③
ハッピーは俺の店に住んでいたのだが、カルボさんのように日常的に猟に連れて行くわけでもなく普段は放ったらかしなので、一つ問題があった。
ハッピーは鍵の開け閉めができないのだ。
器用に結び目をほどいたりできるのは知っていたわけだから、あるいはと思ったが無理らしい。ということは、ハッピーだけを残して外出すると、ハッピーは外に出たくても出られないか、戸か窓を開けっぱなしで出ていくことになるわけだ。
泥棒が横行しているわけではないが、酒が置いてあるからなぁ。
そういう意味で、ハッピーが自前の巣を確保することは正しいのだが……。
なぜ電柱の上?
そう思って聞くと、
「き、すくないー」
だそうである。元の家は森の上流、マリリ川の川沿いに有ったらしいが、一応活動拠点である俺の所の近くに家を作りなおそうと思ったらしい。
ところが、適当な木がなかったと。
確かに、ママサのティンギ側は高い木もそこそこあるが、荒野側は木そのものが少ない。その少ない木は、ほとんどにハルピュイアの家が作られている。
まだ家がないところは、よほど枝振りが悪いか、アリの巣だらけなのかどちらかだ。
安定した高い場所というのは貴重らしく、いつぞやのマナド監視用の櫓など使われなくなってほどなく、ハルピュイアの集会場と化したくらいだ。
子育てに適した高い木があるのは、かなりディンギ山脈に近いところとマリリ川沿いにしかない。その川沿いも、森になっているところはラミア族が住んでおり、ハルピュイアは子育てには使わない。
ラミア族も、小さな子どもや傷ついた個体はハルピュイアの餌になることがあるので、森の木にハルピュイアが家を造るのは避けなければならない。だから、ハルピュイアが森の木にとまっていると、威嚇で矢を射ったりして追い払うのである。矢に毒を塗ったりはしないが、それでも命中すれば危ない。
そのため、人間とラミア族ほどではないが、ハルピュイアとラミア族も、本来あまり仲が良くない、はずだ。
「なぁパフ、あいつこの前、森の木の上で寝てたよな」
「うん、迷子を連れてきてくれたんだよ」
はぐれたラミアの個体を森に連れて行ったらしい。
「ハルピュイアってそういうことをするものなのか?」
「普通はそのまま連れて行って餌だと思う、みんな脚の上に子どもを乗せて飛ぶのを初めて見たって言ってた」
「だいたいその子はどうして森から離れた所に行ったんだ?」
ラミア族は子育て中は森の中心近くにいるはずだ。
「その子のお母さんが夜に苦しみだして、助けを呼ぼうと森の中を彷徨った挙句に森の外に出てしまい、藪に入ってさらに迷ったらしいです」
確かに小さな個体はブッシュの中に入ってしまえば森の方角を見つけるのは難しそうだ。
どうもハッピーはうちの店にいるときにラミア族の来客に慣れてしまい、感覚がずれて行ってしまったらしい。本来のその種族が持つ特性を失わせてしまうとは、慣れと言うのは恐ろしいものである。
「そうか、それならいっそ引っ越して、屋根にハルピュイアたちが住めるような家を建てるか」
ちょうど牧場の拡張が一段落し、モーターがうまく作れず行き詰っていたころだったので、気分転換に牧場の横に引っ越すことにした。
ハルピュイアが上に住めるほどの高さとなると、レンガだけでは心許ないな。
そのころ、家の土台や壁に使われていたのはレンガと漆喰である。マナドの滞在時に4階建ての建物にいたが、あの高さの建物を作れるのは海沿いの都市ならではである。いっそセメントにしようかと思ったが、化学式は分かるものの凝灰岩や火山灰など見分けがつかない。スラグを使っても良いはずだが、スラグはマナドにしか存在しない。そんなものを運ぶくらいなら、軽い海藻を持ってくれば良いのだ。
どこかにそれらしいものがあるかもしれないと、手当たり次第にそのあたりの砂や土を混ぜて作ってみてもらったが、ちゃんと固まるセメントにはならなかった。結局、大量の海藻をマナドから運んでもらうことになった。海藻はマナド近くのマーフォークたちの主要交易品のはずだ。
片道15日、今回は注文を出すのはこちらからなので往復で1ヶ月である。しかも、4階建ての建物に使用する漆喰分の海藻を運ばなければならない。船で運ぼうにも、川を遡る船は喫水が浅く、重心が高くなるので多くの荷物を積むことができない。
空の荷車をマナドに持って行くだけなのはもったいないな。……気分は紀伊国屋文左衛門である。
さすがにミカンはなかったので、マナドになく、ママサ周辺で手に入れやすい運ぶのが苦にならない物を探す。少々悪乗りだったかもしれないが、結局ありったけのピペルを仕入れ、実演販売でもして来いと活けイノシシ1頭と共にマナドに向かう荷車に積み込んだ。
まぁ、なんだ。海藻の代金を入れても損はしない程度には売れた。
二度手間は避けたかったので海藻を多めに仕入れた結果、荷車1杯分ほどの海藻が余ってしまった。寒天にはならないようだったので、この大量の海藻をどうするかと考えていると、今回の運搬を頼んだマナド組の一人がぼそりと報告した。
「あ、そういえばダッケンが逃亡したらしいです」
「えっ、なんだって」
「港で荷揚げをしていた時に海に落ち、そのまま浮かんでこなかったので死んだと思われたらしいですが、近くの海岸で歩いているのを目撃されたようです」
「ほう、それはいかんな」
あんな危険物を野放しにするとは、マナドも困ったものだ。
まぁ、何かあっても責任はマナドにあるわけだが。
「よし、似顔絵入りの手配書を作ろう」
こうして、一気に紙作りと印刷に向けて動き出したのだった。




