↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能と罵られ追放された天才軍師、敵国で英雄になる ~追放した王国が、今さら停戦を求めて土下座してきても遅い~  作者: レモンティー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
28/120

第二十八話 皇女エリシアが、俺を帝国の正式な軍師に推薦した

帝都の戦勝式典で、シリウスの名が何度も呼ばれた。

彼は壇上で短く頭を下げたあと、炊事兵パルラと斥候たちを呼んだ。

「彼らがいなければ軍は動かなかった」

貴族席に小さなどよめきが広がった。

功績を分けることを、地位を軽くする行為と考える者もいた。

皇女エリシアは軍議で正式な軍師任命を提案した。

反対する貴族は、シリウスが王国出身であることを問題にした。

「祖国の秘密を売る者なら、いずれ帝国も売るでしょう」

シリウスは反論しなかった。

その懸念には理由があったからだ。

帝都の式典では、勝利の報告が読み上げられた。

だが、参列した将軍の一人は不満げだった。

「帝国生まれでもない者に、軍の作戦を任せるのか」

エリシアはその問いを避けなかった。

「だからこそ、功績と責任を文書で明らかにします。

出自ではなく、何を守り、何を失ったかで判断すべきです」

軍務院では、シリウスの任命に条件が付された。

独断で国境を越えて攻め込まないこと。

作戦の損耗予測を記録すること。

捕虜の扱いは帝国法に従うこと。

シリウスはすべてに目を通し、最後の項目にだけ質問した。

「住民の避難命令は現場の指揮官に出せますか」

皇帝は頷いた。

「その責任もお前が負う」

式典のあと、エリシアは人のいない回廊でシリウスに言った。

「あなたを推薦したことで、私にも敵が増えました」

「後悔していますか」

「いいえ。

私が助けられた村で、あなたは誰の身分も知らずに人を救った。

それを見たからです」

シリウスは任命状を握った。

祖国では言葉を奪われ、ここでは責任を与えられる。

嬉しさと恐ろしさが同時に胸にあった。

任命を審議する軍務院では、ガイルが先に発言した。

「シリウスの指揮で助かった兵は多い。

だが功績だけで権限を広げるのは危険だ」

エリシアは驚いた。

味方だと思っていた将軍が反対するとは。

「私は反対していない。

任せるなら、誰が命令を止められるのか決めておくべきだと言っている」

シリウスは立ち上がった。

「作戦の目的、補給の見通し、撤退条件を記録し、軍務院が閲覧できるようにします。

戦場で急を要する場合は現地指揮官が判断し、事後に理由を提出する。

それでは不足でしょうか」

一人の老臣が問う。

「祖国の王が帰還を命じたら、どうする」

「私はすでに追放されています。

それでも祖国の民を憎んでいるわけではありません。

帝国軍師として守るべき境界を、私情で変えません」

エリシアはそこで口を開いた。

「この人は、私が皇女だと知らずに助けてくれました。

だから信用できる、とだけ言うつもりはありません。

黒岩砦で何人を避難させ、どの命令に署名したか。

その記録を見てください」

議場の空気が変わった。

感謝だけでなく、検証できる仕事が並べられたからだ。

任命状が渡された後、シリウスはエリシアに頭を下げた。

「私を信じてくれて、ありがとうございます」

「信じるだけでは足りません。

間違えたら、私が止めます」

シリウスは笑った。

「それなら安心です」

王国では誰も王の間違いを止められなかった。

その違いこそ、彼が新しい国に仕える理由だった。

任命の議場では、シリウスの名が呼ばれる前から反対の声が上がっていた。

「王国を追われた者を、帝国の軍師に据えるのか」

老貴族は椅子の肘掛けを叩いた。

彼の息子は先の戦役で負傷し、いまだ療養している。

敵国出身の男に軍の命運を預けることが、感情として受け入れられないのだ。

エリシアはその事情を知っていた。

だから声を荒らげなかった。

「ご子息の負傷を軽んじるつもりはありません。

だからこそ、シリウスが何人を帰還させたかをご覧ください」

彼女が示したのは戦果の一覧ではない。

避難を完了した村の数、治療を受けた兵の数、補給の未払いが残っていないかをまとめた報告だった。

老貴族は最後の頁で手を止めた。

彼の領地から徴発された荷車にも、返却日と補償額が記されていたからだ。

「勝ったという噂より、この記録の方が信じられる」

それでも全員が賛成したわけではない。

別の将軍は、シリウスが祖国の軍事機密を持ち出さないことを不安視した。

「知っているなら使うべきだろう」

「今日、祖国の秘密を売る者は、明日、帝国の秘密も売ります」

とシリウスは答えた。

議場が静まった。

アレクシス皇帝は条件を提示した。

