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夕飯は、近くにあった川で捕った魚と野草、あとは甘い木の実で作った料理だった。
お兄ちゃんが塩とか砂糖を持っていたから、昼と同じはずの野草汁もすごく美味しくて。
…相変わらず望は、怪しい薬なんじゃないかって疑ってたけど。
「美味しかった~。お腹いっぱいなんだぞ」
「はぁ~。オレも、もう食えんわ~」
「あなたは食べ過ぎです」
「望もたいがいやと思うで。どんな腹しとんねん」
そう言って、望のお腹に手を伸ばす。
「ひゃあっ!さ、触らないで!」
「あだっ!」
望は、ちょうど良い位置にあったお兄ちゃんの頭を殴る。
お兄ちゃんは、そのままうずくまって。
「つぅ…。ホンマ、凶暴やなぁ…」
「お、女の子のお腹に触るなんて、最低です!」
「ええやん…。減るもんやなし…」
「精神が減ります!」
「あぁ~、そっちな」
納得したように頷く。
…精神って減るの?
「それにしても、塩すら持ってへんとはな」
「切らしてただけです。それに、塩の摂りすぎは早死にの元ですから」
「摂らなさすぎもな。ユールオにおったんやったら、塩くらい買えや」
「予算がなかったので。それに、ヤマトの方が安く買えます」
「そりゃそうかもしれんけど、途中で行き倒れたらなんもならんやろ」
「なんでヤマトの方が安く買えるの?」
「ん?あぁ、ヤマトでは岩塩ゆうて、しょっぱい岩が採れんねん」
「ガンエン…」
「ユールオの塩商人は、だいたいはヤマトの岩塩かテムカィの塩を扱っとるんやけど…」
「テムカィの塩?」
「ああ。テムカィは海に面してるから、海の水を干して塩を作んねん」
「海の水は、しょっぱいのか?」
「しょっぱいで~。あれは涙やからな」
「誰の?」
「海の」
「ふぅん」
海。
なんで泣いてるんだろ。
昨日、望も哀しみの色だって言ってた。
…慰めてあげられないかな。
同じ蒼の自分が。
「まあとにかく、塩が採れる場所で直接買うたら、余計な費用…ゆうたらユールオまで塩を運ぶ手間賃とかが掛からん分、安く買えるっちゅーこと。分かったか?」
「うん。塩が採れるところで塩を買えば、安く買える」
「………。それだけかい!」
「……?うん」
「長々と説明したんはなんやったんや…」
「長すぎるんですよ」
「はぁ…。まあええわ…。安く買えるってことが分かったんやったら…」
「うん」
採れる場所で直接買うと、それだけ間に入る人も少なくなるから、その人たちに払うお金も少なくなって、安く買えるってことかな。
野草も、お店で買えばお金が掛かるけど、自分で採ればお金は掛からない。
間に人が入らないから、お金が掛からない。
たぶん、そういうこと。
「よし。オレはもう一風呂浴びてくるわ」
「え?入りすぎじゃないですか?」
「ええことは何回やってもええねん」
「いえ、やり過ぎはダメだと思います」
「昔は温泉見つける度に五回は入ってたけどな。相方に止められて、二回にしてん」
「賢明な判断だと思います」
「ふふふ。ゆうこと、あいつとおんなじやな」
「自分は?」
「ん~。ルウェは、前に会った女の子に似てるかなぁ。好奇心旺盛で、可愛い女の子」
「へぇ~。その子の名前は?」
「んー。忘れた」
「えぇ~」
「また思い出しとくわ」
「絶対、なんだぞ!」
「分かってる分かってる」
ポンポンと頭を軽く叩いてくれて。
そして、お兄ちゃんはまた温泉へ行ってしまった。
望は道具のお手入れ。
お兄ちゃんは、まだ温泉。
明日香だけが暇そうにしていたので、一緒に散歩へ出る。
…散歩と言っても、自分は明日香に乗せてもらってるんだけど。
「明日香」
「………」
「明日香は、お兄ちゃんのこと、どう思う?」
「………」
「望も分かってるだろうけど、お兄ちゃん、悪い人じゃないんだぞ」
「………」
「そりゃ、最初は怖い人だと思ったけど。でも、撫でてもらったとき、すごく嬉しかった」
「………」
「明日香は、撫でてもらったら嬉しい?」
明日香の頭をそっと撫でると、気持ち良さそうに目を細めて。
「望も撫でてもらえば良いのにね」
「………」
と、急に立ち止まる。
「どうしたの?」
「…ワゥ」
「わわっ!」
そして、突然走り出す。
…もうちょっとで振り落とされそうだった。
ぴったりと身体を合わせなおして。
それにしても、何なんだろ?
しばらく走ると、速度を緩めて、止まった。
「明日香?」
「………」
顔を上げると、目の前を光が通っていった。
「蛍…?」
にしては大きい。
「闇に生きる者」
「え?」
「蛍じゃない。闇に生きる者」
「だ、誰…?」
声のした方。
光が向かっていった方に、誰かが立っていた。
「初めまして、ルウェ。ぼくはヤーリェ」
「ヤーリェ…?」
「うん。よろしくね」
「よろしく…なんだぞ…」
ヤーリェは、さっきの光をいくつも纏ってて、そこだけぼんやりと明るかった。
「ルウェ」
「な、何…?」
「葛葉のこと、好き?」
「うん…」
「望は?」
「好きだけど…」
「そう。良かった」
「ヤーリェは、葛葉と望のこと、知ってるのか…?」
「まあね」
そして、ゆっくりと近付いてくる。
明日香は、ただジッとヤーリェを見詰めているだけで。
「ルウェ。ぼくのこと、好き?」
「…分かんない」
「ふふ、そうだよね。でも、ぼくはルウェのことが好き」
「…うん」
そしてヤーリェは、優しく抱き締めてくれて。
ヤーリェの温かさと、光…闇に生きる者の冷たさが混ざりあって、変なかんじだった。
「光と闇は表裏一体。ルウェが"月"なら、ぼくは"太陽"。ぼくは、こんなにルウェが好きなのに。光と闇は、本当に相容れない存在なの?」
薄れゆく意識の中、そう聞こえた気がする。
…急な眠気に襲われ、ヤーリェの温かさを感じながら、深い眠りに落ちていった。




