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無能と罵られ追放された天才軍師、敵国で英雄になる ~追放した王国が、今さら停戦を求めて土下座してきても遅い~  作者: レモンティー


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第五十八話 王国の貴族たちは、国王の退位を要求し始めた

貴族会議の傍聴席には、徴兵で息子を失った商人もいた。

彼は退位の議論を聞きながら、次の王が誰かより、来年の徴兵が止まるかを気にしていた。

王都の貴族会議で、初めて国王の退位が議題に上がった。

「二十万人を動員して、得た土地は何もない!」

西部伯が議場で叫んだ。

「麦は徴発され、商隊は止まり、帰還兵には給金も払われていない。誰が責任を取るのです!」

宰相バルザックは冷ややかに答えた。

「戦況は一時的な後退にすぎません」

「一時的な後退で、私の領地の男が三千人も帰らないのか!」

議場にざわめきが広がった。

国王ヴァルバディス三世は玉座の肘掛けを握りしめた。

「帝国が卑劣な罠を用いたのだ。王国軍は負けておらん」

「では、なぜ我々の村には負傷兵しか戻らないのです」

質問したのは、これまで国王を支持してきた老伯爵だった。

国王は答えられなかった。

老伯爵は震える手で一枚の紙を掲げた。

「これは私の孫の手紙です。『食べ物がなく、馬にやる草もない。敵は退路を開けてくれた』と書いてある」

「敵の宣伝だ!」

「孫の筆跡まで、敵が作ったと仰せですか」

議場の外には、戦死者の家族が集まっていた。

誰も王宮へ石を投げなかった。

ただ、帰還しなかった者の名を書いた札を持って立っていた。

一人の母親が、衛兵に尋ねた。

「息子の名前が名簿にありません。生きているのでしょうか」

衛兵は答えられない。

母親はその沈黙を見て、札を胸に抱いた。

「分からないなら、分からないと書いてください」

その声は、王宮の石壁よりも重かった。

退位要求の知らせは王都の市場へも広まった。

商人たちは歓声を上げず、翌日のパンの値を確かめた。

王が代わっても麦は増えない。

人々が望んでいたのは、次の命令が暮らしを壊さないことだった。

議場では、財務官が戦費の数字を読み上げた。

「今冬の備蓄を軍へ回したため、三州で配給が不足する見込みです」

バルザックが遮る。

「追加徴税で補えばよい」

「徴税する麦が残っておりません」

財務官の声は震えていたが、言葉は明瞭だった。

「数字を変えても、倉庫に麦は増えません」

貴族たちは互いの顔を見た。

戦場での敗北が、ようやく王都の食卓に届いたのだ。

老伯爵は議案を提出した。

『国王による軍事指揮権の停止、および摂政会議の設置を求める』

ただちに退位を決められるわけではない。

王国の法では、三分の二の諸侯が賛同し、王家の血族が継承を認める必要があった。

だが、その議案が正式に受理されたこと自体が異例だった。

「陛下の御退位も、検討すべき時に来たのです」

老伯爵は言った。

国王は怒鳴ろうとした。

しかし口を開いたとき、議場の誰も自分の顔を見ていないことに気づいた。

会議が散会したあと、若い侯爵が老伯爵を廊下で呼び止めた。

「退位要求など、王家への反逆と取られます」

「そうだろうな」

「ならばなぜ」

老伯爵は窓の外の広場を見た。

「昔、私はこの王を支えた。あのときの判断を間違いだと認めるのが怖かった」

「今は怖くないのですか」

「怖い。だが、私の面子のために孫を二度戦場へ送る方がもっと怖い」

若い侯爵は返事をせず、議案の写しを受け取った。


翌日、賛同者の署名が一つ増えた。

一つだけだった。

だがそれは、王命に従うことと王国を守ることが同じではないと認めた、最初の署名だった。

王都の広場に、戦死者の名前を書いた木札が並び始めた。

最初は十枚だった。

それが三十枚になり、百枚を超えた頃には、誰が置き始めたのか分からなくなった。

「王国軍は敗れていない」

王宮から出された布告を、書記官が読み上げる。

群衆の中から女の声が上がった。

「では、うちの息子はどこへ行ったのですか」

書記官は答えられなかった。

貴族たちは国王の退位を求める文書を作った。

しかし署名の順番をめぐって争いが起きた。

「最初に署名した家は反逆の首謀者にされる」

「最後に署名すれば、責任を逃れたと思われる」

彼らが躊躇している間にも、広場の木札は増えていった。

若い下級貴族が文書を奪い、最初に自分の名を書いた。

「私の領地では、春に蒔く種麦まで徴発されました。王位の話より先に、兵の帰還と食糧の返還を要求します」

年長の貴族が眉をひそめた。

「それでは国王を追い詰められん」

退位を求める貴族の一人が、次の国王候補の名を挙げた。

すると傍聴席から、徴発された種麦の返還を求める声が上がった。

議長は退場を命じかけたが、別の貴族が制した。

「王を替えるだけで戦費の請求書が消えるわけではない」

会議は初めて、王位の行方と民の生活を別々の議題として扱った。

退位を求める貴族会議に、戦死した兵の母親が招かれた。

貴族たちは王の責任を証明するため、彼女に国王への恨みを語らせようとした。

だが母親は問い返した。

「次の王になれば、息子は戻るのですか」

議場が静まる。

「戻らないなら、次の徴兵を誰が止めるのか、ここで決めてください」

老議員が立ち上がり、徴兵命令の公開と行方不明者の照会所設置を提案した。

退位を叫ぶ声のなかで、初めて具体的な議案が読み上げられる。

王の権威を失わせたのは敵軍の勝利だけではない。

国民が、謝罪より先に責任の形を求め始めたことだった。

「国王を追い詰めるために書くのですか。民を救うためではなく?」

誰もすぐには答えなかった。

夜、国王ヴァルバディス三世は窓から広場の灯りを見た。

木札の前に人々が蝋燭を置いている。

「誰があれを許した」

側近が頭を下げる。

「止めれば、さらに人が集まります」

「兵を出せ」

言いかけて、国王は口を閉ざした。

兵を出しても、兵自身の家族があの広場にいるかもしれない。


翌朝、王宮の門に一枚の紙が貼られていた。

そこには王の退位ではなく、行方不明者の照会先を設けるよう求める署名が並んでいた。

その数は貴族の署名より、はるかに多かった。

夜、国王は一人で過去の軍報を取り出した。

十年前の勝利の報告書には、宰相バルザックの名が記されている。

その端に、細い字で修正指示が残っていた。

『補給が続かなければ、勝利を維持できない』

筆跡はシリウスのものだった。

国王はその一文を指で隠した。

隠せば、見えなくなる。

だが隠しても、失われた二十万人の時間は戻らなかった。

退位を求める貴族の一人が、敗戦の責任を前線の兵士に押しつけようとした。

老議員は徴発命令書を机に置いた。

「命じた者の署名を見よ。飢えた兵の責任だけを問うのか」

議場は静まり、貴族たちは兵糧の記録を公開するかどうかの採決を迫られた。

退位を叫ぶ貴族の列の後ろに、徴発で畑を失った村長が立っていた。

発言を求めても、議長は身分を理由に退けた。

老議員が議事録を閉じた。

「民のための退位要求なら、民の声を記さずに決めるのか」

沈黙の後、村長は一歩進んだ。

「王が替わっても、畑が戻らなければ冬を越せません」

その言葉で、議論は王冠の持ち主から責任の取り方へ移った。

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