脇役主人公の自論
「早く起きてサレン……ってあれ、」
「うん、おはよ…」
ベットに横たわる私の顔を覗き込んで、いつものように張り上げられた声が止まった。なんだか不思議なものだ。ここに勤め始めてから私が起きていることなど一度もなかったのだから。
まあ、今日は起きたというよりは、
「おはようじゃないわ!!何そのひどい顔ッ」
「……あ、」
ビシッという声が聞こえてきそうな勢いで指摘された顔に手を当ててみると、触って分かるほど目の下に窪みが……
これはいけない。メイドは身だしなみを整えることがとても重要視される。メイド服を乱したりしていたらそれこそメイド長の怒りの琴線に触れてしまう。もちろんそれは顔に至っても、である。もちろんもとからある私のどちらかといえばブスな顔は仕方がないが、最低限のメイクはしなければそれこそダメ出し、肌があまりにも荒れていたりしたらまた怒られる。然もこれほどの隈は……考えるだけで憂鬱になってきた。なんて厄日だ。
……それもこれも、ぜんぶあの騎士団長様のせいだ。
とりあえず身支度をはじめながら私は昨日の出来事を思い出す。……まさか騎士団長ともあろう人があんなところで休んでいるなどだれが思うものか。確かに金髪碧眼といえば騎士団長か王族しかいないけれども。何も使用人専用の食堂の裏なんかに……。確かにあそこは私が見つけた時に思わずガッツポーズをしてしまうほど静かで日当たりが良くて涼しくて景色もいいという素晴らしい場所だけどッ、
はぁ、と何度目かわからない溜め息をつく。図らずともあんな有名で人気者な人と関わってしまったのだ。彼にあこがれている人の耳にでも入ってしまったらとんでもないことになる。抹殺コースですよねわかります。
ともかくお気に入りの場所がなくなるのはさみしいけど、しばらくはあそこに近づくのはやめよう。また偶然でも会ったときにほかのメイドにみられでもしたら……おぞましい。鳥肌が立つ。
そんなことばかり考えていたら夜はねれなかった。くそうアイル・サンガルト許すまじ……嘘ですごめんなさい。
そんなこんなで着替え終わった後に気付いた。あれ?リーアは……
いつもならこんなにだらだら着替えていたら鉄拳が飛んでくるのに珍しい。何があったんだろうか。
と思っていると、タイムリーというかなんというか、ご本人が登場された。
「サ、レン……手伝って……」
「えちょ、どうしたのソレッ」
氷水の入った桶と、見るからに湯気の出ていて熱そうな桶を両手で必死に持ちながら。
慌ててそれを支えながら部屋の中に下ろす。全くこんなもの何のために……?
「タオル出して。」
「え?」
「ほら、なるべくハンドタオルみたいな小さいやつ。持ってるでしょ?」
「うん、持ってる、けど…」
自分の物の中から言われた通り取り出して差し出す。いったい何を始めようというのだろうか。頭にはてなマークを浮かべながらそのタオルの行く末をじっとみていると、
「あつッ」
「リーア!?」
馬鹿なのか、この子は馬鹿なのか。
素手で湯気が元気に立つお湯の中に手を突っ込みやがった!!
「阿呆ッ、早く手ぇ出せッ」
ぽちゃん、と落としたタオルをそのままに、私はリーアの手をお湯から引っ張り出して手をかざす。
あまりにも必死だったから覚えていなかった。そう、今まで辛い腰を痛めつけてまでなぜ、コレを使わなかったのか。
「治れッ」
シュゥ、と溶けるように痛々しい火傷の跡が消えていくのを見ながら、初めて私は気が付いた。
「ありがと、サレ……サレン!?」
「、あ……」
それは懐かしい痛みだった。
そう、この呪いを受けた時以来の。
私は、……この世界のだれもが使っている『魔法』を使うと、激しい痛みに襲われる。この呪いを受けたいきさつは……思い出したくもない。
痛みの程度はその魔法の大きさによって違くなっていて、その大きさの程度で激しさが増す。
今のは、直した火傷の痛みと同じ痛みになる。
「……大丈夫、心配するな。」
慣れているから、そう言って笑うと、訳が分からないという風にリーアは首をかしげた。
わからなくていい。そうでなければこの痛みを誰にも知られないようにと必死で隠し続けた結果、失われた感情が無駄になってしまう。
伊達に不感症と呼ばれていないさ、と私は笑った。
「ところで、お前は何をしようとしたんだ?」
なんでもなかったように話を続ける。
痛みを訴える両腕を無視しながら。
「ああ、あれね。あのね、サレンの隈を消そうと思ったのよ。」
「隈を?」
「そう。あのね、私はおばあちゃんから習ったんだ。」
リーアが言うには、温めたタオルと冷やしたタオルを交互に当てると隈がとれるらしい。今度は火傷しないようにと手袋をして実践してみてくれると、成程。きれいに取れる。
「ありがとう」
「ごめん、結局迷惑かけたね。」
「いいよそんなの。」
半分以上私が自業自得でやっただけなのに、しゅんとして謝ってくる。正義感が強いリーアらしい、と私は微笑んだ。
まるで私とは違ってキラキラしているリーア。
ああきっと、あなたは主人公で私は脇役なんだ。
でも、リーアを幸せにできる脇役になら、私は喜んでなるんだろう。
隈の取り方、作者は姉から教わりました。姉さん女子力高い。