第29話 王都に潜む裏切り者
王都まで。
残り十八分。
「急ぐぞ!」
アリシアが叫んだ。
全員が走る。
遠くに見える王都セレネア。
その上空には――。
巨大な黒い渦が広がっていた。
「……あれが王都?」
私は立ち止まりそうになる。
空が。
まるで黒い海になっていた。
その中心に。
巨大な赤い目が浮かんでいる。
「神族の結界だ」
シエラが言った。
「王都そのものを閉じ込めている」
「じゃあ、中の人たちは?」
「まだ生きているはずです」
アリシアが答える。
「王城には結界維持装置があります」
「それが壊されれば――」
「王都全体が消滅します」
「……」
私は。
拳を握った。
「絶対に止める」
◇
その時だった。
「待て」
始原の王が言った。
全員が振り返る。
「どうしたの?」
「王都へ入る前に、一つだけ言っておく」
始原の王は。
私を見る。
「中にいる者を信用するな」
「……裏切り者のこと?」
「ああ」
アレンが眉をひそめた。
「本当にいるのか?」
「いる」
「誰だ」
「俺にも分からない」
「……」
アレンが黙る。
「ただし」
始原の王が続ける。
「そいつは、王都の中枢にいる」
「王城?」
「ああ」
「王様?」
「それは違う」
始原の王が首を振った。
「王ではない」
「もっと王都の深いところにいる」
「深いところ……?」
私が首を傾げる。
すると。
ルナが小さく呟いた。
「……地下」
「え?」
「王都の地下には」
ルナの表情が曇る。
「千年前から封印されている場所がある」
「古き塔……?」
「それとは別」
ルナは首を振った。
「もっと古い」
「そこには――」
言葉を止める。
「……何?」
「私にも分からない」
◇
その瞬間。
王都から。
大きな音が響いた。
――ドォォォン!!
「!」
城壁の一部が。
黒い炎に包まれた。
「始まった!」
アリシアが叫ぶ。
「王都へ急ぎます!」
「待って!」
私は。
走りながら言った。
「私が先に行く!」
「ミア!?」
「王都の人たちを助けないと!」
私は。
一気に加速した。
「……速っ!」
クロエが叫ぶ。
「ちょっと待ってミア!」
「待ってる時間ないよ!」
私は。
全力で走った。
――その瞬間。
地面が。
私の足元から消えた。
「え?」
次の瞬間。
身体が。
空へ浮かんだ。
「……あれ?」
気づけば。
私は王都の城壁の上に立っていた。
「着いた」
「「「「…………」」」」
全員が。
数秒遅れて到着した。
レオンが。
肩で息をしながら言う。
「……ミア」
「なに?」
「今どうやって来た?」
「走った」
「いや」
「走ってない」
「え?」
「途中から地面がなくなってた」
「……」
シエラが。
頭を抱えた。
「また世界法則を無視してる……」
◇
王都の中は。
地獄だった。
建物が壊れている。
人々が逃げている。
神族と魔族。
そして黒いローブの者たちが。
至るところで戦っている。
「なんで魔族と神族が戦ってるの?」
私が聞く。
「セレナ」
レオンが振り返る。
セレナは。
少し寂しそうに笑った。
「魔王様の命令よ」
「人間を攻撃するな」
「神族を止めろ」
「……どうして?」
「あなたを守るため」
「……」
私は。
セレナを見る。
「ありがとう」
「……え?」
「私のために戦ってくれてるんだよね」
「……」
セレナは。
顔を赤くした。
「べ、別に……」
「昔もそうだった」
「え?」
セレナの表情が。
一瞬だけ変わった。
「……何でもない」
◇
「ミア!」
アリシアが叫ぶ。
「王城へ!」
「うん!」
私たちは。
王城へ向かった。
ところが。
城門の前に。
一人の男が立っていた。
白い服。
長い銀髪。
王都の騎士たちを従えている。
「……誰?」
私が聞く。
アリシアの顔が。
強張った。
「王国宰相――」
「ヴァルド・エルメリア」
アリシアが呟いた。
「王国で二番目に権力を持つ人物です」
ヴァルドは。
ゆっくりこちらを見る。
「アリシア殿」
