第41話 千年前の殺人
――ゴォォン。
白都の方向から。
また。
鐘の音が聞こえた。
私は。
ベッドの上で目を覚ました。
「……夢」
胸に手を当てる。
まだ。
心臓が激しく鳴っている。
夢の中で。
私は。
誰かに白い剣を向けていた。
相手は。
泣いていなかった。
怒ってもいなかった。
ただ。
笑っていた。
『大丈夫』
『ミア』
『私を殺せば』
『あなたは普通の女の子になれる』
「……」
あの声。
聞いたことがある。
でも。
誰の声なのか。
思い出せない。
「ミア?」
部屋の外から。
レオンの声。
「起きてるか?」
「うん!」
私は。
急いで着替えた。
◇
朝。
みんなで。
簡単な朝食を食べていた。
パン。
スープ。
果物。
この世界に来ても。
朝ご飯は変わらない。
「おいしい……」
私は。
スープを飲む。
クロエが。
笑った。
「ミアって」
「本当に食べるの好きよね」
「だってお腹空くし」
「世界の核を持ってる人が言う台詞じゃないよ……」
シエラが。
苦笑する。
「世界の核があっても」
「お腹は空くんだよ」
私は。
胸を張った。
「なるほど」
ガルドが。
真面目な顔で頷く。
「重要な情報だ」
「ガルドまで……」
みんなが笑う。
その時だった。
ノアが。
突然。
箸を止めた。
「……来る」
「え?」
私は。
窓の外を見る。
白い道の向こうから。
一台の馬車が。
こちらへ近づいてきていた。
馬車の扉が開く。
降りてきたのは。
白い服を着た老人。
胸には。
時計の紋章。
「あなた方が」
「ミア・ルナベル様ですね?」
「はい」
老人は。
深々と頭を下げた。
「私は」
「白都始原時計塔の管理者」
「エドガーと申します」
「時計塔?」
私が聞く。
「はい」
「あなた様を」
「千年前から」
「お待ちしておりました」
「……」
私は。
固まった。
「千年前から?」
「はい」
エドガーは。
当たり前のように答える。
「正確には」
「あなたが」
「もう一度ここへ帰ってくる日を」
「待っておりました」
◇
白都へ向かう馬車の中。
エドガーは。
ほとんど何も話さなかった。
ただ。
何度も私を見る。
「……」
「どうしたの?」
私が聞くと。
「いえ」
「昔のあなたと」
「よく似ていると思いまして」
「昔?」
「はい」
「私は」
「あなたが生まれた時から」
「記録を管理しておりました」
「……」
私は。
少し不思議な気持ちになった。
千年前。
私が生まれた時。
この人は。
私を知っていた。
「じゃあ」
「私のこと」
「全部知ってるの?」
「いいえ」
エドガーは。
首を横に振る。
「私は」
「記録しか知りません」
「記録?」
「そうです」
「あなた自身が」
「忘れてしまった記録も」
「いくつか」
「ここに残っています」
「……」
私は。
窓の外を見る。
白い街並み。
巨大な建物。
そして。
街の中心に。
一本の塔が。
空へ伸びていた。
「……大きい」
始原の時計塔。
白い塔の頂上には。
巨大な時計。
しかし。
針は。
動いていない。
「止まってる?」
「はい」
エドガーが。
答える。
「千年前から」
「ずっと」
「止まっていました」
◇
時計塔の中。
壁一面に。
無数の時計がある。
小さいもの。
大きいもの。
壊れたもの。
逆方向へ動いているもの。
「これは……」
シエラが。
目を輝かせる。
「時間魔法?」
「違います」
エドガーが。
静かに言った。
「これは」
「世界そのものの時間を」
「記録しています」
「……!」
アリシアが。
驚く。
「世界の時間を?」
「はい」
「この塔では」
「世界が生まれた瞬間から」
「現在まで」
「すべての時間が記録されています」
私は。
時計を見る。
「じゃあ」
「千年前のことも?」
「もちろん」
「私が何をしたのかも?」
「……はい」
エドガーが。
頷く。
「すべて」
◇
塔の最上階。
巨大な扉。
そこには。
文字が刻まれていた。
『最終記録』
エドガーが。
鍵を差し込む。
でも。
扉は。
開かない。
「どうして?」
「鍵だけでは」
「開かないのです」
「では何が?」
「記録した本人の」
「記憶が必要です」
私は。
扉へ近づいた。
すると。
扉が。
淡く光る。
『認証――ミア・ルナベル』
そして。
扉が開いた。
◇
中には。
何もなかった。
ただ。
一つの水晶が。
浮かんでいる。
「これが」
「千年前の記録です」
