終章
いよいよ魔王の城を前にして、さすがにパーティーは緊張していた。
戦線を離れたばーさんに代わり、魔法攻撃担当はあたしだ。
前もって使い間で知らせておいたから、魔物たちは、あたしの派手だけど殺傷力の低い魔法で、ぶっ倒れる演技をしてくれるはずだ。
門扉の前で、勇者は言った。
「愛してるぜ、アメリア」
今までの旅を通して、初めて聞いた告白だった。
後ろの方で、俺も拙者も、という声が聞こえるが、あたしの目は勇者しか見ていなかった。
「ありがとう。でも」
「お前が魔物でも」
ギクッとした。
まさか、バレていた!? 本能のままに動く昆虫並みの馬鹿と思って、油断していた。
身構えたあたしの肩を、女武道家が軽く叩いた。
「事情があるんだろ? いいさ。とち狂った野郎どもを抑えてくれたし、ばーさんも預けてくれた。あんたは仲間さ。城の中に罠があれば、ブチ破るだけだからね」
「拙者は最初から気付いて」
「嘘つくな、へっぽこストーカーめ」
なんだろう、この一体感は。
不思議だ。これが、破壊衝動妄動症に取り付かれた一群なのだろうか?
あたしは、静かに、開かれる扉を見つめた。
あたしへの遠慮なのか、勇者たちは魔物へトドメを刺さなかった。
どんな魂胆があるのか、と冷静に観察したが、他意はないらしい。
・・・・・・人間って単純ね。
いや、このメンバーが単純なのか。
そうして、あたしたちは、簡単にパパの玉座まで進むことができた。
「よく来た、勇者よ。ものは相談なのだが」
「貴様の仲間などにはならん!」
「いや、そうではなくて、双方歩み寄りが大事かと」
「勇者ここにありー!」
パパの説得には一切耳を貸さず、勇者は斬りかかっていた。
やっぱり、反射神経だけで生きてる昆虫並みの馬鹿ね。
ザザッ、とパパの周囲を護る兵士たち。中には、おじ様も兄様もいた。
激しい戦闘が開始された。
勇者は、城内ということで、破壊力のありすぎる魔剣ではなく、普通の剣で戦っている。それでも、パパと実力伯仲だ。
他の仲間の戦いは、あたしが適当に、
背中に当たって 「あ、ごめん」
足をひっかけ 「あわわわわわ」
体当たりかまして 「このブスが」
と、妨害やりまくりのため、双方に被害はない。
経験の差か、パパを攻めあぐねた勇者は、「かくなるうえはァッ」 と珍しく小難しい言い回しで叫んだ。
「どぉなっても知ィらねーェぞぉ! 城もろともブチ壊してやるッ!!!」
これには、仲間からも制止の声があがったが、馬鹿は無視して魔剣を抜いた。
勇者はすべての動きを止めた。
プッフーッククククッ、アハッ、アーッハッハッハッ!
馬鹿だ、ここに馬鹿がいる!
最終決戦の前に、最終兵器の確認ぐらいしとけ、この愚か者が!
取り替えてやったわ。
ケケケッ、鞘と柄だけの刃のない偽物と、魔剣を取り替えてやったぁ。
街に寄ったのは、ばーさん預けるためだと思ったでしょ? この能天気馬鹿勇者め。
使い魔通してパパに頼み、あの街の鍛冶屋でレプリカ作ってもらっていたのよ。
本物の魔剣は、昨夜、きゅっ、と胸に抱いて持ち出し、十キロほど走った場所に埋めてきた。魔剣なんて腐れて朽ち果ててしまえばいいのよ。
深い、とてつもなく深い穴を掘ってやったからね。
スコップ両手に土を掘り返していくうちに、様々な雑念が消えて心が澄んでいった。
世界平和の実現、政治的理由、パパの顔兄様の顔が順番に消えた。
残る思いは一つ。
刃のない、鞘と柄だけの魔剣のレプリカを土壇場で見て、勇者がどんな阿呆ヅラさらすのか。
それが見たくて、想像すると笑いも止められず、うひゃひゃひゃひゃと笑いながら全精力を傾けて穴を掘った。
そう、その顔を見るためよ、もっとよく見せて、馬鹿勇者。
本来柄から伸びているべき刃が、ない。刃のあるはずの場所を呆然と見つめていた勇者は、二、三度意味なく剣を振り回し、首を傾げて、鞘の中を覗いてみた。やはり刃がない。鞘をひっくり返して振ってみるが、やっぱり出てこない。
何度も何度も首をひねってみる。
魔王を見やり、ニセモノを指差して、不思議そうに疑問の視線を投げかけたりする。
いいわ、そうよ、その間抜けヅラが見たかったのよ!
