13
「なんか、ムシムシするんだぞ…」
「せやな」
日も暮れかけて、もうそろそろ夜になるという頃。
風の向こうから、熱気が漂ってきて。
「望、大丈夫か?」
「…大丈夫です」
「ほうか。ほなら、冷却剤もいらんな」
「冷却剤!?」
「ああ。まあ、一時的なもんやけど…」
「く、ください!」
「なんや素直ちゃうなぁ。ほれ。あんま冷やし過ぎんなよ」
「分かってます」
お兄ちゃんから何かの袋を受け取り、首に巻く。
すると、少し落ち着いたようだった。
「はぁ…」
「毎度あり~。五百円になります~」
「えぇっ!?」
「はは、冗談冗談。そんなもんくらいやるわさ」
「………」
「何回も使えるけど、ぬるくなったら冷やし直さないかんよ」
「…分かりました」
「よっしゃ。ほな、いざ温泉へ!」
「オンセン?」
「行ったら分かる」
「……?」
どんどん突き進むお兄ちゃんのあとを追って。
…そういえば、明日香はどこに行ったのかな。
草むらを抜けた先。
湯気の立つ池があった。
「はぁ…」
「カッコつけて付いてこんでもええのに」
「ルウェに何かされても困りますから…。それに、私も温泉に入りたい…」
「まあ、そうやろな」
「これ、お湯?」
「ああ。天然の風呂。ここは炭酸泉。泉質も温度もちょうどええかんじや。行くとこ行けば、硫黄泉て臭~い温泉とか、定期的に地面から噴き出す温泉とかもあるんやけどな」
「ふぅん」
「さあ。望もええ加減ダレてきたし、さっさと入ってまお」
「あ、あなたはあとです!」
「ほいほい。分かった分かった」
「え?一緒に入らないのか?」
「あかんみたいやな」
「えぇーっ!」
「いちおう護衛なんですから、ちゃんと見張っててください」
「任せとき」
そう言って、胸をドンと叩く。
…強すぎたのか、咳き込んでるけど。
「じゃあ、ルウェ。一緒に入ろっか」
「うん!」
荷物をお兄ちゃんに渡して、服を脱ぎ始める。
「ほれ、望も。荷物、預かるで」
「いいです。ていうか、ルウェのも返してください」
「用心深いなぁ」
「信用出来ないだけです」
「おんなじことやろ」
「違います」
そう言って、引ったくるようにして荷物を取り返す。
お兄ちゃんは、困ったように肩をすくめて。
「絶対に覗かないでくださいね」
「どうせ覗くんやったら、もっとバインバインの姉ちゃんにするわ」
「ふんっ!」
鈍い音が響いた。
「いったぁ!おい、弁慶の泣き所はないやろ…!くあぁ…!」
「ふん。さっさと向こうに行ってください」
「ホンマ、恐ろしい姉ちゃんやのぉ…」
「何か言いましたか?」
「なんもゆうてませーん」
そして、お兄ちゃんは逃げるように草むらの向こうへ行ってしまった。
「はぁ…」
「望、早く!」
「はいはい」
お兄ちゃんが完全に見えなくなると、望もスルスルと服を脱いでいく。
「ルウェ、先に行ってなよ。私もすぐ行くから」
「うん!」
最後に下着と草鞋を脱ぎ捨てて、温泉に入る。
…少し熱めかな。
でも、良い気持ち。
「………」
「………」
そして、目が合ってしまった。
…明日香と。
「明日香!」
「え?明日香?」
「………」
「明日香も温泉に入ってるんだぞ!」
「まあ、そりゃ狼も温泉に入りたいときはあるでしょ」
「明日香~」
「………」
明日香に近付くと、スイーッと泳いでいって、上がってしまった。
そして、パタパタと身体を震わせて水を飛ばす。
「わっ!明日香、冷たいんだぞ!」
「………」
水を飛ばしたあと、しばらく水面を見ていた明日香はいきなり大きく跳んで。
「わわっ!あはは、明日香~」
「ワゥ」
盛大に水飛沫を上げながら、温泉に飛び込んできた。
「お待たせ~」
「やっ!」
「うわっ!ルウェ~」
「あはは」
やっと来た望に水を掛ける。
すると、望も返してくる。
そうして、三人で水の掛け合いっこなんかして。
村のお風呂でこんなに遊ぶと、必ず姉さまに怒られたけど。
でも、今日は良いよね。
なんだか嬉しいんだもん。
今度は葛葉と一緒に来たいな。
「はぁ~、遊んだ遊んだ。じゃあ、上がろっか」
「うん!」
端まで泳いでいく。
上がってすぐに、明日香がやってたように身体を震わせて。
「ルウェ。ちゃんと拭きなさい」
「うん」
と、手拭いを渡そうとする望の手が止まる。
「……?どうしたの?」
「ルウェって…女の子だったの…?」
「うん」
「えぇーっ!ずっと男の子だと思ってた!」
「むぅ…。よく言われるんだぞ…」
「ご、ごめん…」
「…別に良いんだぞ。自分は自分だもん。男でも女でも。それは変わらない」
「…そうだね。でも、ごめんね」
「うん」
「よし。じゃあ、冷えないうちに身体を吹こう」
「うん!」
髪の毛は望が拭いてくれて。
…自分で拭いたときより、ふんわり仕上がったような気がする。
次はお兄ちゃんの番。
お兄ちゃんの背負い袋の中には、いろんなものが入っていて。
「これ、何?」
「何かの薬でしょ。危ないから、その荷物、触らないで」
「なんで望は、お兄ちゃんのこと、嫌いなんだ?」
「嫌いってわけじゃないけど…」
櫛が止まる。
後ろを振り向くと、望は少し考えているようだった。
「望?」
「え?あ、うん。ごめんね。それにしても、ルウェの髪って変わってるよね」
「何が?」
「青い毛が混じってる」
「うん。混じってる」
「ふふ、綺麗だね」
「ありがと、なんだぞ」
「この髪、いつから伸ばしてるの?」
「分かんない」
「へぇ~。長さは揃えてるんだよね」
「うん。葛葉が切ってくれるんだ。男と間違われないようにって、先を揃えるくらいだけど」
「…ごめんね」
「あっ、そういう意味じゃないんだぞ」
「分かってるよ。でも、私もなんで男の子だと思ったんだろ。こんなに長いのにね…」
スーッと櫛を通す。
姉さまや葛葉も、よく鋤いてくれたな…。
また今度、やってもらおう。
「鼈甲の櫛はいかがでしたかな?」
「あれ?上がってきたんですか。溺れたかと思ってたのに」
「残念やったな。この通りピンピンしてます~」
「過ぎたことは仕方ないです。それよりこれ、模造品じゃないんですか?」
「ちゃうちゃう。本物や」
「ふぅん…」
「なんや。信用ならんっちゅー目やの」
「はい」
「ねぇねぇ、ベッコウって何?」
「亀の甲羅や。綺麗やろ」
「うん。すごく綺麗」
「…あげよか?」
「え?良いのか?」
「ダメ!そんな高価なもの貰っちゃ!」
「ええやん。模造品やし」
「うぐっ…」
「オレはどうせ使わんしな。また望に鋤いてもらえ。せっかく綺麗な髪なんやし」
「うん!ありがと!」
ベッコウの櫛…。
えへへ。
お兄ちゃんに、綺麗な髪って褒めてもらったんだぞ。
…記念として、この櫛を。
大切にするんだ。




