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無能と罵られ追放された天才軍師、敵国で英雄になる ~追放した王国が、今さら停戦を求めて土下座してきても遅い~  作者: レモンティー


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第八話 帝国の将軍たちは、王国出身の俺の提案を疑った

帝国軍の評議会には十人の将軍が集まっていた。

席次は階級順で、最も古参の将軍ガイルは皇帝に近い場所に座っていた。

シリウスの前に置かれた椅子だけ、背もたれに帝国軍の紋章がない。

歓迎されていないことは、誰の目にも明らかだった。

シリウスが入ると、話し声が止まった。

王国の訛りを隠さない男が皇帝の隣に座る。

それだけで反発を招くには十分だった。

「追放された軍師だそうだな」と赤髭の将軍が言った。

「祖国にも不要とされた者が、帝国の軍議で何を語る」

「王国の機密を売りに来たのなら、今すぐ追い出すべきです」と別の将軍が続ける。

「王国で何人を死なせた」

ガイルの問いに、軍議のざわめきが止まった。

「私が作戦を立てた戦場で、死者は出ました」

「数字を聞いている」

シリウスは一度だけ目を閉じた。

「北部の防衛戦では、四十七人です。名前も、帰れなかった理由も記録しています」

「自分の手柄は語らず、失敗だけ覚えているのか」

「数字を忘れれば、次の判断で同じ間違いをします」

ガイルはまだ疑っていた。

だがシリウスが死者を勝利の陰に隠そうとしなかったことだけは、見逃さなかった。

シリウスは頭を下げた。

「機密は話しません。地図と補給の数字なら見られます」

「それが軍師の仕事か。荷車を数えることが?」

皇帝アレクシスは手を上げた。

「黒岩砦の守備について議論する。五千で五万を迎えるなら、どうする?」

将軍たちは援軍の派遣、先制攻撃、城壁の増強を提案した。

どれも理屈はある。

しかし援軍が到着するまでの日数も、攻城兵器の到着時期も曖昧だった。

シリウスは尋ねた。

「敵の先鋒と本隊は、同じ日に着きますか」

赤髭の将軍ガイルが鼻を鳴らす。

「五万は五万だ」

「先鋒六千が三日後、本隊二万が五日後、残りは補給車と共に七日後。斥候の報告では、そう読めます」

「なぜ分かる」

「街道の幅です。峠の橋は荷車が一台ずつしか渡れない。全軍が同時に到着することはありません」

シリウスは橋の印を指した。

「砦が三日目に相手にするのは、五万人ではなく先鋒です。五日目まで守備兵を疲れさせないことが重要になります」

若い将校が腕を組む。

「先鋒を奇襲で全滅させればいい」

「そのために城門を開き、五千を野戦へ出しますか。敵の本隊が早く来たら退路を失います」

「臆病者の理屈だ」

「慎重さで兵を帰せるなら、臆病と呼ばれて構いません」

ガイルが卓を叩いた。

「兵は勇気で戦う。飼葉や靴の数で勝てるものか」

「勝てません。ですが、それが足りなければ勇気を出す場所まで歩けません」

シリウスは補給表を見せた。

黒岩砦へ送る予定の飼料は、帝都の中継倉庫の帳簿上では八日分。

ところが倉庫の検査印は一か月前で止まっている。

「実物を見せてください」

「軍議の途中だぞ」

「今ここで決めるより、十分で確かめられます」

皇帝は頷いた。

将軍たちは不満げに席を立ち、宮殿に隣接する軍用の中継倉庫へ向かった。

飼料の保管棚は半分空だった。

積まれた袋のいくつかは雨で傷み、使い物にならない。

厩務長は青ざめて言った。

「報告は出しました。しかし書類が戻ってきておらず……」

ガイルは黙って袋を開いた。

腐った草の匂いがした。

「この馬を明日走らせれば、何日持つ」

「全力で走れば、その日のうちに疲れます。続けて使うのは危険です」

シリウスが答えると、老将は馬の首を撫でた。

「……では、どうする」

反論が質問に変わった。

軍議へ戻ると、シリウスは三つの案を示した。

守備兵を二組に分けて休息を確保すること。

予備の弓弦と水を先に運ぶこと。

砦の周辺住民を、敵が来る前に退避させること。

「住民を動かせば、敵にこちらの警戒を悟られる」と将校が言う。

「悟られても構いません。敵に知られたくないのは兵の配置であって、民を守る意思ではありません」

ガイルは地図の南側を指した。

「村の麦を徴発すれば補給は楽になる」

「種麦まで取れば来年の収穫が消えます。兵糧を作る村を潰しては、次の戦いができません」

「敵が先に奪ったらどうする」

「村人と種麦を先に移す。守り切れない場所に残せば、敵も味方も失います」

議場の隅にいた補給将校が初めて口を開いた。

「砦への輸送車は、現在二十台しかありません。住民の退避にも使うなら足りません」

