八
朝起きて、ローザさんに泊めてもらったお礼を言うと、ヤークタさんが持っていたという刀を渡された。
「私達には使えませんし、家に人間の持ち物が置いてあると獲物に警戒されますから、これはルッツ先生が持っていてください」
相変わらずのお前たちはご飯だよ発言だが、気にならなくなっている。良くない傾向かもしれない。
「そうですか、それでは大切に使わせていただきます」
そう言って受け取ったが、武器に相当するものは普段持ちのナイフ以外、薬草採取のことを考えてナタを持ち歩くことが多い。この刀は鞘も見つからなかったので、しばらく使うことはないだろう。
パフに森の外まで送ってもらう途中、俺が流砂に呑み込まれた後の話を聞いた。
パフは俺が呑み込まれたあたりをしばらく見ていたが、いつまで経っても出てこないのでぎりぎりまで近づいて、追いかけようかどうしようか迷ったらしい。飲み込まれたあたりには人間の動きの反応がなく荷物も見えなかったので、埋もれているのではなく吸い込まれたのだと思い途方に暮れて森に戻った。他のラミアに何とか助けてもらおうと思ったのだが、そのころ森では大騒ぎだった。いやもう、俺のことなんか誰も気にするはずがない。
なにしろ、20人からの男が飢えた目をして、つまり獲物にするにはもってこいの状態でやって来たのだ。隊列を組んでいたのに次々とラミアたちの住処に誘い込まれていき、最後の方は争うように自ら入り込んで行ったという。
そして残った二人の狼男は、元来た道を逃げようとしてあっさり単なるご飯になったらしい。
パフはどちらのラミアたちにも助けを求める気になれず家に戻り、俺だから何とかするはずと信じることにして家で1日ボーっとしていたという。
「心配かけたね、ごめんね」
「……ううん、大丈夫だよ」
パフがラミア族でなければ、ここで抱き寄せて口づけの一つもするべきなのだろうが、本人もそろそろ危ないと言っていたので自重し、肩を抱くだけにしておく。パフはギュッと俺の腰に腕を回してしがみつき、見つめてくる。
さすが人間の男を騙すのに特化した容姿はかわいいなぁ。お兄さん、どうにかなりそうだよ。崖からの脱出のためにオスの強さを見せた俺に、怖いものは……おおっと危ない危ない。俺、今回の件が落ち着いたら、予約をキャンセルするんだった。
森の出口でパフに送られ、ママサに向かう。ほとんど空になっていた酒瓶に水を入れていると、見張りの人に肉を持っていくかと聞かれたので全力でお断りした。何の肉かさっき聞いたばかりだ。昼の間くらい、何も食わなくても大丈夫。
「はぁ、腹減った、暑い」
食糧なしの荒野越えは無謀だったかもしれない。直射日光が降り注ぐ中、荒野を進んで行く。そのとき、大きな鳥の影が地面を横切った。くっ、イーグルに狙われたか。急いで身を伏せると、
「ぴゅっつー」
そう言って、ハルピュイアが降り立ち、トコトコと寄って来た。俺の横まで来ると、顔を擦り付けてきた。
「あぁ、君だったか」
一晩、待っていてくれたらしい。こいつに食糧調達を頼むという方法は……だめだな、今そんな体力はない。
(『もうついてこなくていいよ』いかんな、これでは女を捨てるセリフだ)
「いろいろありがとう、気にしないでもう行っていいよ」
彼女は首を傾げていたが、しばらくすると飛び立ち、上空で旋回を始めた。歩き出しても、同じように頭上を旋回している。ずっとついてくるつもりらしい。
夕方になってようやくママサに着いた。街の様子を窺うが、マナド軍らしき兵は全く見当たらないようだ。街の通りを歩いて行くと、ハルピュイアは屋根の上をひょいひょいと跳ねるように飛びながら付いてくる。大きさと色は全く違うが、カラスの動きのようだ。
店には、当たり前かもしれないが誰もいない。
隠れ家の方に行くべきか。だが、その前に腹ごしらえだ。俺はカルボさんの所に転がり込んだ。
「カルボさ……カルボ師匠、何か食わせて下さい」
凄さがわかった以上、師匠と呼ばせてもらうのは吝かではない。
「よう、ルッツか、いろいろと大変だったらしいな」
師匠発言をスルーし、カルボさんは猟に行くときの携行食という、乾パンの様な焼いたものを出してくれた。水を飲みながら、がつがつと食べていく。
「そんなにあわてるなよ。ただ、ラミア族がお前の遭難を知らせに来たらしく、ヌェムが心配してたぞ。食べ終わったらさっさと無事を知らせに行ってやれ」
お礼を言ってカルボ師匠の所を辞し、崩壊した市場へ向かった。トンカン、カンカンと早くも2階建ての建物を建設中なので、本来の市場の営業は敷物を広げて路上で展開中である。そういえば、俺がこの街に来たころはこんな感じだった。ハルピュイアは足場の上にとまったところを、邪魔だと怒られている。
隠れ家の前まで来ると、家の前で突っ立ているヌェムが見えた。
「おーい」
その声に気付いたヌェムは、
「ルッツーッ」
と叫びながら走って来た。
「…………ルッツ、ルッツぅ……」
泣きながら、抱きついてくる。
「心配……グスッ、したんだからね……」
「ごめん、ちょっと洞窟に落ちたけど、何とか脱出してきたよ。で、マナドの兵は?」
今日は謝ってばかりだな。状況を見ると問題はなさそうだが兵の動向を聞いておく。
「……もう、……市場にいた兵は、ほとんど取り押さえられて、いま捕まってる。でも、半分は市場にいなくて、ルットを追いかけて行ったって……それでルッツが残りの兵に捕まったんじゃないかって心配してたら、今朝ラミア族が来て、砂に巻き込まれてルッツが行方不明だって言うから……ちょっと、聞いてる?」
「あっ、ハイ聞いてます」
「だいたいねぇ、怪我人の治療に行くのはいいわよ、だけど、せっかく変装してたのに正体がばれるって何よ。その後だって、どこにマナド兵がいるか考えもせずに家の方に行くってバカじゃない?ロクに食べ物も持たずに街から出て、どうするつもりだったの……」
ヌェムの説教は延々と続いた。心配してくれた裏返しなのだから、遮るわけにもいかない。そんなことをすれば、真剣にとらえていないとさらに話が長くなるだろう。途中で屋根の上のハルピュイアを見ると、呆れたような表情を見せ、飛び去って行った。
うん、弱いオスに見えたんだね。