軍師としての権限は作戦立案と現地の指揮に限り、予算と大規模動員には軍議の承認を要する。

シリウスの判断を監査する記録官も置く。

「信用とは、誰も疑わないことではない」

と皇帝は言った。

「疑いがあっても国を動かせる仕組みを作ることだ」

シリウスは片膝をついた。

「その条件でお受けします」

式のあと、エリシアが尋ねた。

「不自由ではありませんか」

「自由に兵を死なせられるより、ずっといい」

エリシアは笑いかけ、すぐ真顔になった。

「あなたが守った村から、また手紙が来ています。

今度は橋が直ったそうです」

シリウスは封を切る前に一度目を閉じた。

彼にとって勲章は胸に飾るものではなく、遠い村で暮らしが続いている証拠だった。

皇帝アレクシスは戦役の記録を示した。

シリウスは王国軍の機密を渡さず、現地で確かめた地形と公開された兵站情報だけで作戦を組み立てていた。

「信用は出自ではなく、何を守ったかで測る」

皇帝はそう言って、軍師への任命を承認した。

式典後、エリシアはシリウスに小さな封筒を渡した。

リーネ村から届いた礼状だった。

そこには勝利のことは一行もなく、避難路を守ってくれたことへの感謝だけが書かれていた。

「こちらの方が、私には重い勲章です」

シリウスは封筒を胸元にしまった。

老貴族は退出するシリウスを呼び止めた。

「息子が戻ったら、君の戦い方を聞かせたい」

シリウスは深く頭を下げた。

敵国出身という事実は変わらない。

それでも信頼は、次の行動で少しずつ積み上げられる。

任命式の前夜、エリシアはシリウスへ封を切っていない書状を渡した。

帝国の有力貴族から届いた異議申し立てだった。

敵国出身者に兵権を与えるなという。

「読んでおくべきです」

と皇女は言った。

シリウスは書状を読み終え、机に戻した。

「疑いは当然です。

私も彼らの立場なら尋ねます。

失敗したとき、誰が責任を取るのかと」

「あなた一人に背負わせません」

「では、任命の条件を公にしてください。

監査の記録を残し、命令に異議を唱える道も」


翌日の式で、皇帝はその条項を読み上げた。

拍手は一斉には起こらなかった。

だが反対派の一人が、初めて任命状へ目を落とした。

会議が終わったあと、エリシアはシリウスに尋ねた。

「あなたは推薦されるのが嫌だったのですか」

シリウスは少し考え、「責任の範囲が曖昧なまま称号だけ与えられるのが怖いのです」と答えた。

皇女は笑わなかった。

彼女もまた、自分の名で命令を出した結果を負わなければならない立場だった。

任命式の前夜、ガイルは一通の陳情書を持参した。

補給隊の下士官たちが、前線の命令系統を明確にしてほしいと求めたものだった。

貴族たちの反対とは違う、現場からの切実な要求である。

「称号が増えるたびに、誰の命令を聞くか迷うようでは困る」

シリウスは陳情書を読み、皇女への返答に追記した。

軍議で助言する権限と、実際に兵を動かす権限は分けて記すこと。

エリシアはその一行を見て頷いた。

「あなたを推薦した理由を、これで説明できます」

任命状には指揮権だけでなく、民間の物資を徴発する際の制限が明記された。

シリウスが求めた条項だ。

ガイルはそれを読み、「勝つための権限を増やすのではなく、勝ったあとに守るものを決めるのか」と言った。

シリウスは頷いた。

敵国出身の将軍だからこそ、最初に線を引く必要があった。

任命式のあと、エリシアはシリウスに小声で尋ねた。

「祖国に戻る道を、閉ざしてしまったでしょうか」

シリウスは任命状の封蝋を見た。

「閉ざしたのは私ではありません。

けれど、ここで命を預かる以上、過去を言い訳にはできない」

皇女は彼の返事を聞き、祝辞の代わりに次の避難計画の書類を差し出した。

推薦状の末尾で、エリシアの筆が止まった。

「この人は勝ったから優秀だ、と書けば簡単なのです」

シリウスは首を振った。

「勝利だけを理由に任じれば、負けたときに誰も異論を言えなくなります」

「では、何を書けば?」

「俺が間違えたとき、止められる仕組みを」


翌日の評議会で、エリシアは軍師の任命と同時に、作戦への異議を記録する制度を提案した。

貴族の一人が笑った。

「英雄に異議など必要ですか」

「英雄と呼ばれる人にも必要だからです」

議場のざわめきの中で、皇帝は静かに頷いた。

評議会の帰り、エリシアはシリウスに任命状を渡した。

「異議を記録する制度は、あなたを疑う制度にもなります」

シリウスは封を切らずに答えた。

「それでいい。

私が間違えた日にこそ役に立ちます」

翌日、若い工兵が橋の耐荷重に異議を出し、進軍予定が半日遅れた。

調べると支柱に亀裂があった。

制度は任命式の飾りではなかった。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。