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ラミアの森  作者: 林育造
最終章
37/44

紙と言うのは要するに、植物の繊維をのりで繋ぎ、薄く延ばした状態にしたものである。このつなぎは、植物由来の物、海藻由来の物、でんぷんのりなどが使われる。試しに手近な紙に、ヨウ素ヨードカリウム水溶液またはヨウ素を含むうがい薬を垂らしてみると、紫色に染まる。染まらないのは、濾紙などつなぎを使わない一部の紙だけである。

紙に適しているような繊維がしっかりした植物を刻むのと、漉くときの枠を作るのが意外に難しかったが、せっかくの海藻をふのりとして使いそれらしいものはできた。エッチングまでは可能だったが、プレスをする手段が不安だったので木版画に相当する方法でダッケンの顔を刷ってみた。

最初の印刷物があの顔と言うのは嫌だったが。


果たしてダッケンがママサに来るのかどうかは分からないが、何を考えているのかわからない奴に街をうろつかれるのは治安上を始め問題が多い。顔を刷った手配書を街の主要な場所やダッケンが立ち寄りそうなところに貼って注意を促しておけば、もしやってきても早めに捕捉できるだろう。

問題は、どこに貼っておくかだが……。市場は確実として、宿、娼館あたりか。野宿していると厄介だが、人間、飲まず食わずではいられない。公共の水場と言うのはいくつか井戸があるだけなのでその周辺も押さえておこう。あと、あいつはピンナンを噛んでいたから、ピンナン売場にも渡しておいた方が良い。


ピンナンというのは、ヤシの仲間の実を石灰と共にヒハツモドキの葉でくるんだもので、タバコがないこちらでの嗜好品である。噛み始めは石灰のため苦いのだが、実の成分が出てくるようになると爽快感がある。ただ、こうなった時の液体を飲み込むと腹に来るので、最後の粕とともに吐き捨てる人が多い。色が真っ赤なので血を吐いたように見えてちょっとびっくりする。


なお、このピンナンは、他の用途もある。ハッピーが森に連れ帰ったという迷子の親の様子を見に行った時のことだ。ラミア族にもイノシシを卸しているので、もしそれが原因だったら大問題である。

「こんにちは。キャレさん、大丈夫ですか」

「……あぁ、薬師の先生。今は大丈夫ですが、この前は夜にお腹が痛くなって、気持ち悪いわ痛いわでひどい目にあいました」

「何か変な物、というか心当たりがあるもの食べましたか」

「んー、皆と同じものしか食べてないと思う。だいたいルネ(その子)が何ともないんだし」

それはそうだ。親が異常をきたすほど変な物であれば、同時に食べている子どもも同じかもっとひどいことになっているだろう。

「キャレさんとルネちゃんで違うものを食べたことは?」

「その子が普通に物を食べるようになってからは、同じものしか食べてないと思う」


だとすると、原因は食べ物由来ではないか、ずっと前に食べたものである。状況から、キャレさんは寄生虫症が疑われた。

そこで、ピンナンに使われる実をすり潰して与えてみた。これは駆虫薬としても使用でき、イノシシ肉による条虫感染が原因だとすると効き目はないが、回虫、蟯虫の類であれば効果が出るはずだ。

予想通り、糞の中にそれらしいものが見いだされた。動物の健康チェックで糞を見るのは基本なので、慣れっこだったのが役に立ったと思う。

2、3回ピンナンを処方したところ、キャレさんはほぼ元気になった。ルネちゃんはもう迷子にならなくて済むだろう。ちなみに、代金は貰っていない。ママサの防衛ラインの一環として橋からの道が森の前を通っており、その見返りとしてラミア族の治療は無料ですることが評議会で認められていた。


「あったー」

「本当に来たか」

ハッピーが番号札のついたリボン状のひもを持って来た。

これは、ピンナン売場に渡しておいたものだ。ダッケンが立ち寄ったことを通報してもらうのに、売り場を留守にするわけにもいかないし、買った後すぐに売り子が店を出れば何か対応しているのが分かってしまう恐れがある。そのため、売り場ごとに異なる番号札を付けたひもを、ダッケンが来た時に屋根に投げあげてくれるように頼んでおいたのだ。

もし屋根にひもが載っていれば、上空から警戒しているハルピュイアが見つけて持って来てくれるしくみである。どこで見つけたのか聞き出すのは大変なので、売り場や井戸の監視ごとに異なる番号を振っておいた。

ダッケンがピンナンを購入した周辺の警戒を強め、様子を見る。近くに拠点を作ったのならまた同じ店でピンナンを買うだろうし、別の目的でママサをうろつくなら、次は異なる場所で発見されるだろう。

嗜好品であるピンナンには習慣性があるらしく、ダッケンは次の日も同じ店で購入した。近くに拠点を定めたようだ。またすぐに買いに来ると予想されたのでママサ兵が店の周りに配備された。

次の日、ピンナンを買いに来たところを発見され、意外に素早い身のこなしで一旦は逃げだした。しかし、どうやって聞きつけたのか棍棒や角材を持ったマナド組がやってくると挟み撃ちの形となり、兵の方に向かって来て捕縛された。確かに、顔に模様のある連中が棍棒を持っていればかなり恐ろしげだ。それなりに恨みのあるダッケンを合法的にボコることができなかったマナド組は「ちっ」と舌打ちをしていたらしい。


作業中の転落事故が原因とはいえ、強制労働中の失踪は脱走と同じで重罪である。兵から逃げようとしたのだから、本人もそのあたりは分かっていたのだろう。こちら(ママサ)で始末しても良いはずだが、一応マナド市民なので送り返すのが正しい対応である。

しかし、こんな奴を移送するのに往復1ヶ月かけて人を派遣するのも大変だ。

「要る?」

「えー、要らない」

「要らない」

「不味そう」

「したくない」

ラミア族には引き取りを拒否された。マナド組に渡すとそのあとが面倒なので、仕方なくハルピュイア通信でマナドに連絡し、筏に乗せて川を流すことにした。10日分ほどの食糧は必要だが、誰かが移送をするより安上がりだ。


その後マナドから、なぜか回収できなかったとの報告が来た。マーフォークは魚食だから、サメの餌にでもなっただろう。

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