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東京都―神奈川県

 買い物を終え、僕とリンネは車に戻ることにした。お盆休み中のショッピングモールは、午前の早い時間にも関わらず混んでいて、長居をしたらそれだけで疲れてしまいそうだ。

 モールから外に出ると、相も変わらず空は青くて、降り注ぐ直射日光に僕は思わず顔をしかめてしまった。車のドアを開けるとこもった熱気が一気に車外に放たれた。

「じゃあ、行こうか」

 運転席に座ってハンドルを握る。

「あっつ!」

 思った以上に熱かった。手をビクりとさせた僕を見て、リンネは楽しそうにクスクス笑った。

「それで、これからどこに行くの?」

「厚木から東名かな」

 冷房のスイッチを押す。勢いよく吹き出した生ぬるい風を顔面に受けて、リンネは眉間にシワを寄せた。ハンドルが暑くて、しばらく出発出来そうにない。

「高速道路? 楽しみね」

「……僕はまったく楽しみじゃない」

「気持ちにゆとりを持たなきゃ。そんなんじゃ事故っちゃうわよ」

「キミは怖くないの? 僕はキングオブペーパードライバーだよ」

「死にはしないわよ。それにゴールド免許でしょ?」

 リンネには一度教習所に通ってもらいたい。ろくな思い出がない、刑務所のようなあの空間に。

「おし」

 ハンドルも触れるくらいになったので、僕はギアをドライブに入れ、アクセルに足をかけた。

 ゆっくりと動き出す車に合わせ、リンネが弾むような声で、

「出発進行!」

 と呟いた。


 吊り橋効果が本当なら、僕はとっくにリンネに惚れている。そんなバカなことを考えながら、高鳴る心臓とともに運転し、やがて高速の入り口が見えてきた。

 速度を落としてETCのゲートをくぐる。これだけでやり遂げた気持ちになったが、この後待ち受けているのは地獄の合流だ。

 なにを隠そう、免許を取る時、高速はゲームセンターにあるようなシミュレーションで済ませたので、実際の現場は今日がはじめてだった。

「ぐるぐる回ってスリリングね!」

 合流前の緩やかなスロープにはしゃぐリンネの横で僕は冷や汗が出て止まらなかった。

 本線が右手に見える。サイドミラーを確認する。行けるか? 行ける!

 今だ!

 アクセルをおもいっきり踏み込む。

「きゃ!」

 突然の負荷にリンネは思わず悲鳴をあげたが、謝っている時間はない。

 エンジンがぐおぉん、と唸りをあげる。一気に加速する。スピードメーターが勢いよく右に倒れる。

 タイミング、ばっちり!

「よっし!」

 合流に成功し、思わず歓喜の声をあげると「何が、よし、よ……」と、隣から非難の声が上がった。


 一度高速に乗りさえすればあとは楽な作業だ。ハンドルとアクセルに気を付ければいいだけ。一般道より運転は簡単だ。

 楽なのは確かだが、気軽かといえばそうではない。

 スピードメーターは常に八〇オーバーで、もし僕がハンドルをくいっとなんとなしにひねったら、運転手はまだしも隣の少女もあの世行きだ。なぜだが、そんなことが頭によぎってしまう。

 心臓は常にバクバクだ。走行車線を法定速度プラス十キロくらいで走っているのに、「おせーよ、かす」と言わんばかりに、たくさんの車が追い抜いていく。

「ドライブっていいわねぇ」

 上機嫌なリンネには悪いが僕はまったく楽しくない。

「ご、ごめん、リンネ」

「ん、どうしたの?」

「サービスエリアに入っていい?」

「え。まだ三十分も運転してないわよ。もうトイレ?」

「いや、もう、あの、心臓がやばい」

「そ、それならしかたないわね」

 ともかくこのスピード感はやばい。情けないと言われても言い訳できないが、僕は高知まで運転しきる自信がなかった。


 サービスエリアに入るのも一苦労だ。まず看板を見つけなければならない。

 リンネの目を借り、リンネの声に従い、リンネの誘導にしたがって、車は海老名のサービスエリアにたどり着くことが出来た。

 海老名サービスエリアは広かった。

 次に待ち受けているのは、混雑だ。お盆の帰省ラッシュど真ん中の東名高速は、バカなんじゃないかと思うくらいの混んでいて、ショッピングモールのほうがまだましだったと何となく思った。かろうじて見つけた一台分の駐車スペースに、バックで入庫を試みるもなかなかうまくいかない。

