12
「うん、ありがと。でも、いいよ」
「ゥルル…」
「ふふ、そうだね」
「ギャオー、ギャオー」
「また来るよ。次は私より大きくなってるのかな」
「キュウ…」
「うん。じゃあ、またね」
「きっと、また会えるんだぞ」
「ゥルル…」
そう言って、親龍は額をお腹に擦りつけてきて。
…親愛の証。
セトに教えてもらった。
龍の、最高の愛情表現。
「うん…。ありがとう、なんだぞ…」
「………」
親龍の鱗がちな額に、自分の額を合わせる。
また必ず会えるようにと、願いを込めて。
「…よし、行こっか」
「うん!」
龍の親子に精一杯手を振りながら、元いた道へと戻る。
草に隠れて姿が見えなくなってしまったあとも、旅立ちを祝う唄は聴こえていた。
勇ましい詞とは裏腹に、優しく包み込むような唄声で。
「また会えるよね」
「うん。必ず」
「ワゥ」
「あれ?明日香。どこにいたの?」
「………」
「ふふふ。妬いちゃって~」
「………」
「あ、怒った?怒ってるよね?」
「明日香は怒りん坊なんだぞ」
「………」
そしてそのまま、ツンとして先に行ってしまった。
「ふふふ。でも、明日香も楽しかったはずだよ。子龍たちと遊べて」
「え?そうなのか?」
「うん。陰でこっそりとね。ホント、素直じゃないよね」
「うん。それは思うんだぞ」
頷いたところで草むらは終わり、座り込んで大きな欠伸をしている明日香がいた。
「お待たせ、明日香。行こっか」
「………」
「いつまでも拗ねてないの」
「………」
ため息をひとつ。
そして、諦めたように立ち上がる。
「さあ、頂上まで一気に行くよ~!」
「おぉーっ!」「ワゥ!」
龍の親子が唄っていた祝いの唄を口ずさみながら。
頂上へ向かって、進んでいく。
葉っぱの隙間から入ってくる太陽の光を鏡で反射させて遊んでいると
「眩しっ!なんや!?」
「あ」
聞いたことのある声が聞こえた。
「さっきのお兄ちゃん!」
「おぉ、坊主に小娘」
「…足はもう大丈夫なんですか?」
「ん?あぁ、思ったより大したことなかった」
地面を力強く蹴ってみせる。
うん、本当に大丈夫そう。
「へぇ~。それで、もう一人は?」
「ユールオの方に帰ったわ。向こうはだいぶ酷かったからな」
「そうですか」
「お兄ちゃんは、どこに行くんだ?」
「ヤクゥルからヤマトやな。自分らもそうちゃうん?方向からして」
「そうですけど」
「なんや冷たいなぁ。小娘は」
「追い剥ぎをするような人に、温かく接する理由がないですし。それに、私は小娘なんて名前じゃないですから」
「じゃあ、名前教えてくれよ」
「嫌です」
「それやったら、小娘って呼ぶしかないやろ」
「望は、望って名前なんだぞ!」
「へぇ~。望か~」
「気安く呼ばないでください」
「それで、坊主は?」
「自分は、ルウェって名前なんだぞ!」
「ルウェか。ム、エク、ルウェ…やな。ええ名前や」
「うん!」
お兄ちゃんに、また頭を撫でてもらった。
それがなんだか嬉しくて、お兄ちゃんに抱き付いた。
「こらっ、ルウェ!危ないよ!」
「……?危ない?」
「へへ、相当嫌われたみたいやな」
「当たり前です!」
ギロリと睨む望の後ろで、明日香は暇そうに欠伸をしていて。
「ところで、自分ら。護衛はいらんか?」
「いりません」
「即答かい!」
「あなたも良く知ってるように、私たちには頼りになって信用の置ける相棒がいますから」
「あぁ。後ろで寝てる狼か」
「え?」
後ろを振り返って初めて、明日香が寝ていることに気付いた望。
「明日香!この人、追い払ってよ!」
「………」
「明日香!」
「………」
お兄ちゃんをチラリと横目で見て、退屈そうにため息をつく。
そして、また目を瞑ってしまった。
「ははは。なかなかええ相棒やな。漫才やってみたらどうや」
「もう!明日香!」
「………」
「え…?」
「………」
「ちょっと、明日香!どういう意味なの!?」
「あとは望だけ、ゆうこっちゃな」
「でも、そんな…って、あれ?明日香の言ってること、分かるんですか?」
「さあな。雇ってくれたら教えたるわ」
「えぇっ!?ずるい!」
「ムカラゥ出身やしな」
「ムカラゥ?」
「損得勘定させたら世界一。そこの人間は全員、算盤握って生まれてくるっちゅー国や」
「ふぅん…」
よく分からないけど。
すごい国だってことは分かった。
「さあさあ。護衛はいかが?」
「はぁ…。いくらですか」
「せやなぁ。ヤマトまで…これでどうや」
「…え?」
「なんや。値切り交渉は受けんぞ」
「いや…値切るも何も、破格じゃないですか」
「はは、友達割引や」
「…友達になった覚えはないですけど」
「ルウェと、や」
「そうですか」
お兄ちゃんと自分が友達…。
なんだか、ほっこり嬉しかった。
「で、契約成立か?」
「…ただし、前を歩いてください」
「はいはい。信用ならんっちゅーこっちゃ」
「良くお分かりで」
「ふむ。それで、さっきのやけど、オレは明日香のゆうてることは分からん。望の反応から予想して、カマ掛けしただけや」
「なぁんだ…」
「ねぇねぇ。お兄ちゃんも、付いてくるのか?」
「ああ。少なくともヤマトまでな」
「ヤマトが最大です」
「はいはい。分かってます分かってます」
「………」
「あとな、オレらが追い剥ぎやってたんは、三人目に雇われてたから。大金でな。相方が金に目が眩みよったんや。こういう護衛が本来の仕事」
「ふぅん」
「信じるのも信じんのも、自分らの自由やけどな。あんまりツンケンされるのも嫌やし」
「自分は信じるんだぞ!」
「ほうか。おおきにな」
「…おおきに?」
「ありがとうって意味やな。ムカラゥではおおきにゆうねん」
「へぇ~」
「私は信じないですから」
「お好きにどうぞ」
「………」
望は、お兄ちゃん相手だと調子が狂うようだった。
ムッとした顔をして、そっぽを向いてしまった。
「よっしゃ、行こ行こ。ヤクゥルの前に寄らなあかんとこもあるしな」
「え?どこ?」
「めっちゃええとこ」
めっちゃええとこ…。
よく分からないけど、すごくワクワクするんだぞ。
どこに行くんでしょうか。
護衛が付いて、より安全な旅路に…なればいいですね。