悲惨な国民兵
国民兵とは言っても、彼等を戦力として期待する事は難しく、せいぜい前線に出て有力兵士を支援する、弾除けか後方支援位が彼等の持ち場となっていた。
最も、一人でも多くの兵士を大本営は欲していた訳で、国民兵が使い所のないものだと言う事くらい百も承知だった。
それでも戦況の悪化によって、国民兵を投入しなければならないような事態に陥ってしまったのは、当然のものであった。
だからと言って、さじを投げて降参するような事が出来なかったから、日本軍は玉砕や特攻隊と言った絶望的な戦いに、身を投じる事が出来た。
国民兵も年齢は高いが、階級通りに扱わられる。国民兵にしてみれば、親子程年の差のある若い上官から命令されるのは、御世辞にも気持ちの良いものではなかった。
だが、軍隊とはそういう所なのてある。国民兵の多くは、家庭をもった普通の男たちである。少年兵のような家庭を持っていない若い将兵達よりも、死んでたまるかという気持ちは人一倍強かったであろう。
だが、国民兵の多くは生きて帰る事が出来なかった。投入された時期も悪かったが、促成栽培の短気養成では、やはり戦場においては、未熟さが露呈してしまう。
アメリカ兵から見れば、国民兵だろうが士官や将兵だろうが関係ない。日本兵であり、killモアジャップの標的である。
戦力に勝るアメリカ兵にとって、国民兵は虎に追われたウサギも同じ事である。
実際には、国民兵が投入されたからと言って大きな戦況の変化はなかった。それどころか、犠牲者を無駄に増やす結果になってしまったのは、皮肉を通り越して悲惨である。
国民兵の投入は、残念ながら、全くの無意味であった。というよりも、無益と言った方が正しいのかもしれない。




