サボ島沖海戦
1945年6月某日、日本海軍の旗艦熊野以下重巡部隊(第七戦隊)と随伴駆逐艦(10駆)はフィジーに向かうため、サボ島周辺を通過していた。
ちょうどサボ島を通過している時…
「電探に感あり!前方1時方向!近いぞ!おそらく海峡の地形で電波が乱反射して捉えならなかったんだ!」
「夕雲の見張り員より通報、1時方向、距離10km、敵重巡及び駆逐艦と思われる!それから対艦誘導弾は最低射程を割っているので使用不可!」
「砲雷撃戦用意、目標敵重巡、撃ちー方始め、テーっ!」
敵艦隊は、ボルチモア級重巡3隻と、その護衛の駆逐艦4隻であった。
まず、先頭のボルチモア級には三隈が攻撃した。第6斉射で命中弾を出すが、ボルチモアの反撃により第4主砲が破壊されてしまう。
三隈が右舷の航跡誘導魚雷6本を発射すると、そのうち3本が先頭のボルチモア級に命中し、ボルチモアは沈没していった。
しかし、三隈も度重なる被弾により中破してしまった。
同じ頃、
二番手のボルチモア級は先頭にいた熊野を狙ったが、反航戦のため、双方同じ門数しか使えず、米軍はSHS弾があるとはいえ、近距離では真価を発揮しずらいため、どちらも決定打に欠けていた。
しかし、鈴谷の後ろに続いていた最上が右舷の航跡誘導魚雷6本を射撃すると、2本がボルチモア級に、4本が随伴駆逐艦群に命中した。
ボルチモア級はすぐに大破し、航行不能となった。
しかし、砲撃戦の結果、熊野も中破してしまい、一時的に対空戦闘能力が低下した。
また、随伴駆逐艦達は1本の魚雷の被弾で船体が真っ二つに折れたり、艦尾を喪失し航行不能に陥ったりしてしまった。
随伴駆逐艦は3隻が沈没、1隻が大破し、さらに翌日の空襲により大破していた1隻もついに撃沈された。
熊野らは沈みゆく米艦隊を尻目に鉄底海峡を突破、さらに途中で潜水艦1隻を撃沈して、その後は特には戦闘は発生せず、無事にフィジーに入港した。




