↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能と罵られ追放された天才軍師、敵国で英雄になる ~追放した王国が、今さら停戦を求めて土下座してきても遅い~  作者: レモンティー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
89/120

第八十九話 俺は大将軍の地位を返上しようとした

大将軍の執務室には、戦勝を記念する新しい旗が飾られていた。

シリウスはその下で辞表を書いた。

戦争が終わっても、自分の名だけで軍が動く状態を残してはならない。

十年前、王国軍は一人の宰相の言葉で判断を誤った。

今度は英雄への信頼が、同じ盲点になるかもしれない。

彼は勲章を箱に収め、皇帝への謁見を申し出た。

「逃げるつもりか」

辞表を見たガイルの声は厳しかった。

シリウスは首を振る。

「軍を辞めれば責任が消えるとは思っていません。ただ、私がいなくても動く仕組みを作りたい」

彼は参謀学校の計画書を差し出した。

作戦案には必ず反対意見を添えること。

兵站の監査を軍人以外にも認めること。

戦時の特別権限には期限を設けること。

ガイルは一枚ずつ読み、最後に「お前らしい面倒な置き土産だ」と呟いた。

ガイルは戦争を終えた今こそシリウスが必要だと反対した。

その言葉が軍議の空気を変えた。

彼は軍を個人の名声に依存させないため、参謀教育と文民監督を提案した。

ガイルは眉を上げた。

辞表を受け取ったガイルは、読まずに机へ戻した。

「逃げるのか」

「戦争が終わった今、軍人が権力を持ち続けるべきではありません」

「なら後任を育てろ。お前一人で終わる仕組みなら、そもそも改革じゃない」

シリウスは返す言葉を失った。

彼が恐れていたのは権力そのものではなく、再び誰かの判断一つで兵士が死ぬ体制だった。


翌朝、辞表の代わりに提出したのは、軍の監査制度と文民による予算審査、将軍職の任期制を定める草案だった。

辞めることより、辞めても回る組織を作る方が難しい。

そのことを彼はようやく認めた。

シリウスは勲章を机に置き、皇帝に辞表を差し出した。

シリウスは兵の名を尋ね、礼を言った。

皇帝は辞表を受け取り、すぐには答えなかった。

「お前を失えば、帝国の軍は弱くなる」

シリウスは「私一人がいなくなるだけで弱くなる軍なら、まだ改革が足りません」と返した。

アレクシスはしばらく彼を見つめた後、辞表を机に置いた。

「では、改革が終わるまで残れと言えばどうする」

シリウスは苦笑する。

「終わりのない任務になりそうです」

皇帝は条件を出した。

常設の軍議制度を整え、後継者を育て、そのうえで改めて進退を決めること。

シリウスは一礼した。

辞表は受理されなかったが、彼の願いは退けられたわけでもない。

執務室を出ると、若い参謀が資料を抱えて待っていた。

シリウスはその中の一冊を渡す。

「明日の会議では、私の案の欠点を探してくれ」

青年は驚いた顔をしたが、やがて力強く頷いた。

彼は期限を区切り、確かめる役目を割り振った。

十年前なら同じ判断をしただろうか。

答えは分からない。

ただ、いま守るべき命は目の前にあった。

辞表を見たアレクシスは、机の上に置かれた軍の人事表を指した。

「お前が去った翌朝、誰が国境の判断を下す」

シリウスは後任候補の名を挙げた。

皇帝はさらに問うた。

「その者が間違えた時、誰が止める」

そこでシリウスは言葉に詰まった。

自分の後継者を選ぶことと、自分なしで動く制度を作ることは違う。

彼は翌週、若い士官たちに模擬の緊急会議を開かせた。

自分は最後列に座り、口を出さなかった。

最初の判断は遅れた。

次の判断では、報告を確認する係と住民の避難を考える係が自然に分かれた。

シリウスは記録に赤い印を付けた。

自分が命令するより時間がかかった。

辞表を受け取った皇帝アレクシスは、すぐには返事をしなかった。

「お前が退けば、国境で再び小競り合いが起きたとき、誰が止める」

シリウスは後任候補の名簿を示した。

「一人に任せるつもりはありません。軍議の記録を公開し、現場からの異議を受け付ける仕組みを作ります」

皇帝は名簿を閉じた。

「英雄の名で命令する方が早い」

シリウスは頷いた。

「早い判断が、正しいとは限りません」

皇帝は苦笑し、半年の引き継ぎ期間を条件に辞表の受理を保留した。

シリウスは不満を飲み込んだ。

責任を手放すにも、順序が必要だった。

だが、誰も一人の顔色を見て答えを決めなかった。

辞表を出す日は、その仕組みが定着してからにしようと決めた。

皇帝は辞表をその場では受け取らなかった。

「お前一人が辞めれば、仕組みは残るのか」

辞任を聞いた若い士官たちは、シリウスが責任から逃げるのではないかと問い詰めた。

「地位を手放せば責任も消える、とは思っていない」

彼は退任後も検証委員会で証言することを約束した。

士官たちは初めて、英雄がいなくなった後の指揮系統を自分たちで作り始めた。

参謀学校の準備会議では、若い教官が「敗北した作戦まで教えると、軍の威信が損なわれる」と反対した。

シリウスは古い戦況図を示した。

「失敗を隠した軍が、次に勝てると思うか」

教官は返答できなかった。

シリウスはその沈黙を責めず、授業の最初に学生から反対意見を募るよう提案した。

英雄の名が教室を支配しないための、小さな仕組みだった。

シリウスは答えられず、持参した制度案を机に置いた。

英雄が去る日を決める前に、英雄がいなくても判断できる軍を作る。

彼は辞表をいったん持ち帰り、改革の期限を書き込んだ。

参謀学校の若い教官候補が言った。

『将軍の作戦を教材にすれば、誰も反論しなくなるのでは』

シリウスは最初の授業に、自分が見落とした攻城塔の排水路を選んだ。

『正解を暗記させるのではありません。

私がなぜ間違えたかを議論してください』

辞職の準備は、失敗を公開するところから始まった。

辞表を持つシリウスに、若い士官が尋ねた。

「閣下が去れば、私たちは誰の作戦を信じればいいのですか」

シリウスは軍学校の試験問題を渡した。

自分が過去に選んだ撤退路を、あえて誤答の一つとして載せている。

「私を信じる必要はない。現場の数字と、隣にいる者の報告を確かめろ」

士官は答案を見て眉をひそめた。

「正解が二つあります」

シリウスは笑った。

「だから理由を書いてもらう」

辞表を受け取った皇帝は、後任候補の名を挙げるよう求めた。

シリウスは一人の英雄を指名せず、複数の将軍による審査と任期を提案した。

自分が去った後も軍が判断を誤らないこと。

それが辞職願に添えた唯一の条件だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。