第一稿 恋×数学=肉じゃが
「ねえ、あたまがすいたんだけど」
近くで本を読んでいた雪月涼花が突然口を開いた。
こいつはまたわけの分からないことを言い出した……。
「あたま? おなかじゃなくて?」
「そう、あたま」
「あたまが禿げてきたってこと?」
「うら若き乙女がハゲるわけないでしょ。コンが書いた小説を読ませてってこと」
コンとは僕のあだ名だ。僕の苗字が伏見なので、伏見→稲荷→狐らしい。
ちなみに雪月からしかそう呼ばれていない。相変わらず彼女の思考は独特すぎて解読が難しい。
「いや、さっきまで本読んでたでしょ」
「これはプロが書いた本じゃん。えってぃな動画でも、素人モノが見たくなる時もあるでしょ?」
「居酒屋のおっさんみたいな事言うのやめてよ」
雪月はこういう下品なことを平気で言うんだよなあ。
黙っていれば校内で1,2を争うほどの美人だというのに、神様は意地悪だなあ。
「まだ新しいお話できないの? 今回は時間かかってるんだね」
「ごめん、ちょっと行き詰まっててさ」
僕はさっきから1文字もタイピングされていないノートパソコンを一瞥する。
ちょっと詰まるとなかなか進まないのが小説の執筆と高速道路なのだ。
「今度はどういう話、書いてるの?」
「数学者が詩人に恋をする話だよ」
「えー、数学はキライ」
「そんなこと言われてもな……計算苦手なの?」
「んー、数学はなんか数字がイキってるからキライ」
数字が……? アラビア数字がオラついてるのを想像してみたけれど無理だった。
「ごめん、わからない」
「わからんか、このフィーリングが」
なんか言い方がムカついた。
「もっと具体的に言ってくれるか?」
「うーん、例えば、サザンガキュウとかちょっとかっこつけてるでしょ」
「いやサザンクロスみたいにいうなよ。ただ語呂がよかっただけだよ、きっと」
「じゃあ燦々と輝く九! とかでもいいじゃん」
「それはそれでイキってるだろ」
あとそれは数学じゃなくて算数だ。
「で、なんで行き詰まってるの?」
「主人公がヒロインに告白する時のセリフが思いつかなくてさ」
「ほほう、告白」
雪月が顎に手を当てて興味ありげに目を細めた。
「僕、告白とかしたことないからさ、いい案が出てこないんだよ」
「コンは恋を知らないモンスターなのかあ」
「恋くらい知ってらあ!」
「急に生意気になった」
僕はパソコンから雪月の方へ向き直って、ひとつ咳払いをした。
「僕の初恋は幼稚園の時だ」
「急に語り始めるじゃん」
「その時の担任の先生が大好きだったんだ」
「それは恋なのですか?」
「こ、恋ですぅ!」
僕の初恋を否定するなんて失礼なやつだな!
「ふーん。どんな先生だったの?」
「そうだな……優しくて、メガネが似合う素朴な人だったな」
あのメガネ、今思い出しても素敵だったな……。
「素朴……肉じゃがみたいな人ってこと?」
「に、肉じゃが? う、うーん」
肉じゃがって素朴か? まあ一般家庭の料理ではあるが。やっぱり雪月の感性はよくわからん。
「なんというか特別ではなくて身近にいるアイドルみたいな感じかな?」
「なるほど。コンは肉じゃがが好き……」
「ちゃんと僕の話聞いてる?」
まあ肉じゃがは好きだけれども。
「そう言うなら、雪月はどんな人が好きなんだよ」
「ん? そうだなあ、かわいくて~」
かわいい系が好きなのか、意外だ。
「もふもふで~」
毛むくじゃらなやつが好きなのか? ニッチな好みだな……。
「かわいい声でにゃあにゃあとよく鳴く子が好き」
「猫みたいな人なんだな」
「猫だよ」
人間の好みを聞いたんだけれど、好きな動物を聞いたことになっていた。
「じゃあ、猫みたいに気まぐれな人が好きってことなのか?」
「気まぐれな人は見ててイライラするからヤダ」
「なんなんだよお前は……」
僕は盛大なため息を吐いた。自分は猫みたいに気まぐれなクセに……。
「それより告白だよ。雪月は告白とかよくされるんじゃないのか?」
「まあ、そこはかとなくは」
たぶん使い方間違ってるな。
「じゃあ今までで一番インパクトのある告白はどんなのだった?」
「そうだなあ」
