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「なんか、ムシムシするんだぞ…」

「せやな」


日も暮れかけて、もうそろそろ夜になるという頃。

風の向こうから、熱気が漂ってきて。


「望、大丈夫か?」

「…大丈夫です」

「ほうか。ほなら、冷却剤もいらんな」

「冷却剤!?」

「ああ。まあ、一時的なもんやけど…」

「く、ください!」

「なんや素直ちゃうなぁ。ほれ。あんま冷やし過ぎんなよ」

「分かってます」


お兄ちゃんから何かの袋を受け取り、首に巻く。

すると、少し落ち着いたようだった。


「はぁ…」

「毎度あり~。五百円になります~」

「えぇっ!?」

「はは、冗談冗談。そんなもんくらいやるわさ」

「………」

「何回も使えるけど、ぬるくなったら冷やし直さないかんよ」

「…分かりました」

「よっしゃ。ほな、いざ温泉へ!」

「オンセン?」

「行ったら分かる」

「……?」


どんどん突き進むお兄ちゃんのあとを追って。

…そういえば、明日香はどこに行ったのかな。



草むらを抜けた先。

湯気の立つ池があった。


「はぁ…」

「カッコつけて付いてこんでもええのに」

「ルウェに何かされても困りますから…。それに、私も温泉に入りたい…」

「まあ、そうやろな」

「これ、お湯?」

「ああ。天然の風呂。ここは炭酸泉。泉質も温度もちょうどええかんじや。行くとこ行けば、硫黄泉て臭~い温泉とか、定期的に地面から噴き出す温泉とかもあるんやけどな」

「ふぅん」

「さあ。望もええ加減ダレてきたし、さっさと入ってまお」

「あ、あなたはあとです!」

「ほいほい。分かった分かった」

「え?一緒に入らないのか?」

「あかんみたいやな」

「えぇーっ!」

「いちおう護衛なんですから、ちゃんと見張っててください」

「任せとき」


そう言って、胸をドンと叩く。

…強すぎたのか、咳き込んでるけど。


「じゃあ、ルウェ。一緒に入ろっか」

「うん!」


荷物をお兄ちゃんに渡して、服を脱ぎ始める。


「ほれ、望も。荷物、預かるで」

「いいです。ていうか、ルウェのも返してください」

「用心深いなぁ」

「信用出来ないだけです」

「おんなじことやろ」

「違います」


そう言って、引ったくるようにして荷物を取り返す。

お兄ちゃんは、困ったように肩をすくめて。


「絶対に覗かないでくださいね」

「どうせ覗くんやったら、もっとバインバインの姉ちゃんにするわ」

「ふんっ!」


鈍い音が響いた。


「いったぁ!おい、弁慶の泣き所はないやろ…!くあぁ…!」

「ふん。さっさと向こうに行ってください」

「ホンマ、恐ろしい姉ちゃんやのぉ…」

「何か言いましたか?」

「なんもゆうてませーん」


そして、お兄ちゃんは逃げるように草むらの向こうへ行ってしまった。


「はぁ…」

「望、早く!」

「はいはい」


お兄ちゃんが完全に見えなくなると、望もスルスルと服を脱いでいく。


「ルウェ、先に行ってなよ。私もすぐ行くから」

「うん!」


最後に下着と草鞋を脱ぎ捨てて、温泉に入る。

…少し熱めかな。

でも、良い気持ち。


「………」

「………」


そして、目が合ってしまった。

…明日香と。


「明日香!」

「え?明日香?」

「………」

「明日香も温泉に入ってるんだぞ!」

「まあ、そりゃ狼も温泉に入りたいときはあるでしょ」

「明日香~」

「………」


明日香に近付くと、スイーッと泳いでいって、上がってしまった。

そして、パタパタと身体を震わせて水を飛ばす。


「わっ!明日香、冷たいんだぞ!」

「………」


水を飛ばしたあと、しばらく水面を見ていた明日香はいきなり大きく跳んで。


「わわっ!あはは、明日香~」

「ワゥ」


盛大に水飛沫を上げながら、温泉に飛び込んできた。


「お待たせ~」

「やっ!」

「うわっ!ルウェ~」

「あはは」


やっと来た望に水を掛ける。

すると、望も返してくる。

そうして、三人で水の掛け合いっこなんかして。

村のお風呂でこんなに遊ぶと、必ず姉さまに怒られたけど。

でも、今日は良いよね。

なんだか嬉しいんだもん。

今度は葛葉と一緒に来たいな。


「はぁ~、遊んだ遊んだ。じゃあ、上がろっか」

「うん!」


端まで泳いでいく。

上がってすぐに、明日香がやってたように身体を震わせて。


「ルウェ。ちゃんと拭きなさい」

「うん」


と、手拭いを渡そうとする望の手が止まる。


「……?どうしたの?」

「ルウェって…女の子だったの…?」

「うん」

「えぇーっ!ずっと男の子だと思ってた!」

「むぅ…。よく言われるんだぞ…」

「ご、ごめん…」

「…別に良いんだぞ。自分は自分だもん。男でも女でも。それは変わらない」

「…そうだね。でも、ごめんね」

「うん」

「よし。じゃあ、冷えないうちに身体を吹こう」

「うん!」


髪の毛は望が拭いてくれて。

…自分で拭いたときより、ふんわり仕上がったような気がする。



次はお兄ちゃんの番。

お兄ちゃんの背負い袋の中には、いろんなものが入っていて。


「これ、何?」

「何かの薬でしょ。危ないから、その荷物、触らないで」

「なんで望は、お兄ちゃんのこと、嫌いなんだ?」

「嫌いってわけじゃないけど…」


櫛が止まる。

後ろを振り向くと、望は少し考えているようだった。


「望?」

「え?あ、うん。ごめんね。それにしても、ルウェの髪って変わってるよね」

「何が?」

「青い毛が混じってる」

「うん。混じってる」

「ふふ、綺麗だね」

「ありがと、なんだぞ」

「この髪、いつから伸ばしてるの?」

「分かんない」

「へぇ~。長さは揃えてるんだよね」

「うん。葛葉が切ってくれるんだ。男と間違われないようにって、先を揃えるくらいだけど」

「…ごめんね」

「あっ、そういう意味じゃないんだぞ」

「分かってるよ。でも、私もなんで男の子だと思ったんだろ。こんなに長いのにね…」


スーッと櫛を通す。

姉さまや葛葉も、よく鋤いてくれたな…。

また今度、やってもらおう。


「鼈甲の櫛はいかがでしたかな?」

「あれ?上がってきたんですか。溺れたかと思ってたのに」

「残念やったな。この通りピンピンしてます~」

「過ぎたことは仕方ないです。それよりこれ、模造品じゃないんですか?」

「ちゃうちゃう。本物や」

「ふぅん…」

「なんや。信用ならんっちゅー目やの」

「はい」

「ねぇねぇ、ベッコウって何?」

「亀の甲羅や。綺麗やろ」

「うん。すごく綺麗」

「…あげよか?」

「え?良いのか?」

「ダメ!そんな高価なもの貰っちゃ!」

「ええやん。模造品やし」

「うぐっ…」

「オレはどうせ使わんしな。また望に鋤いてもらえ。せっかく綺麗な髪なんやし」

「うん!ありがと!」


ベッコウの櫛…。

えへへ。

お兄ちゃんに、綺麗な髪って褒めてもらったんだぞ。

…記念として、この櫛を。

大切にするんだ。

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