
ルウェが強い光を放つ。
すると、突き当たりで両手に分かれた廊下の先にいた"影"は、跡形もなく消えた。
(部屋の中!)
「う、うん…」
「ウゥ…」
戸に手を掛け、勢いよく開けた。
そして、部屋の中にいたのは…
「お兄ちゃん!」
「はぁ…はぁ…。情けないわぁ…」
「え?」
(ルウェ!)
お兄ちゃんの形が崩れて、代わりに黒い何か…闇が溢れてきて。
考える間もなく、呑み込まれてしまった。
真っ暗闇。
何も見えない。
目を開けているのか開けていないのかも分からない。
「ルウェ…」
「………」
そして、聞こえたのは祐輔の声。
手を伸ばせば届く場所にいるけど、どこにいるか分からない。
「ごめんな…」
「ううん」
「俺、ダメだったよ…。闇に負けた…」
「負けた?」
「光を消し去れ…闇の世界を創造しろ…」
「………」
光と闇は相容れないもの。
ヤーリェもルウェもルィムナも言っていた。
「俺は今…ルウェを苦しめている…」
「全然苦しくないんだぞ」
「でも…」
苦しくない。
だって…
「光があるから闇がある。闇がなければ光はない。ふたつは相反するものではない。ふたつでひとつ。表と裏の関係」
「………」
「だから、苦しくない。祐輔も、苦しまないで」
闇が割れて、目の前が明るくなった。
そして、そこには祐輔がいて。
「ルウェ…」
「祐輔の闇。自分の光。ふたりで半分こしたら、ちょうど良い」
「うん…」
「白と黒を混ぜたら何色?」
「灰色…?」
「ううん。玉虫色だよ。どんな色にだってなれる」
「………」
「だから、笑って?みんな、哀しんでるから」
「へへっ、分かってるって!」
「うん」
「…ありがとうな、ルウェ」
「うん。…祐輔、大好きだよ」
「へへ、俺も」
強く抱き締める。
強く、強く。
目が覚めると、もうそこは闇の中ではなかった。
(ルウェ!良かった…良かった…!)
「痛いよ、ルウェ」
(あ…ごめん…)
「お兄ちゃんと祐輔は?」
「オレはここにおる。祐輔はぐっすり眠っとるわ」
「そう…」
(でも、なんで兄ちゃんがやられてたのさ)
「いや~、はは。情けないことに、召致のときの文句が思い浮かばんかってん。ありゃあ…歳かなぁ…なんて考えてるうちに、やられてしもて…」
(はぁっ!?なんで素直に召致をしないのさ!)
「あー、なんてゆうの?習慣?意地?」
(そんなもの、ボクがボロボロに噛み砕いてあげるよ!)
「おまっ!痛い、痛いて!本気で噛んどるやろ、それ!」
(ウゥ…)
「くっ…ふふふ」
「笑ってやんと助けろーっ!」
でも、ホントに面白いんだもん。
もうしばらく、見てようかな。
布団に入って、明日香の頬を伸ばしたりして遊んでいると
「ふぁ…あふぅ…。あ、まだ起きてたんだぁ…」
「うん。でも、今寝ようかと思ってたところ」
「そう…。私も寝るね…」
「うん。おやすみなさい」
「お休みぃ…」
布団に入ると、望はすぐに眠ってしまった。
それを見ていると、自分も眠たくなってきて。
…目を瞑ると、また闇が広がる。
でも、この闇は祐輔の闇。
だから、温かかった。
「んぅ…」
ふふ、望も温かいんだぞ。