第30話 もう一人の私
私と同じ顔をした少女。
銀色の髪。
赤い瞳。
黒い翼。
その姿を見た瞬間。
胸の奥が。
ズキン、と痛んだ。
「……誰?」
私は尋ねた。
少女は。
嬉しそうに笑った。
「やっぱり」
「忘れてるんだね」
「……」
「私のこと」
少女が。
一歩近づく。
「ミア」
「私は――」
「あなたよ」
「……え?」
意味が。
分からなかった。
「あなたの中にあるもの」
「あなたが忘れたもの」
「それが私」
少女が。
自分の胸に手を当てる。
「私は、あなたから切り離された」
「もう一人の魂」
「……魂?」
シエラが息を呑んだ。
「そんなこと……」
少女が笑う。
「この世界の魔法では無理でしょうね」
「でも――」
「始原の力なら可能よ」
◇
「ミアから切り離された?」
レオンが。
剣を構える。
「信用できる話じゃない」
「そうだね」
少女は。
あっさり頷いた。
「あなたならそう言うと思った」
「……俺を知っているのか?」
「もちろん」
「千年前から見ていたもの」
レオンが。
言葉を失う。
「千年前……?」
少女は。
私を見る。
「あなたが世界を選んだあと」
「始原の王は、あなたの記憶を封じた」
「そして」
「あなたの中から――」
「世界を壊したいという気持ちだけを」
「切り離した」
「……!」
始原の王の表情が。
変わった。
「やめろ」
少女が。
彼を見る。
「お父さん」
「……」
「あなたがやったことでしょう?」
始原の王は。
何も言わない。
「待って」
私は。
二人の間に入った。
「どういうこと?」
少女は。
少し寂しそうに笑った。
「簡単な話だよ」
「昔のあなたは」
「世界を守りたかった」
「でも――」
「同時に」
「世界なんて全部消えてしまえばいいとも思っていた」
「……私が?」
「そう」
私は。
信じられなかった。
「そんなこと……」
「だから」
少女が。
胸に手を当てる。
「その気持ちを」
「私が引き受けた」
「……」
「あなたが世界を選べるように」
「私は世界を憎む側になった」
◇
「じゃあ……」
私は。
震える声で聞いた。
「あなたは……悪い人なの?」
少女は。
少し考えた。
「分からない」
「え?」
「だって」
少女は。
笑った。
「あなたが捨てた感情を」
「私が持っているだけだから」
「……」
「あなたが善なら」
「私は悪なのかもしれない」
「でも」
赤い瞳が。
私を見る。
「あなたが泣くと」
「私も悲しい」
「あなたが笑うと」
「私も嬉しい」
「だから」
「完全に別の存在にはなれなかった」
胸が。
締め付けられる。
「……名前は?」
「名前?」
「あなたの名前」
少女は。
少しだけ笑った。
「昔は」
「あなたと同じ名前だった」
「じゃあ今は?」
「……」
少女は。
静かに答えた。
「リナ」
「リナ……」
その名前を口にした瞬間。
頭の中で。
何かが弾けた。
白い世界。
幼い私。
そして。
隣にいた少女。
『ミア』
『リナ』
『ずっと一緒だよ』
記憶。
でも。
次の瞬間。
映像が黒く染まる。
『あなたは世界を選んだ』
『だから私は――』
『世界を憎む』
「……っ!」
私は頭を押さえた。
「ミア!」
レオンが支える。
「大丈夫?」
「うん……」
少女――リナは。
静かに私を見ていた。
「少しだけ思い出した?」
「……うん」
「なら」
リナが。
一歩後ろへ下がる。
「次は地下へ行って」
「地下?」
「王都の地下」
「そこに」
リナが。
私を指差した。
「あなたが捨てた最後の記憶がある」
◇
「待て!」
アレンが叫ぶ。
リナが振り返る。
「お前は」
「ミアから切り離したものの全てを持っているわけじゃない」
「分かってる」
「なら――」
「あなたは知らないでしょうね」
リナが。
冷たい目を向けた。
「ミアが最後に何を選んだのか」
「……」
アレンが黙る。
「あなたが封じた記憶の中には」
「世界を選んだ理由だけじゃない」
「ミアが――」
一瞬。
リナの顔が。
苦しそうに歪む。
「誰かを殺した記憶もある」
「……!」
私は。
息を呑んだ。
「私が……誰かを?」
「そう」
「誰を?」
リナは。
答えなかった。
「地下に行けば分かる」
「でも」
リナが。
笑う。
「その記憶を取り戻したら」
「あなたは」
「今のあなたではいられないかもしれない」
◇
その瞬間。
王都の地面が。
大きく揺れた。
「きゃっ!」
「ミア!」
レオンが私を支える。
王城の床が。
裂ける。
――ゴゴゴゴゴ……!
その亀裂の向こう。
地下へ続く階段が現れた。
「……」
私は。
その階段を見る。
なぜか。
知っている。
ここを。
私は。
昔。
何度も歩いた。
「……行こう」
私が言った。
「ミア」
レオンが心配そうに見る。
「大丈夫」
「怖いけど」
「知りたい」
私は。
階段を下り始めた。
レオン。
シエラ。
クロエ。
ガルド。
アリシア。
セレナ。
ルナ。
アレン。
始原の王。
そして。
ヴァルド。
全員が続く。
リナだけは。
その場に残った。
「……行ってらっしゃい」
小さく呟く。
「私の半分」
◇
地下。
階段を下りるたびに。
空気が変わっていく。
魔力がない。
音もない。
光もない。
ただ。
壁に。
無数の文字が刻まれている。
シエラが。
杖を近づけた。
「これは……」
「古代文字?」
クロエが聞く。
「違う」
シエラの声が震えた。
「古代文字より古い」
「読めないの?」
「……読める」
シエラが。
壁の文字を読む。
「『世界が生まれる前』」
「『始原の王が選択した世界』」
「『そして――』」
シエラの顔が。
青ざめる。
「『世界を選んだ娘』」
私の名前。
その下には。
さらに一文。
――『彼女は、最初に一人を殺した』
「……」
私は。
立ち止まった。
「誰を?」
誰も答えない。
その時。
始原の王が。
静かに口を開いた。
「……俺だ」
「え?」
私は振り返った。
始原の王は。
悲しそうに笑った。
「千年前」
「お前は――」
「俺を殺した」
世界が。
止まったように感じた。
「……私が?」
「ああ」
「どうして?」
「お前が」
始原の王の赤い瞳が。
揺れる。
「世界を選んだからだ」
その瞬間。
地下最深部から。
巨大な扉が開いた。
扉には。
たった一つ。
文字が刻まれていた。
『殺された始原の王――再生を確認』
私は。
息を呑む。
「……じゃあ」
「今ここにいるお父さんは……」
始原の王が。
ゆっくり笑った。
「そうだ」
「俺は――」
「一度、死んでいる」
そして。
扉の向こうから。
黒い声が響いた。
『――ようやく思い出し始めたな』
その声は。
虚無の王だった。
『だが、ミア』
『一つだけ教えてやろう』
『お前が殺したのは――』
声が。
笑う。
『本当に――始原の王だけだったのか?』
――第零封印。
残存率。
九十四パーセント。
私の中で。
何かが。
また一つ。
目を覚ました。




