仕込み
王城に避難してから2週間。
不便さはいかんともし難いが、死ぬほどでもない。
現状に慣れてきたネッティンガー侯爵家当主は、今後を見据えて思索していた。
(王太子とオーグスト家の娘はまだ見つからんか。王が戻るまでに見つけておきたいが、できなかった場合にどう立ち回るか・・・)
今回のことは、明らかに王家の失態だ。
オーグスト家にも咎はあるが、そちらはどうにでも処置できる。
『王家の血』という唯一無二に対し、糾弾するか懐柔するか。どちらにより利があるか、他家の動向も踏まえつつ考えを巡らせる。
勝手に占拠した貴賓室のソファで寛いでいたネッティンガーだったが、突然の異変に目を剥いた。
見渡す限り真っ白な空間。
天地もなく、自分の感覚もあやふやで、立っているのか寝転んでいるのか、判別がつかない。
夢か? 幻か?
呆然とするネッティンガーの前に、黒いしみのようなものが、じわりと浮き出てきた。
「我が館へようこそ」
黒衣を纏った男が、薄い笑みを浮かべて現れた。
真っ直ぐな黒髪は身長ほどもあり、金色の瞳は人知を超えた輝きを放っている。
真っ白な肌に恐ろしいほどの美貌。
その姿は紛れもなく──────
「我が名はベルディモード。招待を快く受けて頂き、感謝致します」
慇懃に礼を取るベルディモードから視線が外せない。
招待を受けた覚えはないが、指摘するような度胸もない。
ガタガタと震えていると、近くから、ひぃと息をのむ音が聞こえた。
視線を引きはがして周りを見ると、見知った顔が並んでいた。
自分の子供たちと、その伴侶、孫たち。
何かと協力し合っている従弟たち。
自分の家族と、派閥の中心人物たちが揃っていた。
「さて、招待した理由ですが、国王が国を改革しようとしているのはご存じですね」
値踏みをするような鋭い視線に、ごくりと喉を鳴らした。
毎朝『聖女チャンネル』とやらで見せられているのだ。知らないわけがない。
こちらの意見は全く届かず傍観することしかできないのも、国民におもねる内容なのも不快で仕方ない。しかし、それを表情に出すのはまずい。
心の中で冷や汗をかきつつ、無表情を取り繕った。
「私も王の要請により手助けをしているわけですが、どうもあなたたちへの説明が足りてないのではと思っておりまして」
瞳を細めて口角を上げるその表情は、獰猛な捕食者にしか見えない。
喉は干上がり、全身汗まみれだ。
横目で助けを乞おうにも、誰もが蒼白で恐怖に震えている。
「貴方方でも分かるようにご説明差し上げようと思ったのですよ」
くっと喉を鳴らす男は、とても名高い大賢者に見えない。
むしろ、魔王や死神と言われたほうがしっくりくる。
「ところで皆様。ご自分の価値について、どう考えておられますか?」
問いかけに答える者はいない。
高位貴族としての自負はあるが、この男の前では貴族の矜持も消え失せてしまう。
「侯爵家ご出身ですし、自負心は強いでしょう。魔力もそれなりにお持ちのようだ。・・・その魔力はどこにあるのかご存じですか?」
ベルディモードが腕を振るうと、ぐらりと身体が傾いだ。
咄嗟に腕をつこうとして、その腕が無いのに気付いた。
「う・・・うわぁああ!!!う、腕が!!!」
叫び声や、劈くような悲鳴が次々に起こる。ベルディモードは眉を顰めると「煩いですよ」と呟いた。
途端に絶叫が喉の奥で止まる。
声に出せず、口をはくはくさせる私たちを見て、ベルディモードは満足げに笑った。
「話が進まないのでお静かに。ご婦人方は城に戻ってから気絶してください」
蒼白な顔で卒倒寸前の妻に冷たく告げて、ベルディモードは指で摘まめる程度の魔力の球を眼前に光らせた。
「これが、貴方方腕一本分の魔力です。小さいでしょう? 身体にはあまり魔力はないのです。それでは、どこに魔力は宿っているのでしょう?」
声は封印されている。ただ目を見開き、震えるネッティンガー一族を前にして、ベルディモードはにんまりと笑った。
「魂ですよ。一人の魂を魔力に変換すれば、結界の維持だけなら5年分の魔力に相当します。先々代の聖女は、加えて魔物の掃討も行ったので1年ほどで切れてしまいましたが」
意味ありげな眼差しに、ネッティンガー侯爵は慄く。
「王は、全てを変えるのは混乱を招くと、階級社会は残すことにしました。しかし貴族からは権力を剥奪し名誉職とする。これまで通りの爵位と立場を望むなら、魔力を奉納する義務を負うこととする。反するものは国外追放にすると仰っていますが・・・・・・私は反対なのですよ」
すいっと侯爵に近寄り、その心臓を指で押さえる。
「こんなに上質な魔力を国外に流出させるなど、勿体ないと思いませんか? 貴族なら身も心も魂までも、国の為に捧げ、礎となるのが本望だと思いませんか?」
美しく微笑むベルディモードが恐ろしくて恐ろしくて気が狂いそうだ。
この男ならやる。絶対に。誰が相手でも、赤子でも容赦しない。
そう確信させるほど危険な笑み。
「貴方方は大切な供物です。その身を毀損することは許しません。他の貴族に対しても同様ですよ。命を奪う行為は勿論、悪意ある噂など魂を曇らせるような真似をしても駄目です。国の財産を損ねた咎で、全てを召し上げ国の英雄となって貰います。─────そうそう、最後に一つ教えて差し上げましょう。聖石はこの王国で起こった全てを記録しているのですよ」
その言葉で、集められた哀れな貴族は、全てを受け入れなければ生きる道はないと知った。
いつの間にか腕は戻っていた。
ベルディモードが優雅に礼を取る。
「それでは皆様、御帰り頂いて結構です。私が送り届けて差し上げましょう」
一人ずつ消えていく。そして最後にネッティンガー侯爵が残された。
ベルディモードは侯爵の耳元でそっと囁く。
「先々代聖女の時はご活躍でした。次はありませんよ」
ベルディモードの姿が薄れていく。
今度こそ、侯爵は大声を上げて意識を手放した。
「ふむ。今回はかなり恐怖を煽れたな」
貴族を送り返したあと、ベルディモードは研究結果を書きつけていた。
「暗闇より真っ白の空間の方が恐怖を感じるとは、中々意外な結果だな。非日常感がポイントか? 恐ろしいものを見せつけるより、何もない方がじわじわと追いつめる効果あり・・・と。演技も抑え気味の方が、より恐怖を煽れるようだな。心当たりが多いほど自滅傾向あり。いや、実に興味深い」
どうアプローチしたら、狂わせることなく最大限のトラウマを植え付けられるのか。害意の弱い貴族から順にベルディモードは実験していた。
研究成果は着実に出ており、今回はかなり爪痕を残せたようだ。ベルディモードはご機嫌である。
「貴族共も残り少なくなってきたし、研究の仕上げといくか。次はどんな趣向を取り入れようか。改善点は・・・」
にまにまするベルディモードを見かけたアリアが「また悪い顔をしてるー」とあきれていたが、ベルディモードが気づくことは無かった。