雪月が過去の記憶を手繰るように目を伏せた。こいつまつ毛なっがいな……。
「三点倒立しながら告白してきた人ならいたかな」
「それはアグレッシブなやつだな」
なんとなく黒タイツ履いてそうなイメージが湧いてきた。
「ちなみに、その時はどう返事したんだ?」
「その人が限界ギリギリになるまでたっぷり待ってから、ごめんなさいって言った」
「人の心とか無いんか?」
「どこまで耐えられるのか気になっちゃって」
雪月がえへへと照れ笑いをした。天使のような悪魔の笑顔だ。
「じゃあ質問を変えよう。雪月はどういう告白なら受け入れてもいいと思えるんだ?」
「えー、告白のやり方で気持ちが変わるかなあ?」
「いや、心を揺さぶられるような告白されたら、ちょっとは可能性上がるでしょ」
僕の意見を聞いて、雪月がアゴに手を当てて考える素振りを見せる。
「うーん、やっぱりどういう人が告白するかによるから、イメージ湧かない」
「人ねえ……」
まあ雪月の言うことにも一理あるか。
「そうだな、じゃあ例えば、僕が雪月に告白したとすると、どういう告白されたい?」
「こ、コンが? すごい身を切って質問してくるじゃん」
「小説を書けるのならば、僕の身体なんて安いものさ」
僕は文学に命を捧げる所存なのだ。
「そ、そうだな……」
雪月が僕から顔を逸らして考え込んだ。ん? なんかちょっと雪月の顔が赤い気がする。確かにちょっと暑いな。部室のエアコン、古いから効きが悪くなっているのかもしれないな。
「急に不意打ちで告白されると、ちょっとグッとくる……かも?」
「なるほど、不意打ちか。具体的にどういうセリフがいいとかあるか?」
「そこまで聞くの!? う、うーん……」
僕はワクワクしながら雪月の返答を待った。
「おまえの肉じゃがが食べたい、とか」
「そんなに肉じゃがが好きなの?」
「た、例えばの話だよ」
「なんかちょっと分かりづらくないか?」
「もううっさい! あとは自分で考えろ!」
そう言うと雪月は後ろを向いてしまった。怒っちゃったかな。
「ごめんごめん、貴重な意見ありがとう。参考にさせてもらうよ」
「ふん」
雪月は後ろを向いたまま、さっきまで読んでいた本を開いた。
やれやれ、早く書き上げて読ませてあげれば機嫌も直るだろう。
僕はノートパソコンに向き直ってキーボードを叩き始めた。
「できた!」
僕はエンターキーをッターン! と勢いよく叩いた。これは会心の出来だ!
「雪月のアドバイスもあって結構良いのが書けたぞ!」
「ほんと? 読ませて」
僕はノートパソコンを雪月の方へと向けた。
雪月がマウスのホイールをゆっくりと回しながら読み始める。
(自分の作品を目の前で読まれるのって、毎回ドキドキするなあ)
しばらく待っていると、雪月がノートパソコンから顔を上げて腕組みをした。
「うーん」
「いかがでしたか? 先生」
「最後の告白」
「告白」
雪月のアドバイスを得て考えた主人公の告白セリフだ。
「君の心の虚数を解かせてくれ」
「いいだろ? 肉じゃが食べたいっていうのを、数学っぽく虚数を解きたいっていうのに変えてみたんだ!」
「iと愛をかけたの?」
「お気づきになられましたか。おしゃれでしょ?」
「イキってんなあ」
「そ、そんなことないよ!」
ダメか。自信あったんだけどなあ。もう一度考え直してみるか。うーん、そうだなあ。
「雪月」
「なに?」
「僕の虚数を受け取ってくれ」
僕は雪月の顔を真っ直ぐに見てキメ顔で言った。
「ッ!?」
雪月は驚いた顔をした後、何かを我慢するみたいに下を向いてしまった。
「どうかな? でも、ちょっとストレート過ぎて雪月の好みじゃあないか」
「……べつにキライじゃない」
「え? なんて?」
声が小さくてなんて言っているのか聞き取れなかった。
「もう! 今日はおしまい!」
そう言うと、雪月は鞄に本を仕舞いはじめた。
「肉じゃが食べて帰ろ」
雪月はそう言いながら部室を出て行ってしまった。
「雪月! ちょっと待ってよ! 僕も帰るから!」
僕は慌ててノートパソコンを仕舞い、雪月の後を追いかけた。
なんなんだ急に。やっぱり雪月の心を読み解くのは難しいなあ。