あたしが貴様のためにどれだけ苦労したか、この、阿呆の分際で!
「そういうことだったの!?」
あたしは、ひとしきり彼の間抜けっぷりを堪能してから、勇者に抱きついた。
「その剣が、あなたの決意だと言うのね?」
「あッ、いや、これは」
「魔剣を分解してまで、あたしへの愛を貫いてくれるの?」
勇者のコントロールは容易い。
わけがわからず混乱している隙に、ほっぺたへチュッ。あとは理不尽で不条理な屁理屈をまくしたてればよい。反論の余地は、時間的意味で許さない。
「命をかけた愛なのね?」
「そ、それは、それは、それは」
「さすがは勇者! 身をもって示そうとしたのでしょう? そう、たしかに、今、人間と魔物は、お互いを傷つける時ではないわ。あなたは、殺されるとわかっていながら、それをこの剣でみんなに教えてくれたのね! なんて勇敢なの!」
「勇敢? そうなのか、え、そうなのか?」
「そうよね、柄と刃を分ければ、剣は人を傷つける道具にはならない。同じように、世界を二分して、それぞれ領土をわけた完全な住み分けをすれば、お互い傷つくこともない。世界の半分が人間の国、もう半分が魔物の国」
「い、いや、それじゃ、俺たちの領土というか儲けが半分に」
「わかるわ。あなた、とても賢くて、やさしい人だもの! 深謀遠慮の一つなんでしょ? 平和を得るための」
持ち上げてやればノーと言えない単細胞。貴様の性格は把握している。
あたしは素早く勇者の耳元へ囁いた。
「さすが、あたしの旦那さま」
馬鹿が目を丸くする。
不意に、パパが叫んだ。
「なるほど!」
魔王の大音声は、戦闘のすべてを止めた。
「いかな心胆かと見据えておれば、刃と柄を分けることによって、人間の国と魔物の国、二分させるべしと示したのか! 愚かにも、わしは勇者どのの知謀と慈愛を見通せなんだ」
ナイス、パパ。
「これほどまでにすぐれた知略、押し通す勇気、勇者どのは真の人間の当主たる器であらせられるな」
もっと褒め殺して!
「そこにいる私の娘、アメリアの夫に相応しい」
勇者は驚きをあらわにあたしの腕を握った。
「まッ、魔王の娘だったのか?」
うつむいたあたしは、心の中で十秒数えてから、上目遣いに言った。
「ごめんなさい。言えなかったの、愛するあなたには」
チュッ。
勇者の顔が上気する。
オチタ。
あたしは会心の笑みを浮かべた。
純粋にまっすぐで貪婪な「欲望」
欲望に忠実でわかりやすい「行動力」
魚類にも劣る「知能」
これほど操りやすい男が、この世に二人といるだろうか?
勇者の実態を知らない民衆は妄想的カリスマ性を彼に与えていて、彼自身の戦闘力は歴代最強の魔王に匹敵する。仲間はみな強く、しかも常識という枠に捉われない柔軟な思考の悪人だ。
あたしの頭脳が加われば、こいつを人間世界の覇王にしたてあげることも容易い。
もちろん、あたしが裏から糸を引いてこの馬鹿を操り、人間世界を支配する。
それは、実質、全世界をパパとあたし、二人の支配下に置くということだ。
「勇者さま・・・・・・」
いとしい馬鹿に抱きついた。
たった今から、貴様はあたしのためだけのリーサルウェポンになるのよ。
ケケケケケ、オホーッホッホッホッホッ。
完
「主人公が聖剣を折る」 というアイデアから、話を膨らませてみました。
快くアイデアを貸してくださった作家様、アイデアを紹介してくださった方、心の底から大感謝いたします。
読んでいただき、ありがとうございました。