3 メーテ
彼とは何でもない雑貨屋で出会った。僕が欲しいと思った『石全集』なるものを持っていたから話しかけたけれど、見慣れない格好をしていた。
都市部の人は金やクリーム色の翼だ。白い色の僕は割と馴染みやすいけど、彼は赤茶の翼をしていた。南西の荒野にあるファルヅ国辺りはそういう人が多い。おまけに、目立たないように白とかにすればいいのに深緑の手拭いを頭に巻いている。
「目立つよね」
少し眉尻を下げて笑った彼は、僕より少し年上そうだ。後で聞けば、二つ上だった。
そんな彼は錬金術師で、各地……といっても一番広い土地を持つソノワール国を放浪しているそうだ。何でも「世界を救う旅をしてる」とか。壮大だなと思っていると話を聞いてくれたのが嬉しかったのか、彼――メーテは色々話してくれた。
どこから仕入れたのか随分と詳しく戦争の情報を知っていた。纏めれば、ハイノールの力が弱くなって、武力で制圧できなくなった北部や西部が暴れ出したから、ファルヅもそれに乗っかったのだという。それぞれの地域の貴族家が暴れた……つまり謀反。そんなにソノワール王家が嫌だったのかと聞けば、彼らは何でも独り占めしたがったそうだ。納得がいかず逆らって、そのまま三家が手を組んでソノワール国王家を滅ぼすかと思えば、ルスタル家が裏切った。彼らも独り占めしたかったということだ。そして四国の戦争へ……という流れ。
それで君は、詳しくは何をしたいのかと聞けば……
「フェーレや何かの癒しの特性を持つ石とハイノールを合成するんだよ。ハイノールは強いエネルギーを持つ。そのパワーで癒しの力が増すだろう? きっとみんな癒されて、競争やら何やらはなくなる。そうすれば戦争は終わるし、これからの世界も少しはマシになる筈でしょ?」
場所を変えて、飯屋でパンをかじっていた僕は思わずそれを落とした。
石と石を合成するにはもちろん実物が必要だ。しかしハイノールはソノワール国の王宮にある。少なくとも侵入は絶対。それに合成するとなれば時間がかかる。のんびり王宮でそんなことをしていては、たちまち捕まってしまう。
「それってつまり、盗むの……?」
「……場合によっては? 秘密にしといてね」
メーテは目を細めていたずらっぽく笑った。
こんなご時世に軽々しくそんな話をするべきじゃないと思う。僕が呆れていると、彼は続ける。
「キミだから話したんだよ」
「僕だから? 会ってまだ半日も経ってないのに?」
「うん」
黙って本を見つめていた時と違って、メーテは喋ると結構無邪気な顔をする。
「出来ればキミに手伝ってほしいなぁって」
「僕⁉︎ ……応援なら、するよ。でも」
僕は目を逸らした。そんな、もし間違えば命を落としそうなことを、僕にやれって? レイラのことだって待たせてて不安なのに、王国に喧嘩を売るようなことなんて……。
「僕は出来ない。悪いけど、そんなに簡単に投げ出せるような命じゃないんだ」
「……」
子犬のような目で見つめてくる彼に、少し罪悪感を抱きながらも
「じゃあ、行くから。ごめん」
小銭を置いて、僕は飯屋を後にした。彼とはもうお別れの筈だったのだ。筈だったのに……。
撒いたと思っても、ひょこひょこと僕の前に現れて
「少し手伝ってくれるだけでいいから。メイカラットだって、何だってあげるからさ」
なんて。そもそもハイノールを盗むのも、勝手に手を加えるのも立派な犯罪だ。その前に、王宮に忍ぶ込むこと自体が。
「あーもう、どうして僕に付き纏うんだよ!」
無視しようと思っていたのに、どうしても我慢ならなくなって僕は軽く叫んだ。すると
「そのブレスレット、綺麗だよね」
「え、これ?」
いきなり言われて、僕はレイラから貰ったお守りのブレスレットを見る。深い青と灰色の石で出来た、割と一粒一粒の石が大きなブレスレットだ。
メーテは微笑んで頷いた。
「君は、一番光に近かったんだ。ボクがこれまで出会ってきた人の中で。一目見た時に分かったよ。純粋な人なんだって。ボク達は女神様の子……天使という別名があるよね。ボクの翼は赤茶だけど、君は本当に綺麗な白い翼だ。見た目通りの天使なんだよ」
「……僕の住んでるレイスターでは殆どの人が白い翼だけど」
昔僕がレイラに思ったようなことを言ってくるので、親近感を持ちたくなくて僕は目を逸らす。
でもメーテは気にせず笑ってブレスレットを指した。
「キミ、誰かを助けたことがあるでしょ? そしてキミはその人の光になった。だからさ、今度は世界の光になってみない? きっとみんな、そういう人を待ってる。……正直、ボクだけじゃ上手く出来そうにないんだ。力を貸してほしい」
こちらをじっと見つめるメーテはどこまでも真剣で、僕の胸に訴えかけてくる。
……あの日、僕はレイラを助けた。放っておけなかった。虐げられ檻の中に閉じ込められながらも、密かに希望を夢見る少女のことを。どうしても放っておけなかった。
僕は最近、自分が生き延びることに必死だった。レイラや親しい人達が無事であれと祈ることで精一杯だった。でも、メーテは世界を救おうとしている。諦めず、僕に何度も話しかけてきた。
手を取れば……変わるだろうか。レイラが幸せでいられるように頑張ろうと僕は思ったんだ。彼の手を取れば、また今までと同じように笑い合える世界になるだろうか。ここで逃げたら、トーマを救えなかった時のように、レイラを救えなかった時きっととても後悔する。彼の手を取らなかったと、自分の中に残り続けるものが出来た時、僕は胸を張って生きていけるだろうか。
僕は……俯いていた顔をもう一度上げた。
オリーブグリーンのメーテの瞳。それを通して、世界が訴えかけているように感じた。
『助けてほしい』と。