「では、荷車を増やす前に優先順位を決めましょう。子供、病人、種麦、残りの家財。すべてを運ぶと約束してはいけない」

シリウスは黒板に数字を書き始めた。

運べる人数、往復に掛かる時間、必要な水。

誰かが曖昧な言葉を口にすると、数字に直して確かめる。

ガイルは腕を組んだまま見ていた。

「お前の言うことは、戦争というより引っ越しだな」

「戦争が終わったあと、戻る家がなければ勝利とは言えません」

笑う者はいなかった。

会議が再開して間もなく、補給将校が新しい報告書を持ち込んだ。

「避難予定の三村には、合わせて二百六十人の子供と、歩行の難しい者が四十三人います」

シリウスは荷車の台数を数え直した。

二十台で一度に運べる人数には限りがある。

街道は砦へ向かう補給車も通る。

「一日で全員を運べると言った者はいますか」

誰も答えなかった。

若い将校が口を開く。

「民に先に歩いてもらえばよい。兵が護衛すれば済む」

「四十三人は歩けない。子供が疲れれば護衛も止まる。歩ける者と運ぶ者を分けて、途中に休憩所を置きます」

「敵が来るまでに間に合わなければ?」

「それを今、計算します」

シリウスは黒板を消し、荷車一台の乗車人数、往復の所要時間、馬の休息時間を並べた。

理想的な速度ではなく、最も遅い荷車を基準にした。

計算の結果、現有の荷車と馬だけでは全員の避難に三日必要だった。

敵先鋒の到着予定と重なる。

ガイルが唸った。

「兵を出して、夜も運ばせるしかないか」

「夜の山道で荷車を転がせば、子供を危険にさらします。砦へ向かう弓矢の輸送を一便遅らせ、空いた馬を避難に使えませんか」

「弓矢を遅らせるだと?」

「今の備蓄量を先に確認します。足りるなら、です」

将軍たちは初めて、兵糧と避難を別々の話として扱えないことに気づいた。

ガイルは補給将校へ命じた。

「倉庫の矢を数えろ。足りなければ別案だ。足りるなら、民を運ぶ」

シリウスは小さく頷いた。

議論はようやく、誰が勇敢かではなく、何を実行できるかへ移り始めていた。

「一つ確認したい」と別の将軍が言った。

「矢の輸送を遅らせ、その間に敵が来たら誰が責任を負う」

シリウスは頷いた。

反論ではなく、当然の問いだった。

「私が提案した以上、計算と判断の根拠は記録に残します。ただし、現場の守備隊長が必要と判断した矢まで取り上げてはなりません」

「つまり、現場の報告次第では避難計画を変えるのか」

「変えます。動かせる馬の数を先に決め、足りなければ周辺の宿場に協力を求める。危険を兵か住民のどちらかに黙って押しつける策は、策ではありません」

ガイルは補給将校へ、砦に残る矢の実数を当日中に確かめるよう命じた。

机上の帳簿が正しければ、明日には避難の便を増やせる。

違っていれば、別の荷車を探す必要がある。

誰も拍手はしなかった。

だが初めて、反対した将軍も確認すべき数字を口にした。

皇帝は会議の終わりに命じた。

「明日は現地の工兵を呼べ。地図上の水路が本当に使えるか確かめる」

シリウスは頭を下げた。

ガイルが隣へ来て、低く言う。

「まだ信用したわけではない。だが、馬の件はお前が正しかった」

「間違っているところも見つけてください。兵が死ぬ前に」

ガイルは補給表の端を叩いた。

「数字が正しくても、現場の兵が嘘をつけば終わりだ」

「だから明日は倉庫へ行きます。報告した兵が叱られるなら、次の不足は報告されません」

「俺の軍のことまで指図するか」

「指図ではありません。確認です。あなたの兵を信じるための」

ガイルは表を畳み、倉庫番にも同席を命じた。

老将は一瞬驚き、やがて笑った。

「言うではないか、王国の軍師」

軍議が散ると、補給将校がガイルに新しい矢の在庫表を差し出した。

「避難用に馬を回しても、現在の想定射撃量なら砦には矢が三日分残ります。ただし雨が続けば次の輸送は遅れます」

「ならば三日目を待たずに補充を手配しろ」

ガイルは若い補給将校を呼び止めた。

「先月の腐った飼料を、誰が最初に報告した」

将校は怯えた顔で厩務長の名を挙げた。

「なら、その男を明日の軍議に呼べ。叱責するためではない」

老将の声はまだ硬かったが、聞く相手が一人増えた。

軍議のあと、補給将校がシリウスに声をかけた。

「将軍たちの前で、荷車が足りないと申したのは初めてです」

「今日からは、足りないときに足りないと言ってください」

「怒られたら?」

「私も一緒に怒られましょう」

将校は初めて笑い、翌日の集計表を取りに走った。

反論が、ようやく具体的な手配に変わった。


翌朝、ガイルの斥候が戻った。

報告はシリウスの指摘と一致していたが、斥候長は別の問題も持ち帰った。

