第二稿 AIしてる
「雪月は何か飲むか?」
僕はインスタントコーヒーとマグカップを取り出しながら、窓際で本を読んでいる雪月に話しかけた。
「玉露」
「相変わらず渋いチョイスだな」
雪月はなんとなくスタバでフラペチーノってそうなのにな。
僕は急須に玉露の葉を入れて電気ケトルからお湯を注いだ。玉露の香ばしい香りが部室内にふわりと広がる。
次に僕は棚から猫の絵が描いてある可愛い湯呑みを取り出した。雪月のマイ湯呑みだ。僕はその湯呑みにお茶を注ぎ入れ、雪月の前に差し出した。
「はい、玉露おまちぃ」
「悪いね大将」
雪月は長机に置いた湯呑みを手に取って中を覗き込んだ。
「お?」
「どうした?」
「茶柱が」
「ん? 茶柱が立ってるのか? 縁起がいいな」
「勃ってる」
「縁起でもない言い方はやめなさい」
雪月の顔を見ると、口に手を当てて不敵な笑みを作っていた。
「むふっ、コンはどんなこと想像したのかな~?」
「雪月おじさん、いい加減にしないとセクハラで訴えるよ?」
「え〜」
「雪月の見た目とのギャップで風邪ひきそうだよ……」
僕はゲンナリとしながら、自分のマグカップにコーヒーを淹れて一口飲んだ。苦い。
雪月はお茶が熱いのか、ふーふーと口を尖らせてお茶を冷ましている。雪月はそんな愛嬌のある仕草も絵になってしまう美少女だ。とてもさっきまで下ネタを言ってたとは思えない。
雪月は一口お茶を飲むと、なんだか物足りなそうに首を傾げた。
「何かお茶請けはないの?」
「んー? そうだな。先生が何かストックしてるかもな」
僕は文芸部の顧問が色々と隠している戸棚を物色してみた。すると、棚の奥に羊羹を一竿発見した。
「お、羊羹があるぞ」
「羊羹かあ…………しょっぱい系がいいな」
「ワガママなお姫様だなあ」
戸棚の中にはそれらしきものが見当たらなかったので、僕は冷蔵庫の中を確認してみた。すると、なぜか冷凍室の中にポテトチップスを一袋発見した。
「ポテチがあった」
「いいじゃないか……」
満足そうに頷いている雪月を横目に、僕はポテチの袋を開けて机の上に置いた。
「でもなんで冷凍室に入れてあったんだろう? 先生が入れたのかな?」
「どーだろーねー」
雪月はどうでもよさげにポテチを一つ口の中へと放り込んだ。その瞬間、電撃が走ったかのように雪月はカッ! と目を見開いた。
「こ、これは!?」
「ど、どうした?」
「冷たくて美味しい……」
「ええ……本当か……?」
訝しげにしながら僕もポテチを一枚摘んで口へと運んでみた。
「っ! ホントだ! なんかさっぱりしてて美味い気がする!」
「でしょ? これは発見だよ」
「そうだな。ポテチを冷やすという発想が新しいな」
「これを記事にすればピュリッツァー賞取れるかも」
「そこまで凄くはないだろ」
僕と雪月はキンキンに冷えたポテチを次々と口に運んでいった。
「まさか、ポテチを冷やすとこんなに美味いとは……ネットとかに書いてあるのかな?」
「さあ? 私は聞いたことないよ」
「そうだよな。調べてみようかな」
「ニャッピーに聞いてみたら?」
「ああ、ニャットGPTってやつか」
僕はコーヒーを一口飲んだ後、ノートパソコンの蓋を開いてブラウザを立ち上げた。
ニャッピーとは、今流行りの生成AIのことだ。聞けばなんでも答えてくれるが、結構嘘も言うので使い方には注意が必要だ。
「お、ニャッピーもポテチを冷やすと口当たりがさっぱりするって言ってるぞ」
「おお〜やっぱりそうなんだ」
AIはこんなどうでもいいことにも文句も言わずにちゃんと答えてくれる。健気なやつだ。
「AIと言えば、雪月はAIが書いた小説って読んだことあるか?」
「AIの小説?」
「AIが題材の小説じゃなくて、生成AIに書かせた小説だよ」
「ああそっち。前にいくつか読んだことあるよ」
「どう思った?」
「んー、そうだなあ」
雪月は顎に手を当てて天井を見上げた。黙っている雪月はまるで百合の花のようだ。喋るとたんぽぽになるけど。
「正直、ぱっと見は人間が書いてあるのと見分けがつかない」
「やっぱりそうなんだ?」
「でも、なんか固いというか、文章が機械的に感じちゃう」
「機械が書いてるようなものだしな」
僕はなるほどと頷いた。でもAIを機械というと、タブレットもパソコンと言うみたいでちょっとやだな。