エドガーが。
水晶に触れる。
世界が。
暗くなった。
◇
最初に。
見えたのは。
私だった。
幼い私。
血まみれの白い剣を持っている。
「……」
私は。
息を止めた。
目の前には。
倒れている虚無の王。
そして。
その隣に。
一人の少女。
「……」
少女が。
私を見る。
黒い髪。
青い瞳。
小さな翼。
「ノア……?」
違う。
ノアではない。
「ノクス?」
違う。
ノクスでもない。
セレスでも。
リナでもない。
少女が。
私へ微笑む。
『大丈夫だよ』
『ミア』
『怖くないから』
幼い私は。
泣いている。
「嫌だ……」
『大丈夫』
「殺したくない……」
『でも』
少女は。
自分の胸へ。
手を当てる。
『あなたが私を殺せば』
『あなたは』
『普通になれる』
「嫌……」
『大丈夫』
『私は』
『あなたの一部だから』
「……!」
私は。
記録を見ながら。
震えていた。
「一部……?」
少女が。
笑う。
『あなたが世界を選ぶために』
『私は』
『必要なの』
幼い私が。
首を振る。
「違う」
『ミア』
「私は」
「あなたを」
「殺したくない」
『なら』
少女が。
泣きながら笑った。
『私を』
『抱きしめて』
「……」
幼い私が。
少女を抱きしめる。
二人は。
しばらく。
何も言わなかった。
そして。
少女が。
小さく囁いた。
『ありがとう』
次の瞬間。
白い剣が。
少女の胸を貫いた。
「……!」
私は。
思わず。
目を閉じた。
◇
記録が。
そこで止まった。
「……」
誰も。
何も言わない。
私の手が。
震えている。
「私が」
「殺した……」
ノアが。
私の手を握った。
「ミア」
「……」
セレスも。
近づいてくる。
「大丈夫」
「でも」
「私」
「この子を……」
その時。
水晶が。
突然。
赤く光った。
『記録――改竄を確認』
「……え?」
シエラが。
水晶へ近づく。
「改竄?」
『千年前の記録には』
『欠損があります』
『表示されている殺害記録は』
『本来の出来事ではありません』
「……!」
私は。
顔を上げた。
「じゃあ」
「私は」
「この子を殺してない?」
『正確には』
『殺した』
「……」
『しかし』
『死んでいない』
「え?」
水晶に。
新しい映像が映る。
白い剣に貫かれた少女。
その身体が。
光へ変わっていく。
そして。
その光が。
幼い私の胸へ。
戻っていく。
「……」
私は。
自分の胸を見る。
『この少女は』
『あなたが殺した存在ではない』
『あなたが』
『自分の中へ戻した存在』
「……どういうこと?」
水晶が。
答える。
『名称――』
文字が。
一文字ずつ。
浮かび上がる。
『原初のミア』
「……!」
私は。
息を呑んだ。
『世界を選ぶ前の』
『本来のあなた』
そして。
最後の文字が。
浮かぶ。
『あなたが殺したのは――』
そこで。
水晶が。
突然割れた。
「え?」
黒い亀裂が。
部屋いっぱいに広がる。
「ミア!」
レオンが。
私を引き寄せる。
次の瞬間。
時計塔全体が。
大きく揺れた。
「何!?」
外から。
鐘の音が鳴り響く。
――ゴォォォン!
――ゴォォォン!
――ゴォォォン!
千年間。
一度も動かなかった時計の針が。
ゆっくり。
動き始める。
「……時間が」
シエラが。
震える。
「戻っている?」
エドガーが。
青ざめた。
「違います」
「逆です」
「……?」
「時間が」
「千年前へ戻っている」
その瞬間。
窓の外に。
見覚えのある光景が広がった。
白都。
その街が。
千年前の姿へ。
戻っていく。
建物。
人々。
空。
すべてが。
過去へ。
「ミア!」
セレスが。
叫ぶ。
「これは」
「誰かが時間を巻き戻してる!」
「誰が?」
セレスが。
震えながら。
空を見る。
「分からない」
そして。
塔の最上階に。
一人の少女が。
立っていた。
黒い髪。
青い瞳。
小さな翼。
「……!」
私と。
同じ顔。
でも。
ノアでも。
ノクスでもない。
少女が。
静かに。
私を見る。
「ようやく」
「ここまで来たね」
「あなたは……誰?」
少女が。
笑った。
「私は」
「あなたが」
「千年前に」
「殺したことにした存在」
「……!」
少女の背後に。
巨大な時計が現れる。
針が。
逆方向へ回り続ける。
「ミア」
「今度こそ」
「本当の記憶を」
「全部返してあげる」
そして。
時計の針が。
ゼロを指した。
世界が。
白く染まった。




