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無能と罵られ追放された天才軍師、敵国で英雄になる ~追放した王国が、今さら停戦を求めて土下座してきても遅い~  作者: レモンティー


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第百十九話 最後の手紙には、勝利の報告がなかった

故郷の家を片づけていたシリウスは、木箱の底に一通の手紙を見つけた。

宛名は若い頃の自分。

差出人は、もうこの世にいない母だった。

封を切る指が震えた。

『シリウスへ。

あなたの部隊が勝ったと聞きました。

村の人たちは喜んでいます。

でも私は、あなたがちゃんと眠れているか気になります』

そこまで読んで、彼は紙を伏せた。

戦場から母へ送った手紙には、いつも勝利の報告を書いた。

心配をかけたくなくて、夜に眠れないことも、助けられなかった兵の名も書かなかった。

母は、知らないふりをしてくれていたのだ。

『偉くならなくてもかまいません。

誰かを助けられなかった日があっても、帰ってきてください。

温かいものを作って待っています』

最後の一行が、胸の奥に刺さった。

追放された夜、シリウスは自分に帰る場所はないと思った。

帝国で功績を重ねても、故郷へ向かう道を何度も後回しにした。

戸口で足音がした。

エリシアが立っている。

「お母様の手紙ですか」

「ああ。勝ったという知らせより、眠れているかを心配していた」

「返事を書いてみては?」

「もう届かない」

「それでも、あなたが何を伝えたかったかは分かるかもしれません」


その夜、シリウスは白い紙に向かった。

『母さんへ。

今日は誰も戦場へ送りませんでした。

昼には温かいスープを飲みました』

そこから先が書けなかった。

誰も戦場へ送らない日を作るまでに、どれほど多くの人を失ったのか。

翌朝、彼は墓地へ出かけた。

母の墓の隣には、戦争で帰らなかった幼なじみの名が刻まれていた。

花を替えていた妹がシリウスに気づいた。

「兄は、立派に戦ったそうですね」

「そうだ」

「みんな、それしか教えてくれません。私はもう、兄がどう笑ったのかも思い出せないんです」

シリウスは戦場での彼を思い出した。

寒い朝、熱を出した兵の代わりに水を運んでいたこと。

下手な歌で仲間を笑わせていたこと。

「君の兄は、歌がひどく下手だった」

妹は驚いた顔をして、それから泣きながら笑った。

「子供の頃もそうでした」

二人は長く話した。

戦功でも階級でもない、一人の人間の話を。

家へ戻ると、母の勘定帳が見つかった。

小麦、薪、冬の靴。

その脇に、小さく書かれた文字。

『今日はシリウスから手紙なし』

次の頁にも、その次の頁にも同じ一行があった。

戦場での十年は、王宮では勝利の数で数えられた。

母にとっては、手紙の届かない日数だった。

アルノーが帳面を見て尋ねた。

「これを学院に残してもいいですか」

シリウスは首を振りかけた。

母が誰にも見せずに書いた言葉を、英雄の教材にしていいのか。

「原本は家に残す。だが私が学んだことは、私の言葉で伝えよう」

彼は学院宛てに短い手紙を書いた。

『戦勝の報告を読む前に、帰らなかった者の名を確かめてほしい。

地図の線を引く前に、その線の先に誰が暮らしているかを尋ねてほしい』

アルノーは黙って受け取った。

夕暮れ、シリウスは母の家の台所でエリシアと向かい合った。

湯気の立つスープが二人の間に置かれた。

二人はしばらく何も言わず、冷めないうちにそれを食べた。


翌日、シリウスは母が使っていた台所の棚を改めて開けた。

茶碗は二つ、欠けた皿が一枚。

戦場から送った銀貨は、封筒に入ったまま残っていた。

封筒には母の字で『帰ってきたら、一緒に使う』とある。

彼は椅子に腰を下ろした。

母に必要だったのは、金貨でも勲章でもなかった。

食卓の向かいに座る息子だったのだ。

エリシアが古い鍋を磨きながら言った。

「使わずに残すこともできます」

「いや。母は、これで誰かを温めたかったはずだ」

シリウスは封筒の金を村の共同炊事場へ寄付しようと考えた。

だが、その前に母の知人を訪ねた。

隣家の老婦人は彼の顔を見るなり、叱った。

「お前さんは手紙が短すぎた。お母さんは勝った負けたの話より、今日は何を食べたかを知りたがっていたんだよ」

「……書けなかった」

「書こうとしなかったんだろう」

シリウスは言い返せなかった。

軍師としては数千人の食糧を計算できたのに、母一人の心配を想像しきれなかった。

老婦人は戸棚から一冊の帳面を出した。

母が近所の子供たちに温かい食事を振る舞った記録だった。

代金の欄には、ほとんど何も書かれていない。

「お母さんは、お前さんが帰らない冬も、誰かを家へ帰していたんだよ」


その夜、シリウスは共同炊事場で鍋をかき混ぜた。

剣の握り方は忘れていないのに、木べらは妙に重かった。

戦争で父を失った少女が尋ねた。

「将軍様は、勝つ方法を教えてくれるの」

「今日は、焦がさずに煮る方法を教わっているところだ」

少女は笑い、鍋の底をこする手つきを直してくれた。

シリウスは自分が教える側にいる必要はないのだと気づいた。

守ろうとした平和の中で、自分も一人の人間として暮らせる。

帰り道、彼は母への返事を取り出し、余白に一文を加えた。

『今日は、誰かに助けてもらいました』

それは勝利の報告ではなかった。

けれど、母が一番聞きたかった知らせに近い気がした。

「お帰りなさい」

エリシアが言った。

「ただいま」

シリウスは答えた。

何十年も胸に残していた、遅すぎる帰宅だった。

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