15
「んぅ…」
目が覚めた。
大きく伸びをして、身体を起こす。
「お。起きたか」
「おはよ…」
「おはようさん」
「お兄ちゃんは早起きなんだぞ…」
「まあな。ルウェはまだ寝ててええねんで」
「うん…。でも、起きる…」
「ほうか」
森にはまだ霧が掛かっていて、どこを見ても真っ白だった。
「うぅ…。寒い…」
「こっちに来て、火にあたれよ」
「うん…」
お兄ちゃんの焚く火は、ゆっくりと揺れていて。
ジッと見ていると、なぜかヤーリェのことが思い浮かんだ。
「ほら。ここに来いよ」
そう言って、お兄ちゃんは膝を叩く。
フラフラと吸い寄せられるように、その胡座の上に座って。
「あったかいか?」
「うん」
「ふふ、そりゃ良かった」
お兄ちゃんは後ろからそっと抱き締めてくれて。
柔らかい温かさに、また意識が遠のいていく…。
温かい…。
葛葉…。
「オレは葛葉ちゃうで」
「わわっ!?」
「朝ごはんやぞ」
「う、うん…」
びっくりした…。
寝言…言ってたのかな…。
身体を起こして、ぼんやりと器に盛られた朝ごはんを見る。
「ルウェ。ちゃんと食べないと、ヤクゥルまで行けないよ?」
「あ、うん」
「まあ、そんな急ぐこともないやろ」
「急ぎますよ。さっさとヤマトまで行って、あなたと別れたいですから」
「なんや、案外根に持つなぁ」
「当たり前でしょ」
「なぁ、そういうの、やめにせんか?」
「私だってやめたいですよ。でも、あなた自身が、そう出来ないようなことをしたんです」
「水に流してくれよ、な?オレらも酷い目にあったんやから」
「無理です」
「…ルウェ~」
「ルウェへ逃げないでください」
「はぁ…厳しいなぁ…」
「ふん」
自分には、二人の仲は良いように見えるんだけど、違うのかな。
よく分かんないんだぞ。
「ごちそうさま」
「美味かったか?」
「うん!」
「ほうか。良かった良かった」
「えへへ」
「………」
お兄ちゃんに頭を撫でてもらう。
それが、とても気持ち良くて。
「ルウェ!行くよ!」
「え、あ、うん」
「はぁ…。ホンマに…」
望、何を怒ってるのかな?
とにかく、荷物を持って慌てて望のあとを追った。
目の前に影が三つ。
ユラリと歪んだかと思うと…
「危ない!」
何かが飛んできた。
黒い…闇?
「ウゥ…」
「お前らは下がってろ!」
「う、うん…」
「光の聖獣よ。我との契約により、闇を討ち払え!」
「……!召致!?」
空気が一瞬揺れたかと思うと、いつの間にか、お兄ちゃんの前に明るい光が。
(ふぁ…あふぅ…。どうしたの?)
「見たら分かるやろ!」
(あぁ、あれ?)
「そうや!」
("影"ねぇ。元を倒した方が良いんじゃない?)
「なんでもええから、はよやってくれ!」
(もう…)
…大丈夫かな。
光の真ん中にいたのは、銀色の狼。
面倒くさそうに欠伸をして、影を睨む。
影は、狼の光にあてられて薄くなってるような気がした。
(近くに術者がいるね。半径四半里以内。向こうを倒してくる?)
「ダメ!」
(ん?)
自分でも、なんでこんなことを言うのか分からない。
けど…
「ダ、ダメ…なんだぞ…」
(…そう。まあ、向こうも弱っちいみたいだし)
そう言って立ち上がると、ゆっくりと影に近付く。
半分くらい行ったところで、影は完全に消えてしまった。
(ふぅ…。もっと手強いのが良かったなぁ)
「アホゆうなよ…」
「あのっ!」
間髪入れず、望が声を上げる。
「どうした。怪我でもしたんか?」
「あ、あなたは、召喚師なんですか?」
「まあな」
「ショウカンシってなんだ?」
「聖獣を呼び出せるやつのことやな」
「セイジュウ?」
(ボクみたいな、神様の遣いのこと。ボクは"月の神"ルィムナさまの遣い、ルウェだよ)
「せや、こいつもルウェって名前やねん」
「ルウェ…」
(ふふ、キミもルウェか。…ルウェ、ボクと契約してみる?)
「ケイヤク?」
「こらこら。勝手に引き込むな」
(良いじゃん。ボク、この子、気に入っちゃった)
「気に入っちゃったってなぁ…」
「わ、私は?」
(んー。キミは、火の属性が強いからね。今度、タルニアを紹介してあげる)
「やった!」
「別に喜ぶようなもんちゃうぞ…」
呆れ顔のお兄ちゃんと、にやけ顔の望。
…望、怖い。
(ねぇ~。ボクと契約しようよ~)
「遊びちゃうねんぞ。そんなこと許せるか」
(むぅ…。ケチ)
「ああ。ケチさでは古今無双やわいな」
(ふんだ。兄ちゃんなんて嫌い!)
…何なんだろ。
ホントの兄弟みたいな気がして。
(ね、ね。ルウェがうんって言ってくれれば、兄ちゃんなんて関係ないからさ)
「でも、ケイヤクってよく分かんない…」
(えっとねぇ…)
「ルウェ!」
(うっ…)
「契約者は聖獣に魂を。聖獣は契約者に永遠の守護を。つまり、聖獣に魂をあげる代わりに、ずっと傍にいてもらえるってこと」
「た、魂をあげる…?」
「はぁ…。望も余計なこと言うなや…」
「それくらい教えたって良いじゃないですか」
「ねぇ…魂をあげるって…?」
(比喩だよ。ホントは、聖獣の依り代となるものを用意してもらうんだ。ただし、本当に大切なものでないとダメ)
「本当に大切なもの…」
うん、あれなんだぞ。
袋の中を漁って、目的のものを探す。
「あった」
(ん?契約、してくれるの?)
「うん」
「ルウェ!?」
(ふふふ。ボクの勝ちぃ)
「いつ、またあの影に襲われるか分かりませんし、二人とも良いって言ってるし。何か、不満があるんですか?」
「ぐっ…」
「どうすれば良いの?」
(魂をしっかり握って、目を瞑って)
「うん…」
言われた通りに目を瞑る。
もちろん、真っ暗で。
でも、しばらくすると急にまぶたの裏が明るくなって。
(はい、目を開けて)
「うん…」
目を開けると、周りは綺麗な夜空だった。
…どこ?
「ルウェ」
「え?」
「こんばんは、ルウェ」
「だ、誰?」
「ボクはルィムナ。よろしくね」
「よ、よろしく…」
そこにいたのは、綺麗な女の人だった。
本当に、綺麗な…。
「ルウェは光の要素が強いのね。でも、他の要素がないわけではない」
「……?」
「これから大変だと思うけど、この子が守ってくれるから。いつでも呼び出してあげてね。この子、すごく寂しがり屋さんなの」
(ル、ルィムナさま…)
「ふふふ。…じゃあ、大切なもの、見せてくれる?」
「うん」
手を開いて、銀貨を見せる。
セトから貰った、大切なお金。
「ゆっくり、目を瞑って」
「うん」
また真っ暗な世界。
でも、さっきとは違って、何か温かかった。
これが、契約…なの…か…な…。