第32話 始原喰らい
地下深く。
巨大な怪物が。
ゆっくりと立ち上がった。
六本の腕。
無数の赤い瞳。
そして。
背中から伸びる。
黒い翼。
「……大きい」
私が呟く。
ガルドが。
「感想それかよ……」
と呆れた。
「だって、本当に大きいんだもん」
始原喰らい。
その名前だけで。
始原の王さえ警戒する存在。
なのに。
私は。
なぜか怖くなかった。
むしろ――。
懐かしい。
「……?」
私は首を傾げた。
「私、この子を知ってる気がする」
「ミア」
ルナが。
強い声で言った。
「近づかないで」
「どうして?」
「それは――」
ルナが言葉を止める。
始原喰らいが。
こちらを見た。
『ミア』
『ようやく会えた』
「……」
『お前を食べれば』
『俺は完全になれる』
怪物の口が。
大きく開いた。
『世界の核を――返してもらう』
「嫌」
私は即答した。
『……』
「これは私のだから」
始原喰らいが。
一瞬。
動きを止めた。
そして。
笑った。
『やはり』
『お前は変わらない』
「……?」
◇
突然。
始原喰らいの姿が消えた。
「――っ!」
レオンが剣を構える。
「どこだ!?」
次の瞬間。
私の目の前に。
巨大な拳が現れた。
――ドンッ!!
「ミア!」
レオンが叫ぶ。
私は。
反射的に手を前へ出した。
「えいっ」
拳に触れる。
その瞬間。
世界が。
揺れた。
――ドォォォォン!!
始原喰らいの巨体が。
地下空間の彼方へ吹き飛んでいく。
「……」
「……」
「……」
全員が。
黙った。
クロエが。
ゆっくり私を見る。
「ミア」
「なに?」
「今」
「何したの?」
「押しただけ」
「……」
シエラが。
額を押さえた。
「やっぱり……」
ガルドが。
「それ言うと思った」
レオンは。
もう何も言わなかった。
◇
始原喰らいが。
瓦礫の中から立ち上がる。
傷は。
ほとんどない。
『なるほど』
『そういうことか』
赤い瞳が。
私を見る。
『力を使っていない』
「……?」
『お前は』
『世界の法則を書き換えている』
シエラが。
息を呑む。
「魔法じゃない……」
「じゃあ何?」
「存在そのものへの干渉」
私は。
自分の手を見る。
「よく分からない」
始原の王が。
静かに言った。
「それでいい」
「え?」
「分からないままでいい」
「でも――」
「ミア」
始原の王が。
真剣な顔をする。
「その力を理解しようとすると」
「第零封印がさらに傷つく」
「……」
私は。
黙った。
◇
その時。
始原喰らいが。
突然。
こちらではなく。
始原の王へ向かって走った。
「お父さん!」
始原の王が。
白い剣を構える。
――ガキィン!
巨大な爪と。
白い剣がぶつかる。
衝撃で。
地下の壁が崩れた。
「ぐっ……!」
始原の王が。
押されていく。
「お父さん!」
私は。
駆け出そうとした。
「来るな!」
始原の王が叫ぶ。
「こいつは――」
「俺を狙っている!」
『当然だ』
始原喰らいが笑う。
『お前の中には』
『俺の核がある』
「……何?」
始原の王の表情が。
変わった。
『千年前』
『お前が死んだ時』
『俺はお前の一部を取り込んだ』
『そして』
『その一部が』
『今のお前を生かしている』
「……!」
アレンが。
始原の王を見る。
「だからお前は――」
「ああ」
始原の王が答える。
「俺は完全な俺じゃない」
「……」
「俺の中には」
「虚無の王の一部がある」
◇
私は。
始原の王を見る。
「じゃあ」
「今の黒い紋章は……」
「ああ」
「虚無の王の力」
「そうだ」
始原の王が。
笑う。
「だから俺は」
「いつか――」
「虚無に飲まれる」
「……」
「それが俺の運命だ」
「嫌」
私は。
即答した。
「え?」
「そんなの嫌」
「ミア」
「だって」
私は。
一歩前に出る。
「お父さんが二人もいるのに」
「一人がいなくなるなんて」
「絶対嫌」
アレンが。
少しだけ笑った。
始原の王も。
苦笑する。
「……お前は」
「本当に変わらないな」
「何が?」
「千年前も」
「同じことを言っていた」
「……」
「俺が死ぬと言った時」
「お前は――」
「『嫌』と言った」
胸が。
少し痛んだ。
◇
その瞬間。
始原喰らいが。
再び襲いかかった。
「――っ!」
私は。
手を伸ばした。
でも。
今回は。
何も起きなかった。
「え?」
始原喰らいの爪が。
目の前まで迫る。
「ミア!」
レオンが飛び込んできた。
――ガキィン!
