脇役主人公の回想
「……どういう、意味ですか?」
豪華なつくりの広く美しい部屋。以前から訪れている第二王子の部屋よりは幾分か質素といえるのだろうか。……おそらくここは、ローウェンの自室だ。
一人部屋とは思えない高さの天井に、私の言葉は思いのほか響いた。
「俺のせいでしょ?君が家を出たのは。
……いや、家を出ることに対して何も感じなかったことは、」
「……」
「可笑しいね。同じレイカン伯爵夫人の腹から生まれたってのに、まともに顔を合わせたのは……君が生まれて、17年、か。」
「……」
私は何も言えなかった。なぜなら、……わからなかったのだ。
この目の前の人物がここまで言って何を伝えたいのか。初めに言った謝罪の言葉ですら、私にはにわかに信じられなかったのだ。
なぜ、どうして。
「あなたは……私を、見捨てたんじゃなかったんですか。」
静かに、するりと唇がそうつぶやいた。
優しそうな目をする美形の男は、自分の記憶の中の姿とは似ても似つかなかったのだ。
ときは、7年前。
10歳だった私は、人より幾分か頭はよかったが、兄弟姉妹と比べては劣る存在だった。
正妻の第二子ということで大きな期待をかけられていたから、その反動はとても大きかった。
といっても当時は私も自分の立場など知らず、まして人外ともいえるほどの才能を持った実の兄のことなんて知る由もなかったが。
……ただ、一つだけわかったのだ。私は、この家族に必要とされていない。
「あはははは!姉さま、そんなこともできないの?それでレイカン家の娘なんて……名乗らないでほしいわ!」
「なにそのしょっぼい数値。これが魔力値ですって?わらわせないでッ」
「属性も一つしかないなんて……ほんっとに凡人ね。」
美しく魔法に優れた姉妹達には馬鹿にされ、
「弱い。……5歳下の弟に負けて恥ずかしくないの?」
「そんなんで家名を語るなッ」
「ねー、もういっそ死んだらー?必要ないし―。」
剣術に優れ騎士となることが決まっている兄弟たちには蔑まれ、
「本当に俺の子か?……どっかの行きずりの野郎の子じゃないよな。」
父には不義を疑われ、
「あんったのせいで私はッ伯爵様に愛してもらえないのよッ……」
母にはその存在を疎まれた。
……だけど、そんな私にも希望の光が見えたんだ。
「聞いた?長男のローウェン様は史上最年少で上級騎士に昇格したそうよ!」
「本当!さすがは歴代随一と言われただけあるわ。然もあんな美形……ああ、一度でいいから……」
「だめよ。婚約者候補には、傾国の美姫と言われるグレイタ公爵令嬢様に、第三王女リーチェイカ様がいらっしゃるんだから……」
「確かに。あのお二人、以前一目拝見させていただいたけど、とっても美しい方々だったわ!」
「まぁ、美男美女なんて素敵!」
偶然聞いた侍女たちの会話に、私は胸を高鳴らせた。
ローウェン。まだあったこともない兄。私を蔑まない兄。
私は心のよりどころがほしかったのだろうと思う。だから、あったこともない兄を勝手に想像し、もしかしたらこの苦しくて仕方がない現状から救ってくれるかもしれないと本気で信じていたのだ。
その日から私は、ローウェンという名の兄を探して、たびたび剣や魔法の稽古をサボるようになった。
兄弟たちにはまたののしられたが知ったこっちゃなかった。だって、稽古といっても一番弱い私をぼろぼろにしてみんなが優越感に浸るだけで、あんなのはけいこでも何でもない。ただの一方的な暴力なんだから。
そして私は、
「君は、誰?」
「あなたは……見ない顔ですね。」
この世のものとは思えないほど精巧な作りをした顔の青年と出会うのだ。