「ちょっと! ハンドル切りすぎよ! そうじゃない! 逆方向! だから、違うって、戻して、ハンドル戻して! あー、もう、これは無理よ、一回前に出ましょう。そう、ゆっくり」

 たかが駐車と侮るなかれ、車の運転なんて、つまるところ駐車が上手いかどうかがポイントなのだ。

 つまり僕は落第点で、敗因は現実の駐車場にはポールがないということ。

 五分後、ようやく駐車に成功した時、あたりから軽く拍手が起こった。照れ笑いの反面、晒し者じゃねぇよ、と文句を言いたくて仕方なかったが、周りにかけた迷惑ははかりしれないので笑って誤魔化すしかなかった。

 トイレ休憩にはいる。とてもでかいサービスエリアだが、なにが悲しいってまだ海老名ということだ。電車で一時間もかからないところに、僕は苦労してたどり着いたのだ。こんなことなら公共交通機関を選ぶ方が全体のリスクとしては低かったのではないかと考えてしまう。

「おまたせ」

 お手洗いを済ませたリンネがハンカチで手を拭きながら、戻ってきた。

「ねぇ、すごいわ。お祭りみたい」

 瞳を輝かせて、屋台のように並ぶお店に感嘆の息を漏らす。人混みの熱気はたしかにお祭りを思い起こさせる。

「なんか食べる?」

「ん……いいや。今食べるとお昼ご飯入らなくなりそう。でも、本当にみんな楽しそう」

 親子連れが笑顔でフランクフルトを注文している。

「私、お祭りって行ったことないの。いつか行けたらいいなって思ってるけど、なかなかそんな機会なくて」

「行きたいのなら行こうよ」

「え?」

「お祭りだろ? 調べておいてよ。僕は運転に集中しなきゃだから、助手席でさ」

「ほんとに行ってくれるの?」

「君が行きたいのならね」

 リンネはすこし赤くなったように見えた。

「じゃあ、出発だ。なんかリフレッシュ出来たし、今度は一時間くらいは連続で運転出来ると思うよ。一時間後はちょうどお昼だし、次のサービスエリアでご飯休憩を取ろう」

 車に戻りながら、なんの気無しに旅程の相談をする。

 ほんやりとした表情で聞いていたリンネはポツリと呟いた。 

「ねぇ、せっかくだからゲームをしながら進まない?」

「ゲーム? なんの?」

「私、地理が得意なの。旅行雑誌を眺めて遠くに行く想像をいつもしてた。将来バスガイドになりたかったから」

「……だからなに?」

「ああ、ごめんなさい。つまりね。通りがかる地名の名産や逸話を交互に言い合うの。観光案内みたいに」

「構わないけど、勝ち負けはあるのか?」

「そんなの相手が唸るような雑学を言った方の勝ちに決まってるじゃない」

 車に乗る。クーラーを切って小一時間もたっていないので、まだ車内は涼しいままだった。ハンドルも触れる。

「ゲームをするのは構わないけど、どういう感じで進めていけばいいのかさっぱりだよ」

「そうね。それじゃ、お手本で私からやってあげる。ここはどこ?」

「神奈川県の海老名サービスエリア」

「海老名ね……海老名……」

「なんもないなら、ないでいいんじゃないかな」

「あるわよ。名前の由来だけど、でっかい海老が住んでたからって説があるわ!」

「……そっか! それはすごいね」

「なによ。その愛想笑い。疑ってるみたいだけど、本当だからね。逸話には諸説あるけど! そういうあなたはなにか無いのかしら?」

 おいお手本じゃなかったのか。

「そうだなー。駅の発着音がサクラで、駅前にららぽーとがあるくらいかな」

「この勝負、僅差で私の勝ちみたいね」

「判定に意義ありだわ」

 アクセルを踏んで出発進行。

 人通りが多いので慎重に出なければならない。

 しばらく緩やかに走ったらまたすぐ合流だ。緊張の一瞬。

 右のサイドミラーで後続車を確認、むっ、いまだ行ける!

 急加速!

「うぇ」

 背中をどんとぶつけたリンネにはすまないと思うが、

「よしっ」

「だから、なにが、よし、よ……」

 無事に本線に合流できて万々歳だ。



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