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ラミアの森  作者: 林育造
第2章
18/44

オオサンショウウオはじっとこちらを窺っている。ランプを動かすとそれにつれて頭の向きを変えるので、昆虫と異なり、眼が退化しているわけではなさそうだ。

ランプを持って静かに近づくと、威嚇するように少し口を開けた。鋭くとがった切れ味の良さそうな薄い歯が、口に並んでいるのが見えた。端の方が少し欠けている。あれに咬まれたらただでは済まないだろう。

もっとも、こいつの動きがオオサンショウウオと同じなら、無力化するのはそう難しくない。彼らは頭をあまり持ち上げられないし、前脚を必ず交互に踏み込むので、踏み込んだ脚の側から背中に乗って頭を押さえつければよいのだ。


ここで俺は迷った。闘うか、無視するか。見た所完全に動物形態で、これはウサギやイノシシと同じである。尻尾なんかうまそうだし、闘って勝たないと進めないし、そのときは食ってしまっても良いのではないだろうか。なにしろ、朝から魚2匹しか食ってないので腹ペコなのだ。一方この世界には意思の疎通ができる異種族も多いので、話が通じるかも知れない。話が通じるのに、闘って食ってしまうというのは気が引ける。


「えーっと、下流に行きたいんで通してくれる?」

結局、少し前かがみになってそのように話しかけてみた。俺は基本的には爬虫類(レプタイル)屋だが、両生類も嫌いじゃない。だいたい、この餌が乏しそうな環境でこれだけ大きくなるのに、何年もかかっているだろう。仲良くできるに越したことはないのだ。

すると、言葉がわかったのかオオサンショウウオはゆっくりと歩きだし、流れの中に入ると上流に向かって歩きながら去っていった。よっしゃ、悪いやつじゃなくて良かった。


種明かしをしておくと、言葉が通じたかどうかは知らないが、襲われる心配はしていなかった。びっしり並んだ薄い歯は、魚食性である証拠と言えるからである。もし、水の上(陸上)で他の動物を襲うような生態なら、肉や骨に咬みついても折れない、もっと太い丈夫な歯で、欠けたらすぐに生え変わるようになっているはずだからだ。危険を感じなければ、攻撃はしてこないだろう。


サンショウウオが去ったのと反対方向に向かうと、滝壺が広がって流れが淀み、池のようになったところに出た。見ると、眼が退化したらしい魚が泳いでいる。水深はそれなりにありそうで、中に入っていって魚を獲ることはできそうにない。歩いていた虫を水面に投げると近づいてきて咥え、ゆっくりと潜っていった。しかし、ランプで照らしても反応しない。光は見えておらず、虫が落ちて水面でもがく波を感知できるようだ。


試しに、水面を指で叩いてみた。すると、近づいてくるが指を突いたりはしない。掴もうとすると、するりと逃げて行った。あと少しで捕まえられそうなのが腹立たしい。

ふと思いついて、虫を潰して細く裂いた布にこすり付け、その布を水面に垂らしてみた。

すると、寄ってきた魚が布を咥えてぐいぐいと引っ張るではないか。そうっと手を入れ、難なく掴むことができた。針もつけない布で魚が釣れるとは、どんだけ平和に生きているんだこいつらは。

何度か繰り返して5匹ほど捕まえることができたので、段差をよじ登っておとなしくどいてくれたサンショウウオのいた所に魚を1匹置いておく。段差と魚ののんびりさ加減から見て、あいつはここまで下りてこれないのかもしれない。


と、目の前を何か通り過ぎた。よく見ると、コウモリが飛んでいる。外はそろそろ朝になって来たらしい。コウモリは下流から来るので、やはり下流方向に出口があることになる。さあ、腹ごしらえが終わったら脱出に向けて移動だ……と思ったのだが、腹ごしらえをしようにも魚を焼く手段が無い。淡水魚を生で食うほどの度胸はないし、洞窟の中には燃えそうな木も落ちていないから、加熱できるのは蒸留酒(アルコール)ランプだけで明らかに火力が足りない。


「ううっ、まずい」

小さくした魚の切り身に生理食塩水をかけ、ナイフに載せてランプの火で炙り、食うことにした。まずいが、これでも生の味付けなしよりマシだろう。

曲がりくねった洞窟を進む。時折、コウモリとぶつかりそうになるが、当然向こうが避けてくれる。狭くて少々通りにくいところもあったが、そんなに長くない距離を進んで行くと、明かりが見えた。ラッキー、出口だ。ここで転んだりしたらつまらない。最後はやや広くなって、水の流れが集まって出口へと流れ出して行っており……。


あまりラッキーではなかったようだ。


水は、出口の先でドウドウと滝になって落ちていた。

おそらくマリリ川本流の上流だろう。川岸が高さ30mくらいの崖になっており、その高さ20mくらいのところにぽっかりと穴が開いている。穴の前にテラス状に突き出したところがあって草と木が生えているが。上に登れそうな取っ掛かりもなければ、降りていけるような出っ張りもない。


うーん、詰んだ。ここから鍾乳洞を戻っても、砂が落ちてくるほどだ、出られる場所はないだろう。声を出して、助けてくれるような誰かが通りかかる可能性は全くない。

ヤークタさんと同じく虫に齧られて白骨化、サンショウウオのおやつ、崖から落ちてピラーニャの餌、ここでくたばってハルピュイアの腹の足し、いずれにしてもロクな未来が見えない。

待てよ、ハルピュイアだって?


「生臭い、失敗だったかも」


テラスの草をむしり、魚を置いて自分は草をかぶった。魚を食べに来たハルピュイアを捕まえようというのである。しかし、置いた魚が自分の顔の前になってしまい、生臭さと格闘中と言うわけだ。すでに上空にハルピュイアが見えるので、今自分が動いたり魚を動かしたりしたら警戒されてしまう。


魚の生臭さにいい加減慣れてしまった頃、バサバサと1()のハルピュイアが降りてきて、魚を掴もうとした。逆に俺は素早く足首を掴む。

「ぴゃっ?」

驚いたハルピュイアは羽ばたいて逃げようとするが、俺が足首を掴んでいるので飛び上がれない。うーん、パフをイーグルからひったくろうとしてたのだが、俺を掴んで飛ぶほどの力はないのか。


さて、こいつはオスかな、メスかな。俺の視線に気づいたハルピュイアは、怯えたような顔つきになった。オスだったら、作戦の練り直しだ。俺はハルピュイアを抱えると、洞窟の中に引き返した。


「イヤアアアアアアアァァァ……ァァァァァ…………ァアアアン……アアン………アン」


ハルピュイアの悲鳴が洞窟内に響いた。

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