「ご無事でしたか」
「はい」
「そして――」
ヴァルドの視線が。
私に向く。
「ミア・ルナベル」
私は。
一歩前へ出た。
「はい」
「よく戻ってきました」
その笑顔は。
とても優しかった。
なのに。
なぜか。
私は嫌な感じがした。
「王城へ案内します」
「……」
始原の王が。
突然。
私の前に立った。
「必要ない」
ヴァルドの笑顔が。
消える。
「……これは失礼」
「あなたは?」
「彼女の父親だ」
「……」
ヴァルドは。
始原の王を見る。
そして。
ほんの一瞬だけ。
驚いた。
「まさか――」
小さな声。
「生きていたのですか」
始原の王の目が。
鋭くなる。
「お前は俺を知っている」
「……」
ヴァルドは。
何も答えない。
その瞬間。
始原の王の右手。
黒い紋章が。
光った。
「……!」
ヴァルドの胸元にも。
同じ黒い紋章が浮かんだ。
アレンが。
剣を抜く。
「やはりお前か!」
「待って!」
私は。
アレンの腕を掴んだ。
「まだ分からないよ!」
「ミア!」
「この人が敵だって決まったわけじゃない!」
ヴァルドが。
静かに笑う。
「……そうですね」
「私は敵ではありません」
「では何者だ?」
始原の王が問う。
ヴァルドは。
深く頭を下げた。
「私は――」
「始原の王を、この世界へ呼び戻すために千年間生きてきた者です」
「……!」
全員が。
息を呑んだ。
私は。
意味が分からなかった。
「どうして?」
「あなたに会うためです」
ヴァルドが。
私を見る。
「ミア・ルナベル」
「あなたは覚えていないでしょう」
「ですが――」
その瞳が。
赤く光った。
「私は千年前から」
「ずっとあなたの味方です」
◇
その言葉を聞いた瞬間。
私の胸が。
強く痛んだ。
「……っ」
「ミア?」
レオンが支える。
頭の中に。
知らない記憶が流れ込んでくる。
白い部屋。
幼い私。
そして――。
ヴァルド。
まだ少年だった彼が。
私の前に跪いている。
『約束します』
『あなたが選んだ世界を――』
『私は守ります』
「……!」
私は。
頭を押さえた。
「知らない……」
「でも……」
「この人を……知ってる」
ヴァルドが。
静かに微笑む。
「思い出しましたか?」
「……少しだけ」
「それで十分です」
すると。
始原の王が。
ヴァルドを睨んだ。
「お前は――」
「まだ俺の娘に仕えているのか」
ヴァルドは。
答えなかった。
代わりに。
王城の鐘が鳴った。
――ゴォォォン。
――ゴォォォン。
そして。
空に表示されていた数字が。
消えた。
「……?」
シエラが空を見る。
「数字が……」
次の瞬間。
王都全体に。
巨大な文字が浮かび上がった。
『選択の時』
その文字の下に。
新しい数字が表示される。
『残り――10分』
ヴァルドが。
初めて。
笑った。
「始まりました」
「何が?」
私が聞く。
ヴァルドは。
王城を指差した。
「千年前から続いていた――」
「最後の選択です」
その瞬間。
王城の地下から。
地鳴りが響いた。
そして。
王都全体に。
巨大な黒い紋章が浮かび上がる。
私の短剣。
始原の王。
虚無の王。
ヴァルド。
そして――
私自身。
すべてを繋ぐ紋章。
その中心で。
誰かが笑った。
「――やっと帰ってきたね」
「ミア」
私は。
その声を聞いた瞬間。
凍りついた。
知っている。
この声を。
ずっと昔から。
でも。
どうしても。
思い出したくなかった。
「……誰?」
始原の王が。
顔を上げる。
アレンが。
青ざめる。
ルナが。
震える。
そして。
セレナが。
泣きそうな顔で呟いた。
「……あの人……」
「まだ生きてたの……?」
地下から。
ゆっくり。
巨大な扉が開く。
その向こうから。
一人の少女が。
歩いてくる。
黒い翼。
銀色の髪。
赤い瞳。
そして――。
私と同じ顔。
少女は。
私を見て。
微笑んだ。
「久しぶり」
「――もう一人の、私」
その瞬間。
私の第零封印が。
九十五パーセント