レオンの剣が。
爪を受け止める。
「ぐあっ!」
「レオン!」
吹き飛ばされる。
「レオン!」
私は。
走る。
でも。
始原喰らいは。
私ではなく。
倒れたレオンへ向かう。
「やめて!」
私は叫んだ。
すると。
時間が。
止まった。
「……え?」
全員が。
止まっている。
始原喰らいも。
止まっている。
落ちていた瓦礫も。
空中で止まった。
「また……」
私は。
ゆっくり歩く。
レオンのところへ。
そして。
その身体を。
抱き上げた。
「大丈夫?」
「……ミア?」
なぜか。
レオンだけが動いた。
「どうして……」
「分からない」
私は。
レオンを見る。
「でも」
「守りたかったから」
その瞬間。
時間が。
動き出した。
――ドンッ!
始原喰らいが。
吹き飛ぶ。
何もしていないのに。
「……?」
始原喰らいが。
初めて。
怯えた。
『違う』
『これは――』
無数の赤い瞳が。
私を見る。
『世界の核じゃない』
『もっと――』
『古い』
◇
私の胸が。
熱くなった。
ドクン。
ドクン。
心臓が。
大きく鳴る。
「……何?」
視界が。
一瞬。
白く染まる。
そして。
声が聞こえた。
『――守る』
『選ぶ』
『愛する』
『それが』
『お前が選んだ答え』
「……誰?」
『私だ』
声の主が。
ようやく。
姿を現した。
私の目の前に。
小さな光が浮かぶ。
それは。
少女の姿へ変わった。
銀色の髪。
赤い瞳。
白い服。
私と同じ顔。
でも。
リナとは違う。
ルナでもない。
始原の王でもない。
私は。
その少女を見て。
なぜか。
涙が出た。
「……あなた」
少女は。
微笑んだ。
「久しぶり」
「ミア」
「私は――」
その瞬間。
地下の全ての魔力が。
消えた。
神族も。
魔族も。
王都の結界も。
全てが。
一瞬だけ沈黙する。
少女が。
静かに言った。
「あなたが世界を選ぶ前に、そばにいた存在」
「そして――」
少女の後ろに。
巨大な白い翼が広がる。
「あなたが忘れた」
「最初の仲間」
「……最初の」
「仲間?」
少女は。
頷いた。
「そう」
「私たちは」
「ずっと一緒だった」
始原の王が。
その少女を見た瞬間。
顔色を変えた。
「……ありえない」
アレンも。
言葉を失う。
ルナは。
ただ。
静かに涙を流していた。
セレナが。
震える声で呟く。
「……やっぱり」
「生きてたんだ」
私は。
少女を見る。
「名前は?」
少女は。
少しだけ笑った。
「まだ」
「思い出さなくていい」
「でも――」
始原喰らいが。
突然。
苦しみ始めた。
『なぜ……』
『なぜ、お前が……』
少女が。
始原喰らいを見る。
「あなたも」
「忘れていたんだね」
始原喰らいの身体から。
黒い紋章が。
一斉に剥がれ落ちる。
『やめろ……!』
『俺は――』
少女が。
一言だけ。
告げた。
「帰って」
――ドン。
始原喰らいの姿が。
消えた。
戦いは。
終わった。
あまりにも。
あっけなく。
私は。
呆然と立ち尽くした。
「……私」
「何もしてないよ?」
クロエが。
遠い目をする。
「うん」
「今回もね」
◇
でも。
私は笑えなかった。
始原の王が。
少女へ近づく。
「お前は――」
少女は。
彼を見る。
「久しぶりね」
「……どうして」
「私は」
少女が。
私を見る。
「ミアが選んだ世界を」
「ずっと守っていた」
「だから」
少女が。
手を差し出す。
「今度は」
「私が選ぶ番」
その瞬間。
王都の空に。
巨大な文字が浮かんだ。
『第零封印――第三条件達成』
続いて。
新しい表示。
『残存率――90%』
「……一気に減った?」
シエラが驚く。
私は。
その数字を見つめる。
そして。
少女の手を取った。
「あなたの名前」
「教えて」
少女は。
少しだけ悲しそうに笑った。
「もうすぐ思い出すよ」
「でも――」
その瞬間。
王都の上空から。
巨大な声が響いた。
『――時間切れだ』
全員が。
空を見上げる。
黒い渦の中心。
そこに。
一人の男が立っていた。
白い鎧。
十二枚の翼。
黄金の髪。
そして。
神々を従える。
あの神族。
「……また来た」
私は。
拳を握る。
男が。
王都を見下ろした。
『始原の娘』
『第零封印が第三段階へ到達した』
『ならば――』
白い剣を抜く。
『神々は』
『お前を消す』
その瞬間。
王都全体に。
無数の神の門が開いた。
そして。
その中心で。
少女が。
初めて。
名前を名乗った。
「私は――」
「セレス」
「あなたの」
「最初の仲間よ」
王都決戦。
第二幕が。
始まった。