「まあAIが書いてるって知ってたからそう感じたのかもしれないけど」
「それもあるか。僕も事前情報があると感想がそれに引っ張られがちなんだよな」
「あと、文章にいい意味でのクセのようなものが感じられなかったかな」
「クセ?」
僕は雪月の言葉をそのままオウム返しした。
「そう、表現とか言い回しとか、その作者特有の文体のクセっていうのがあるじゃん? それが感じられなかった」
「そうなの? AI特有のクセがあるものじゃないのか?」
「うん、AIはやっぱり最大公約数的な文章なんだよね。無色透明というか、なんかそんな感じ」
「なるほど。雪月は特徴を掴むのが上手いな」
「ふふん。小説のことなら任せてよ」
雪月は形のいい胸を張ってドヤっている。僕はなんとなく雪月から目を逸らした。
「そうなると、AIは全く新しい表現とかが作れないってことなのかな」
「そうなんじゃない? 少なくとも今は」
「新しい慣用句とかも作れないのかあ」
「新しい慣用句……冷えたポテチとか」
謎の言葉に僕の頭にはてなまーくが浮かんだ。
「なにそれ? 冷めたピザみたいなこと?」
「いや、予想外な効果が得られるっていう意味だよ」
雪月がドヤ顔でこっちを向いた。獲物を獲ってきた猫みたいな顔だ。
「今作った慣用句かよ。まあ、冷えたポテチは予想外に美味しかったけれども」
「もしかしたら今年の新語として本に載るかも」
「でもそれ、僕たちにしか伝わらないでしょ」
「これからバズらせるのよ。インスタに上げてみようかな」
「なかなか野心的だな……」
まあ世の中なにがバズるか分からんからな。ていうかインスタやってるんだな。僕はやってないけど。
「あ、茶柱が勃つ、も流行るかも」
「それは絶対流行らないで欲しい」
「いやいや、若者の間で爆発的に使われるようになるかもよ?」
スタバで女子高生が「茶柱が勃ってんじゃーん」みたいなこと話してたら嫌すぎる。
「これもインスタに上げて……」
「絶対上げるなよ! アカウント消されるぞ!」
「えー」
こいつ本気で上げようとしてたな。今までも変なの上げてないだろうな……。
「ちぇ〜。でもなんで急にAI? コンはAIで小説書こうとしてるの?」
「いや、そういう意図は無いよ。ただどんなもんか気になっただけだよ」
「そっか」
「執筆活動は自分で考えて一つの作品を書き上げる作業が楽しいんだ。AIに書かせたら、一番楽しいところが無くなっちゃうよ」
「そういうもんなんだ」
「でも、AIに僕の作品を批評してもらうのはアリかな」
「え、なんで!?」
雪月は机の上に両手をついて食ってかかってきた。なんだ? なにをそんなに焦ってるんだ?
「いや、データに基づいたデジタルな意見も聞いてみたいんだよ。AIがどういう意見を出してくるのか単純に興味があるんだよね」
「そんなことしなくても、優秀な批評家がいるじゃん」
「どこに?」
雪月は右手の親指でビシッと力強く自らを指差した。
「お前かよ」
「私がいつも忌憚のない意見を授けてるじゃないの」
「まあ、意見をくれるのはありがたいんだけどさ」
雪月の批評はいつも独特だから、あまり参考にならないんだよなあ。
「それに」
「それに?」
「私が最初に読みたい……」
「え?」
「コンの小説は、私が一番最初に読みたいの!」
窓から差し込んできた夕陽が僕たちを赤く染め上げ、柔らかな風が僕たちの間を吹き抜けていった。
「そ、そうなの? な、何で……?」
「私」
僕の喉がごくりと音を鳴らす。
「処女厨なの」
「少しでも期待した僕がバカだったよ」
がっくりと肩を落とした僕を見て、雪月がクスッと薄く笑った。
「でも、私の評価が良い作品は、ネットでも評判良いでしょ?」
「まあ、そうかもな」
実際、雪月が特に面白いと言った作品は、ウェブ投稿サイトでもコメントやいいねがたくさん付くのだ。僕は雪月マジックと呼んでいる。
「それこそアレだな」
「なに?」
「雪月の批評は冷たいポテチだな」
「は? なにそれ」
雪月がさっき食べたポテチのような冷たい目で僕を睨んだ。
「な、なんだよ! 雪月が作った慣用句だろ」
「私の批評は冷たくないし!」
「なんで怒るんだよ〜」
その後、僕が作品を書き上げて読ませるまで雪月のご機嫌はナナメだった。
なんなんだよ全く。相変わらず雪月は読み解けないな。