「迂回路には避難民がいます。軍を通せば荷車が立ち往生します」

ガイルはシリウスを見た。

「お前の計画にも穴があったな」

「はい。現地を見なければ分からない穴です」

「認めるのか」

「認めなければ塞げません」

ガイルは一瞬笑い、地図の端に斥候長の名を書き入れた。

「この報告を採用する。だが次は、机の上で見落とすな」

敵意の混じった言葉だった。

それでもシリウスには、初めて同じ地図を見ている実感があった。

ガイルは会議のあと、シリウスが示した橋の幅を自分の斥候に測らせた。


翌朝届いた数字は、軍師の推定とほとんど同じだった。

「なぜ昨日、測量を命じなかった」とガイルは副官を叱った。

シリウスは首を振る。

「私の数字も間違うことがあります。確認した将軍の判断が正しいのです」ガイルは返事をしなかったが、翌日の軍議には新しい測量図を持ってきた。

会議が散会しかけたとき、ガイルが一人だけ残った。

「お前の案が失敗すれば、五千人は砦で死ぬ」

「承知しています」

「承知している顔には見えん。怖くないのか」

シリウスは机に残った補給表を裏返した。

そこには食料の総量ではなく、補給が途絶えた場合の退避順が記されていた。

「怖いから、こういう表を作ります」

ガイルはその文字を追った。

最後の行に『指揮官は最後に退く』とある。

「見栄を張るな。指揮官が倒れれば、残った者が困る」

シリウスは少し考え、最後の行を消した。

『指揮官の退避は副官が判断する』。

「これならどうでしょう」

ガイルはしばらく黙っていたが、やがて頷いた。

「明日の軍議で、俺が最初に反対する。お前の案に穴があれば、兵が出発する前に見つけるためだ」

シリウスは初めて、わずかに笑った。

「それが一番ありがたい」

将軍の一人が「五千で五万に勝つ」という言葉だけを拾って笑った。

シリウスは地図から手を離した。

「五万を倒す案ではありません。五万が一度に戦えない場所を選び、こちらが退く条件を決める案です」。

ガイルは初めて、勝利の線ではなく撤退の線を指さした。

「ここが切れたら?」。

その問いから軍議は本当の議論になった。

軍議の最後に、ガイルは一枚の白紙を差し出した。

『お前の案が外れたとき、誰が撤退を命じる』。

シリウスは自分の名を書いた。

『現地の指揮官が中止を決められない計画なら、最初から採用すべきではありません』。

ガイルは紙を返さず、作戦図の下に置いた。

会議が終わると、ガイルの斥候長が図面の余白を指した。

「この道は春の増水で消えます」。

シリウスはすぐに線を消した。

「教えてくれて助かりました」。

斥候長は意外そうに顔を上げた。

王国から来た男は、自分の地図が間違っていたことを隠さなかった。

軍議でガイルが一枚の古い戦報を投げた。

「王国軍の渡河失敗。お前が仕組んだのではないと、どう証明する」

シリウスは戦報の末尾を指した。

「ここには、撤退を命じたマック将軍の署名があります。私が仕組んだなら、この方が部下を救うため命令に逆らう理由がありません」

「情に訴えるな」

「では、川幅と水位を確かめてください。感情では橋は直りません」

ガイルは斥候の報告を採用した後も、シリウスの地図を机の端に置いた。

「次も間違えたら容赦せんぞ」。

シリウスは頷く。

「次も現地の報告で訂正してください」。

若い参謀が二人の顔を見比べた。

勝ち負けを争うはずの議論が、いつの間にか同じ地図の精度を上げる作業になっていた。

ガイルは地図の角を押さえ、初めて自分の手で修正線を引いた。

ガイルは黙った。

敵国出身という疑念は消えない。

それでも、反証できる問いが一つ生まれた。

ガイルは修正された地図を畳んだ。

『信用したわけではない。

明朝、俺の斥候が確かめる』。

『それで十分です』とシリウスは答えた。

将軍は返事をせずに出ていった。

だが扉の向こうで、彼が斥候長に命じる声が聞こえた。

『軍師の言葉を信じるな。

現場を見てこい』。

シリウスは初めて、わずかな前進を感じた。


翌朝、ガイルの斥候は泥に濡れた靴で軍議へ戻った。

「川幅は軍師殿の示したとおりです。ただし北岸の地面は、図面より柔らかい」

シリウスは即座に赤鉛筆を取った。

「では重装備の道を南へずらします」

ガイルが眉を上げる。

「自分の案を捨てるのか」

「現地を見た人の情報が、机上の線より正しいからです」

将軍はしばらく黙ってから、斥候に椅子を勧めた。

これまで報告だけして退出していた兵が、初めて軍議の席に座った。

疑うことを許した結果、軍議の形まで変わり始めていた。


挿絵(By みてみん)

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