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無能と罵られ追放された天才軍師、敵国で英雄になる ~追放した王国が、今さら停戦を求めて土下座してきても遅い~  作者: レモンティー


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第百十二話 皇帝エリシアが、俺の派兵案を退けた

皇帝エリシアが即位してから、シリウスの軍事提案が公の議場で退けられるのは初めてだった。

「国境に騎兵二百を派遣すべきです」

議場に地図を広げたシリウスに、エリシアは静かに答えた。

「認めません」

国境市場で倉庫が襲われた。

市場の商人たちは騎兵の到着を歓迎していなかった。

盗賊よりも、軍が来た途端に客足が止まることを恐れていたのだ。

エリシアは被害者の安全と市場の暮らしを、同じ議場で秤にかけなければならなかった。

積荷は奪われ、衛兵二人が負傷した。

シリウスは武力を行使するのではなく、騎兵を街道の外側に待機させることで次の襲撃を抑止しようと考えた。

「陛下。次に死者が出れば遅い」

「では、兵が来たために店を閉じる商人の損失は、誰が数えるのですか」

財務官が差し出したのは市場の帳簿だった。

二十年前、似た騒動で兵を集めた際、取引量は一週間で半分になっていた。

荷車は国境を越えず、農家の野菜は畑で腐った。

「過去の数字は承知しています。ただ、今回の被害を前にすると、同じ事態が起きると断言できませんでした」

「承知しているなら、なぜ計画書に書かないのです」

シリウスは答えられなかった。

兵を動かせば安全になる。

それは戦場で幾度も成功した判断だった。

だが安全を守るための姿が、人々に戦争の再来を思わせることを、彼は軽く見ていた。

議会はざわめいた。

皇帝が英雄を退けたのだ。

エリシアはシリウスの顔ではなく、地図を見つめていた。

「あなたを信じています。だからこそ、あなたの提案にも反対できる国にしたい」


その日の午後、監察官と救護隊が市場へ向かった。

シリウスは護衛を申し出たが、エリシアは少人数の非武装警備に限った。

現場では意外な事実が判明した。

倉庫を襲ったのは敵国の工作員ではなく、賃金を払われなかった運搬人たちだった。

暴力は許されない。

だが雇い主が三か月分の賃金を隠していたことも事実だった。

「軍を送っていたら、何が見えただろう」

エリシアの問いに、シリウスは苦く笑った。

「槍を持った暴徒だけでしょう」

運搬人は拘束され、雇い主にも賃金の支払いが命じられた。

負傷した衛兵には治療費が支給された。

誰も無罪放免にはならず、誰も国籍だけで裁かれなかった。


翌日の議場で、シリウスは自ら発言を求めた。

「昨日の私の提案は不十分でした。陛下の判断を支持します」

古参の将校が眉をひそめる。

「大将軍が面目を失います」

「面目を守るために兵を動かすなら、私は大将軍でいる資格がない」

エリシアはその言葉に安堵した様子を見せなかった。

ただ次の議題へ進めた。

それがシリウスにはうれしかった。

誰か一人が正しいから国が続くのではない。

正しいと信じる者にも、間違いを指摘できる者がいる。

二十年前、国王の命令に誰も逆らえなかった国を思い出し、シリウスはようやくその違いを理解した。

監察官の報告を待つ間、シリウスは市場の外れにある食堂を訪ねた。

店主の老婆は、鍋を磨きながら顔を上げた。

「兵が来るんだって?」

「まだ決まっていない」

「二十年前は、兵が来るたびに粉が売れなくなったよ。みんな家へ閉じこもるからね」

老婆の息子は当時、両軍の通行許可証を持って市場へ通っていた。

許可証を片方の兵に見せると、もう片方から敵の協力者と疑われたという。

「安全ってのは、剣を持つ人だけが決めるものじゃないよ」

シリウスは食堂を出たあと、部下に命じて市場の店じまいの時刻を記録させた。

事件の翌日、商店の三分の一が普段より早く閉めていた。

噂だけで人々の暮らしが縮んでいる。

一方、エリシアにも迷いがあった。

軍を出さずに再び負傷者が出れば、その責任は皇帝に向かう。

彼女は議会で、判断の根拠と期限を公表した。

「三日以内に犯人を特定できなければ、警備計画を見直します。負傷者の補償は捜査の結果を待ちません」

反対派の議員が問い詰めた。

「それでも襲撃が続いたら?」

「そのときは必要な警備を増やします。ただし、最初から戦争の準備をする理由にはなりません」

エリシアの拒否に最も強く反発したのは、国境を守る将校たちだった。

彼らは市場の襲撃を軽く扱われたと感じていた。

「次に我々の部下が倒れたら、誰が責任を取るのです」

シリウスは将校を連れて負傷者の病室へ向かった。

若い衛兵は肩に包帯を巻き、窓の外を見ていた。

「増兵してほしいか」と尋ねると、衛兵は少し考えて答えた。

「俺を刺した男は捕まえてほしい。でも、母が市場で店をやっているんです。兵が並べば、客が来なくなる」

もう一人の衛兵は違う意見だった。

「抑止力は必要です。二度とあんな目には遭いたくない」

二人の答えは食い違った。

シリウスはどちらも記録させた。

守られる側の声さえ、一つではない。

議会では追加の案が示された。

市場の警備を増やす代わりに、商人組合と住民が共同で見回りを行い、軍は緊急時だけ出動する。

負傷した衛兵には補償を行い、運搬人が賃金不払いを訴える窓口を設ける。

「これで必ず防げると約束できますか」

反対派の議員が問う。

エリシアは答えた。

「約束できません。増兵しても同じです。だから被害が出たとき、計画を検証して変えられる仕組みを用意します」

採決は僅差だった。

可決後も、反対派は批判を続けた。

皇帝はその批判を禁じなかった。

夜、シリウスはエリシアに言った。

「私は陛下を守るつもりで、陛下が築いたものを傷つけるところでした」

「私も怖かったのです。あなたが正しいかもしれないと思っていましたから」

シリウスは意外そうに顔を上げた。

「だから資料を読みました。反対するにも、理由が必要です」

それは二人が長く守ろうとしてきた、命令より難しい習慣だった。

シリウスはその答えに、かつての自分にはなかった強さを見た。

敵の前で退かない勇気とは違う。

味方の期待に逆らい、説明を続ける勇気だった。

事件が解決した後、運搬人の代表は市場で頭を下げた。

「衛兵を傷つけたことは、言い訳できません」

負傷した衛兵の一人が答えた。

「なら、次は役所に来い。俺は門で止めない」

握手はなかった。

だが互いの言葉を聞き、次の手段を決めた。


その夜、食堂の老婆はいつもどおり鍋を火にかけた。

客は少しずつ戻ってきた。

派兵案を退けられたシリウスは、国境の報告をもう一度読み直した。

軍を動かせば早い。

だがエリシアは「兵が来れば住民は何を恐れるか」と問うた。

彼は現地の市場が閉じる危険を見落としていた。

その判断に基づき、軍ではなく共同調査団が派遣され、商人と村長から事情を聞いた。

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